【コラム】欧州のAIに必要なのは過剰な規制ではなく、戦略的なリーダーシップだ

編集部注:本稿の著者Mark Minevich(マーク・ミネビッチ)氏はGoing Global Venturesの社長であり、Boston Consulting Groupのアドバイザー、IPsoftのデジタルフェロー。また世界的なAIの専門家で、デジタルコグニティブストラテジスト、ベンチャーキャピタリストでもある。

ーーー

EU委員会は最近、緊急の必要性があるとして、AIを規制するための新たな厳格なルールを提案した。AI規制の世界的な競争が正式に始まる中、EUはAIの規制方法についての詳細な提案を発表している。AIの一部の使用を明確に禁止し「高リスク」とみなされる事柄を定義し、人々の権利や安全を脅かすAIの使用を禁止する計画だ。

欧州委員会のMargrethe Vestager(マルグレーテ・ベステアー)副委員長が「人工知能に関しては、信頼はあったらいいなというものではなく、なくてはならないものです」と述べた心情には誰もが同意できるものだが、信頼を確保するための最も効果的かつ効率的な方法は規制なのだろうか。

委員会ではかなり深い見識が得られたが、私が最も同意できたことは、規制されたAIの目指すところは人間の幸福度を高めることであるべきだという主張だ。しかし、規制によってAIシステムの実験や開発を過度に制約するべきではない。

高リスクのAIシステムは、常に変更不可能な人間による監視・制御メカニズムを内蔵すべきである。人との対話やコンテンツの生成を目的としたAIシステムは、高リスクであるか否かに関わらず、特定の透明性の義務を負うべきである。また、公的にアクセス可能な場所に設置されるAIベースの遠隔生体認証システムは、EUまたは加盟国の法律によって認可されたものでなければならず、重大な犯罪やテロの防止、検知、調査の目的に資するものでなければならない。

AIと人類のパートナーシップ

欧州で制定された一連の法律と法的枠組みは、過去10年間にGDPR規制が生み出した効果と同様に、世界中のAI規制に大きな影響を与えることだろう。しかしこれらの法律は、EU全体の行き当たりばったりの規制方法から、単一で共通の分類への移行をサポートするものになるのだろうか?

私は、中国や米国が躍進する一方で、EUのAI開発はこの規制により廃れてしまうと考えている。人工知能のユースケースやイノベーションが制限され、EUは世界的に技術的に劣位に置かれることになるだろう。米国では、企業の収益性と効率性を最大化するためにAIが最適化されている。中国では、政府が権力を維持して国民を最大限支配するために、AIが最適化されている。EUの過剰な規制環境は、EUのさまざまな機関での規制が矛盾し始めると、完全なカオスに陥るだろう。

EUの企業家精神への悪影響

EUが米国や中国にAI競争で負けているのは、EUにおけるAIへの投資不足が大きな要因だ。現在、EUの居住者数は約4億4600万人、米国の居住者数は約3億3100万人だが、EUの2020年のAIへの投資額は20億ドル(約2178億8100万円)だったのに対し、米国の投資額は236億ドル(2兆5710万円)だった。

もしEUが積極的な規制と資金不足を推し進めれば、EUはAI規制において世界的なリーダーシップを享受することにはなるが、多くのヨーロッパの起業家が、よりAIに優しい国でスタートアップ企業を立ち上げるようになってもおかしくない。

イノベーションや起業家に優しいEUを実現するためには、AIのパイオニアが先導する共同ネットワークを作る必要がある。

一方、他の国々は、EUが厳格な規制を推し進めていることを利用して、イノベーションを促進し、世界のテクノロジーの未来をよりしっかりと作り出すだろう。最近の世界銀行の報告書によると、2019年にデータコンプライアンスに関する調査を開始したのは、北米ではわずか12%だったのに対し、EUでは38%だったという。企業にとってこれほどまでに厳しく厄介な負担を強いる政策では、イノベーターや起業家たちが世界でよりビジネスに適した地域に移動し始めても不思議ではない。

規制は降格を招く

今回の規制案では、違反した場合、最大2000万ユーロ(約26億6100万円)、またはAIプロバイダーの年間総売上高の最大4%の罰金が科せられることになっている。これまでのEUの法律とその後のデジタルイノベーションの欠如を考慮すると、この規制案はEU圏におけるデジタルイノベーションと導入の慢性的な停滞を引き起こすだろう。

