ひと口サイズで読ませるクラウドソーシング小説の出版社Inkittが17億円を調達

伝統的な出版の世界は、デジタル革命の猛襲に見舞われてきた。タブレットやスマートフォンが急増し、そこで視たり遊んだりできるコンテンツが充実したこともあり、娯楽としての読書は大幅に数を減らしてしまった。その一方で、アマゾンは出版の経済学を変革しようと先陣を切った。その結果、本の売り上げによる利益も、出版社と作家への報酬も、電子書籍の宇宙では利ざや縮小に追い込まれた。

ベルリンを拠点とするスタートアップであるInkitt(インキット)は、この流れに対抗しようとクラウドソーシングによる出版プラットフォームを構築した。同社は、今の世にでも、適切なかたち(下で詳しく解説するが)で提供すれば、読書が楽しめる余地があると信じている。そして米国時間8月28日、今日までの成功を裏付けるように1600万ドル(約17億円)の資金調達を発表した。現在インキットは、160万人の読者、11万人の作家を有し、35万本以上の小説がアップロードされたコミュニティーを形成している。今年の初めにローンチしたGalatea(ガラテイア)という新しいひと口サイズの没入感あふれる読書アプリによるランレートは600万ドル(約6億3600万円)とされている。彼らの野心はこれに留まらない。

その野心とはどれほどのものなのか?インキットの創設者でCEOのAli Albazaz(アリ・アルバザズ)氏は、目標は21世紀のディズニーを作ることだと話している。デジタル小説はいまだ黎明期だ。彼の視野には、オーディオ、テレビ、ゲーム、映画への進出、「それにもしかしてテーマパーク」も入っている。

しかし、「The Millennium Wolves」、このプラットフォームでのベストセラーのひとつで、リリースから最初の6カ月間に100ドル(約1億600万円)を売り上げ、24歳の作者Sapir Englard(スピア・エングラード)氏は、その印税でマサチューセッツ州ボストンのバークリー音楽大学に入学しジャズを学んでいる、が作り上げたジェットコースターが走り出すまでインキットは小さな企業だった。

ガラテイアをうまく育ててくれる作家を探し続けながら、英語の他に10カ国語を新たに追加し、さらに読者層の拡大と、読者とその人が最も共感しやすい物語を結びつけるためのデータ科学を採り入れた。同社は、インドやイスラエルなどでよく売れた作品から資金を得ている。そのため、それらの国々の英語を読まない読者たちにもアピールする時期に来たと考えている。

「これは長期計画です。私たちは一歩一歩進めています」とアルバザズ氏は今週のインタビューに応えて話していた。「私たちは最高の才能と最高の物語を、あらゆる場所で探しています。彼らを探し出し、発掘し、世界で成功するシリーズ物にしたいのです」。

今回のシリーズAの投資はKleiner Perkins(クライナー・パーキンス)氏の主導により、HV Holtzbrinck Ventures(HVホルツブリンク・ベンチャーズ)、エンジェル投資家のItai Tsiddon(イタイ・ツィドン)氏、Xploration Capital(エクスプロレイション・キャピタル)、Redalpine Capitalレダルパイン・キャピタル)、Speedinvest(スピードインベスト)、Earlybird(アーリーバード)が参加している。インキットは評価額を公表していないが、500万ドル(約5億3000万円)を調達している(レダルパイン率いる今回のシードラウンドを含む)。

みんなのためのフィクション

インキットは数年前、実に単純なアイデアからスタートした。人々(特に未契約の作家)が執筆中の話の抜粋を、またはフィクションの完成原稿(特に小説)をアップロードすると、それが読者に結びつけられ感想がもらえるアプリだ。インキットは読者からのデータを集計して、彼らが読みたがっている内容を詳しく洞察し、それをアルゴリズムに入力し、作家にフィードバックする。

これは、作家が未発表の作品を公開できる数ある場所(キンドルなど)に対抗できるシンプルなコンセプトだ。

しかし、その6カ月後、データベース化された作家と読者のクラウドソーシングというコンセプトは、ガラテイアの投入で面白い変化を迎える。

インキットは、この最初のアプリで最も高い効果を上げた、例えば、最も多くの読者を獲得し、もっとも多く読了され、もっとも多くフィードバックがあり、もっとも多く推薦を集めた作品を選び、内部の編集者と開発者のチームがそれをガラテイアに合ったフォーマットに作り変える。短く、ひと口サイズのミニエピソードに分け、1ページ読むごとにその内容に即した特殊効果を追加して没入感を高めるという仕掛けだ。

