スイスのキーボードスタートアップであるTypewise(タイプワイズ)はシードラウンドで100万ドル(約1億1000万円)を獲得した。同社は入力ミスを防止し「プライバシーを守る」、完全にオフラインで動く設計の入力単語予測エンジンを開発した。クラウド接続なし、データマイニングリスクなしが基本的な考え方だ。
またTypewiseが取り組もうとしている技術には、スマートフォン、デスクトップ、ウェアラブル、VRなど、あらゆるデバイスで行われるテキスト入力や、Elon Musk(イーロン・マスク)氏が将来あなたの脳に差し込むかもしれない奇妙なものも含まれる。
現在のところ、同社はダウンロード数が約25万のスマートフォン向けキーボードアプリをリリースしており、現時点で約6万5000人のアクティブユーザーがいる。
シード資金は、1ダース以上のスイスのビジネスエンジェルから得た70万ドル(約7400万円)とスイス政府経由の「Innosuisse projects」からの拠出である34万ドル(約3600万円)で構成される。後者は研究助成金に似ており、チューリッヒのETH研究大学で機械学習の専門家を雇いコアAIを開発するスタートアップに支払われる。
チームは2019年末にスマートフォン向けキーボードアプリをリリースした。より効率的だと同社が宣伝する蜂の巣型レイアウトや、次の入力単語を予測しキーボードが入力者のスラングを直ちに提示するなどの追加機能もある。アプリでユーザーが入力するデータが同社のAIを形成していく。
同社が注力するのはオフラインで動く入力単語予測エンジンの開発だ。モバイルデバイスに限らず、ユーザーがテキストメッセージを入力するあらゆる場面でのライセンス供与を狙う。
「目標は、すべてがデバイス上で実行される世界をリードするテキスト予測エンジンを開発することだ」と共同創業者のDavid Eberle(デイビッド・エバーレ)氏はいう。「スマートフォンのキーボードは最初の例にすぎない。数万人のユーザーがいるリアルな環境でアルゴリズムをテスト、開発できることは素晴らしい。より大きな構想は、モバイルやデスクトップ(または将来的にはウェアラブル、VR、ブレインコンピューターインターフェース)で、テキスト入力を行うすべてのアプリケーションに単語や文の予測提示機能を提供することだ。
「現在この分野に取り組んでいるのはほぼGoogle(グーグル)だけだ(Gmailの入力予測機能を思い出して欲しい)。Microsoft Teams、Slack、TelegramさらにはSAP、Oracle、Salesforceなどのアプリケーションが、入力予測による生産性の向上を望んでいる。テキスト入力に関してはプライバシーとデータセキュリティが非常に重要となる。最終的にはすべての『ヒューマンマシンインターフェース』が、少なくともテキスト入力レベルではTypewiseを使用している状態が理想だ」。
現在はMicrosoft(マイクロソフト)が所有しているSwiftKeyなどのスマートフォンAIキーボードのかつての隆盛を考えると、すべてが少し古臭く聞こえるのは仕方がない。
創業者らは独自の蜂の巣型レイアウトなど現行のキーボードアプリの一部の要素の開発を進めており、このコンセプトをWrioと呼んでいた(未訳記事)2015年にクラウドファンディングへと向かった(未訳記事)。しかし彼らは現在、すべての要素を検討するときだと考えている。そのため、ビジネスをTypewiseとして再出発し、オフラインでの入力単語予測によるライセンスビジネス構築を狙う。
「当社は調達した資金で高度なテキスト予測機能を開発する。まずキーボードアプリではじめ、次にデスクトップに持ち込み、関係するソフトウェアベンダーとのパートナーシップ構築を開始する」とエバーレ氏は語る。「当社はさまざまな機能強化に取り組んでいる。キーボードアプリだけでなく、2021年には100万人のアクティブユーザー獲得に向けてマーケティングにも資金を使う予定だ」。
「UXの点でも当社にはもっと『革新的なもの』がある。例えば 自動修正機能とのやり取り(自動修正機能が誤った処理をしようとしたときにユーザーが簡単に介入できるようにする。ユーザーは煩わしいと思うことが多いため、すべてのキーボードでこの機能をオフにしている)や一般的なタイピングエクスペリエンスのゲーム化(例えば幼児やティーンエイジャーに何をどうに入力するかよく理解してもらえば彼らにとって良い機会となる)などだ」。