つまり、これらの規制が法制化されれば、EUはパイオニアになるどころか、ラガードになってしまうのではないだろうか。AIの真の可能性を明らかにする「本当の」ユースケースはまだ登場していない。リスクの高いユースケースに対する大規模な官僚主義は、起業家精神やボトムアップのイノベーションの努力を削ぐことになるだろう。歴史的に見てもEUは不況に向かっている傾向にあり、今はイノベーションを阻害する時ではない。

グローバルAIに人間の顔を持たせ、その価値を示すべき

AIが広く受け入れられるためには、AIが人々の問題や課題の解決に役立つということを示す人間の顔が必要だ。私たちは、事実に基づいた魅力的なストーリーを強調し、その背後にいる実在の人物を見せなければならない。国民全体がAIの可能性を受け入れるためには、自分たちと同じような人がAIの良さの恩恵を受けている姿を目にする必要があるのだ。

AIの資金調達とは、何よりもまずスタートアップ企業の資金調達のことを指す。スタートアップ企業は、破壊的技術の発見や開発と、一般の人々による日常的な使用の橋渡しをする。欧州ではすでにかなりの計画が立っているが、これを加速させなければならない。

欧州のベンチャーキャピタルは、米国のモデルに比べて遅れている。急成長しているスタートアップ企業は、ほとんどが米国やアジアの投資家に依存している。そのためには、機関投資家側の投資制限の緩和など、投資文化を再考し、ダイナミックな投資環境を賢明に推進する必要がある。

今、私たちは「ムーンショット」の時代に生きている。起業家や科学者がこれまで以上に前進することができる時代だ。次の経済で競争するためには、イノベーションを10倍にすることを目標とした新しいイノベーションに挑戦する必要がある。

このレベルに到達するためには、段階的な最適化は役に立たない。大きなイノベーション、つまりムーンショットに焦点を当てる必要がある。リスクを取ることが許容され、大規模でリスクのあるアイデアを実行することが普通になるべきだ。

イノベーションと起業家に優しいEUを作るためには、AIの先駆者たちが先導する協力的なネットワークを作らなければならない。起業家やデータサイエンスのリーダーたちは、長期的な視点で世界を良くするためのAI for good(社会貢献のためのAI)に注力し、規制緩和を提唱しなければならない。そのためには、主要な研究機関、企業、公共部門、市民社会からの参加者で構成される「社会貢献のためのAI」に関するグローバルなAIパイオニア協議会を設立し、ベストプラクティスについての共通理解を深める必要がある。

AIはもはや、企業システムや社会インフラを最適化するためのツールではなく、その可能性は、気候変動や制御不能なパンデミックなど、人類が直面するさまざまな危機を解決するための広範囲なものとなっている。世界中のすべての超大国において責任あるAI、そして「社会貢献のためのAI」の導入ができれば、これらの危機を解決することができる。

EUが世界の中でイノベーションを阻害し、起業家精神をくじく地域になるわけにはいかない。EUは、過剰な規制ではなく「社会貢献のためのAI」に基づいたAIの戦略的リーダーシップに移行しなければならない。過剰な規制の道は、停滞の深みにつながる。EUの未来をどうしたいかを決めるのは、EU自身にかかっている。

関連記事
欧州がリスクベースのAI規制を提案、AIに対する信頼と理解の醸成を目指す
EUがプロバイダーによるテロ関連コンテンツの1時間以内の削除を法制化

カテゴリー:人工知能・AI
タグ:EU人工知能コラム

画像クレジット:

原文へ

(文:Mark Minevich、翻訳:Dragonfly)

投稿者:

TechCrunch Japan

TechCrunchは2005年にシリコンバレーでスタートし、スタートアップ企業の紹介やインターネットの新しいプロダクトのレビュー、そして業界の重要なニュースを扱うテクノロジーメディアとして成長してきました。現在、米国を始め、欧州、アジア地域のテクノロジー業界の話題をカバーしています。そして、米国では2010年9月に世界的なオンラインメディア企業のAOLの傘下となりその運営が続けられています。 日本では2006年6月から翻訳版となるTechCrunch Japanが産声を上げてスタートしています。その後、日本でのオリジナル記事の投稿やイベントなどを開催しています。なお、TechCrunch Japanも2011年4月1日より米国と同様に米AOLの日本法人AOLオンライン・ジャパンにより運営されています。