この効果にはサウンドの他に、衝突の場面ではスマートフォンが振動したり、鼓動が伝わったり、燃え上がる場面では画面いっぱいに炎が広がったりする。そのあとに、対のページに進むためのスワイプが指示される(このアプリにはうまい名称を与えたものだ。ガラテイアはピグマリオーンが作った象牙の彫像で、後に生きた人間に変身する)。

これはエロチックな話です。エピソード1はエロチックな音声から始まります。ヘッドホンを使用するか、プライベートな場所でお楽しみください。

アルバザズ氏が説明するように、ガラテイアは通知によって常に注意が移る世代の消費者に対応するように作られている。そうした人たちは、瞬間的に情報を得ることに長けている。

「現在、人々はスナップチャットやインスタグラムやいろいろなものを使っていて、それらすべてが通知を送ってきます。しかし、読書には強い集中力が必要です」と彼は言う。

そこで、ページサイズを縮小し、一度に一段落だけを表示するという方法をとった。

「通常の電子書籍アプリではページをめくりますが、こちらは段落をめくるようになっています」。こうすることで、画面の占有率は20%ト以下になると彼は話す。

読者は、ひとつの「エピソード」(およそ15分で読める数ページぶん)を1日に1回無料で読める。理論的にはガラテイアで本1冊が一切お金を使わずに読めるわけだが、多くの読者は、1日にもう少し読めるようにクレジットを購入している。その結果、本1冊につき平均でおよそ12ドルの利益が出る。現在、インキットの2つのアプリのユーザー数(インストール数)は、1日あたり数千単位で伸びている。

彼らは単に、今日の消費者が最も好む端末画面の使い方に合わせて読書アプリを作っただけではない。これは、そもそも作品を普及させるためのモデルを再構築するものでもある。

「小説はみんな大好きですが、その作られ方、読まれ方は、常に変化しています」とクライナー・パーキンスのIlya Fushman(イリヤ・ファッシュマン)氏は言う。「インキットの豊かでダイナミックな物語のフォーマットは、新世代の読者の想像力を即座に掴みます。彼らのコンテンツ・マーケットプレイスは、世界中の読者と作家を結びつけ出版の娯楽化と民主化を進めます」。

現在は、インキット自身が発掘したオリジナルの作品に大きく重点が置かれている。しかし、このモデルは基本的にもっといろいろな作品に対応できる。例えばそのひとつとして、すでに世界で出版されているが、読者の心にまだ響いていないもの、古典作品、人気はあるがガラテイアが手を加えることでもっと面白くなるものなどが考えられないだろうか?

だが一方、ガラテイアのモデルは、本質的に非常にわかりやすいヒット作品に偏っているようにも見える。最初から人気があるとわかっているものや、人気が出ることが証明されているテーマなどだ。すぐに読者を引きつけることはできなくても、読む価値のある作品や、いつか大傑作として認められるかも知れない作品にまで幅を広げることはないのだろうか。「ハリー・ポッター」シリーズも好きだが「フィネガンズ・ウェイク」や「ミルクマン」を読みたい人もいる。

この両方に対するアルバザズ氏の答えはこうだ。インキットはすでにたくさんの出版社から、彼らの独自作品をガラテイアを使って出版したいという申し出を受けている。そのため、ご想像のとおり、いずれはその方向へ進むだろう。ガラテイアでの今の大ヒット要因を把握してはいるものの、さらに成長して利用者が増えれば、より幅広い嗜好に応えられる作品を探さなければならなくなる。

彼らの事業は、ゴリアテであるアマゾンに立ち向かうダビデそのものだ。しかし、インキットにはひとつの強みがある。このプラットフォームでチャンスを掴もうとする人たちに、相応の報酬を約束している点だ。

ガラテイアでの作家の平均的な報酬は「出版社としては最悪のパートナー」とアルバザズ氏が批判するアマゾンで出版した場合と比較して30倍から50倍だという。彼は、インキットでの印税の分割に関しては明言していない。その高額な印税は、読者数が多いためか、取り分が多いためか、その両方なのかも明らかにされていない。ただ、作品に対して「読者が多い」ために「収入が増える」からだとのみ彼は話している。

これはとても柔軟なプラットフォームでもある。他の場所で同時に作品を発表することも許される。「誰も拘束しません」と彼は言う。「最も公平でもっとも客観的な出版社になることを、社内共通の使命として宣言しています。隠れた才能を発掘するには、その方法しかないのです」。

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(翻訳:金井哲夫)

投稿者:

TechCrunch Japan

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