スマートフォンのキーボード技術をめぐる競争は主に大手テック企業が支配しているため、小規模独立系にもチャンスがあるとみる。そう考えているスタートアップはTypewiseだけではない。Fleksy(フレクシー)も同じ野心を抱いている(未訳記事)。ただし大手や長い間確立されたタイピング方法に対して、優位性を勝ち取るには注意が必要だ。
Androidを開発したグーグルは、機能てんこ盛りのGboard AIキーボードにリソースを投入している。一方iOSでは、サードパーティーのキーボードに切り替えるためのApple(アップル)のインターフェースが鬱陶しくイライラさせられると非常に評判が悪い。シームレスな体験の正反対だ。さらにネイティブキーボードが入力単語予測を提供している。そしてアップルはプライバシーに関して信頼性が高い。ではなぜユーザーはわざわざ切り替えようとするのか。
スマートフォンユーザーの指先を独立系として争うことは確かに容易ではない。異なるキーボードレイアウトと入力メカニズムは、ユーザーの「筋肉の記憶」を壊し快適性と生産性に強い影響を与えるため、売り込むのは常に非常に厳しい。ユーザーが辛抱強く、苛立たしいほど異なる体験にあえて固執する頑固者でなければ、慣れ親しんだキーボードという悪魔の下へすぐ帰ってしまう。「Qwerty」は英語話者が捨てられない、そしてタイピングの習慣を変えた古代のタイプライターレイアウトだ。
これらすべてを踏まえると、Typewiseがコア技術で勝負できるとの想定で、オフラインの入力単語予測に絞ってホワイトラベル(他社ブランドでの販売を前提としたライセンス供与)のB2Bライセンスに取り組むのは理に適っている。
また同社が確立された大手ハイテクキーボードプレーヤーと競争する際、データの点でも不利な立場にあるが、それでもこれはビジネスチャンスだと主張する。
「グーグルと(SwiftKeyを買収した)マイクロソフトは確かなテクノロジーを備えており、キーボードの外でテキスト予測を提供し始めた。ただし競合他社の多くは、特にプライバシーや機密性を売りにしている場合、独自の(これは開発が難しい)または独立系の技術を組み込みたいと考えている」とエバーレ氏は主張する。
「Telegram(テレグラム)がグーグルのテキスト予測を使用したいだろうか。SAPがクライアントのデータをマイクロソフトの予測アルゴリズムにかけたいと思うだろうか。当社に勝つ理由があると思えるのはここだ。ワールドクラスであるこのテキスト予測は、デバイス上で実行されることでプライバシーを守り、独立した環境でセキュリティバックドアがないスイス製だ」。
Typewiseの単語予測スマートの初期の印象(iOSアプリをチェックして情報収集した)は、かなり「low-key(地味)」だ。しかしこれはAIを利用した最初のバージョンであり、エバーレ氏は「ワールドクラス」の開発者がこれに取り組んでいると強気で語った。
「ETHとのコラボレーションは数週間前に始まったばかりで、現行のアプリにまだ大きな改善点はない」とTechCrunchに語った。「コラボレーションは2021年末まで(延長の可能性あり)行われるため、イノベーションの大部分はまだ実現していない」。
また同氏は、TypewiseがETHのThomas Hofmann(トーマス・ハンソン)教授(Data Analytic Labの会長で、以前グーグルに在籍)と協力しており、開発には自然言語処理と機械学習の2人のPhDと機械学習の修士1人が貢献しているという。
「当社はETHのテクノロジーの独占権を取得する。ETHは当社の株式を保有していないが、当社に代わりスイス政府から報酬を受け取る」とエバーレ氏は補足する。
Typewiseによると、同社のスマートフォンアプリは35以上の言語をサポートしている。しかし入力単語予測AIは現時点では英語、ドイツ語、フランス語、イタリア語、スペイン語しか処理できない。同社はさらに言語を追加すると述べている。
画像クレジット:Typewise