フィンテック企業は利潤追求とデータ倫理のバランスを取らなければならない

本稿の著者であるオーストラリア出身のRichard Steggall(リチャード・ステッグル)氏は、ニューヨークを拠点とするフィンテック企業Urban FTのCEO。フィンテック、資本成長、M&A、戦略的IPOアドバイザリーで20年以上の経験を持つ。

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金融機関は消費者の要求する利便を提供するテクノロジーに関して遅れており、Apple(アップル)、Amazon(アマゾン)、Google(グーグル)などの巨大テック企業が大衆の銀行になる道を空けている。2020年11月、Googleは同社の非接触決済サービスであるGoogle Payのデザイン変更を行い、既存銀行のサービスを統合し、ユーザーが大型テック企業に期待するようなシームレスで便利なユーザー体験を実現した。

ただし、そこには裏がある。

Googleが仕かけた巧妙なトリックの裏には、1つの事実がある。Googleは広告会社であり、広告は2019年の収入源の71%を占めている

広告会社が銀行になりたがると何が起きるのか?

気にかけるべきことがある。広告会社、それも私たちの個人メールや位置情報、歌の好みや買い物リストなどから集めたテラバイト単位のデータを持っている会社が、今、私たちの銀行になりたがると何が起きるのか。答は不安だ。特にここ。あるいはここ。そしてここで見られるような巨大テック企業による驚くべきプライバシー軽視を踏まえれば。

金融市場が新たなテクノクラートの触手に干渉され、それも金融サービスの核心ともなると、かつて消費者や企業が依存してきた伝統的な銀行は、自分たちが岐路に立たされていることに気づく。市場シェアを維持するために、金融機関は新たなライバルたちが提供する利便性とパーソナライズにレベルを合わせるためにフィンテックへの投資を続ける一方で、これまでの信用と透明性を守らなくてはならない。

伝統的銀行はデジタル化に失敗した

フィンテックには、金融サービス業界を根底から覆し、金融機関(FI)が運用をより効率的にして卓越したユーザー体験(UX)を提供できるようにする可能性がある。

しかし金融機関、中でも小規模な地方銀行や信用組合には、転換を引き止めるデジタル格差がある。その多くが、豊富な資金を持つ全国規模の銀行や、VaroMonzoといったテック指向の新興あるいはチャレンジャーバンクとの戦いに長年苦闘している。2016年から2019年の間に全世界で1兆ドル(約106兆円)以上を新技術に注ぎ込んできた主要銀行は、デジタル転換プログラムによる財政的恩恵を未だ受けていない、とAccentureは伝えている。

パンデミック下で多くの顧客がオンラインへと大量移動したことで、ギャップはこれまでになく広がっている。2020年4月だけで、モバイルバンキングの新規登録数は200%増加し、モバイルバンキングの総トラフィックは85%増えた、とFidelity National Information Services(FIS)は述べている。

データは巨大テック企業最大の成果で、金融サービスの収益ではない

当然、巨大テックは金融サービスに進出するチャンスを逃さずイノベーションの力を誇示し、銀行や信用組合は互角に戦うために大変な努力を強いられている。しかし、財産のデジタル化を考えている消費者は、伝統的な銀行に別れを告げてビッグテックの胸に飛び込む前に、用心しなければいけないことがある。

まず大型テック企業にとって、決済・金融サービスへの進出には多面的で意味があることを理解する必要がある。たとえば支払い代行機能は、小売やeコマースに焦点を当てている会社に新たな収入源を提供するだけでなく、ショッピングのプロセス全体により大きな力と制御をもたらすことを約束する。

米国における規制はこうした介入にある程度制約を与えるか、少なくとも会社が直接的に利益を上げることは制限するだろう。もちろん巨大企業たちは銀行設立許可についてくる規制の「お荷物」を望んでいない

しかし、テック企業は決済や資産管理などのサービスで直接利益を上げる必要がない、データさえ集められれば。ユーザーの支出パターンの傾向を収集することで企業のROI(投資利益率)は大きく上昇する。ユーザーがどのようにお金を使っているか、住宅ローンはあるか、どんなクレジットカードを使っているか、銀行はどこか、誰と取引しているかなどを知ることができる。

提供されるデータには、プライバシーに大きく関わるもの、たとえば医薬品、保険、さらには婚約指輪の購入情報が含まれる可能性もある。

消費者の懐に対する鋭敏な視界を得ることで、Googleの広告プラットフォームがいかに高い価値を持ち、支配的になるかを想像できる。

銀行はデータ倫理問題をリードすべきだ

金融サービスのデジタル化に関しては、「大いなる力には、大いなる責任がともなう」という古い格言に真実味がある。

顧客データは驚きべきツールであり、銀行はあらゆる財政状態の消費者にサービスを提供できる。たとえば顧客の消費傾向を分析することで銀行は、消費者が貯蓄、投資、消費をより賢く行うためのソリューションを提供できる。

しかし、そのサービスの利用者になることが、自分の検索や購入と直接結びついた広告が殺到することを意味するとしたらどうだろう。あるいはもっと狡猾に、もし銀行があなたのことをあまりにもよく知っていて、ペルソナを作りあなたのニーズや欲求を本人より早く予測するとしたら。それが、Googleの銀行の顧客になった場合のあなたの将来のように見える。

顧客データを使って提供するサービスを改善するだけでは十分ではない。セキュリティとプライバシーを保証するやり方で行わなければならない。水面下で収益をあげようとするのではなく、サービスをパーソナライズするためにデータを使うことによって、銀行は消費者ニーズの理解を深め、信頼を勝ち取ることができる。

信頼は銀行が自らの王座を守るための武器になる。消費者が自分のデータがどのように使えることができているかを気にかけ、それに反抗するようになればなおさらだ。プライバシーとセキュリティに関するPonemonの調査によると、成人の86%がFacebookとGoogleによる自分たちの個人情報の利用について「大変気にしている」。

データ収集が必要ではあるが賛否を呼ぶ状況で、銀行にとって最大の競争優位性は信頼と透明性だ。nCipher Securityの調査によると、消費者は自分の個人情報について未だにほかのどの業界よりも驚くほど銀行を信頼している。同時に、テクノロジーに対する信頼は落ちてきており、36%の消費者が情報共有に関して1年前よりも安心していない、と PwCは報告している。

銀行は、データ倫理戦略と人工知能(AI)テクノロジーの普及をリードしながら、消費者の必要とするものを提供する主要な位置にいる。そうすることで、長期的にデータ収集で巨大テック企業の上を行くことができる。

消費者中心のWin-Winの未来を目指せ

金融サービス業界は重要な岐路に立たされている。消費者は、伝統的銀行を離れて個人データを巨大テック軍団に手渡してデジタル体験とより大きな利便性とパーソナライズを享受する選択肢を与えられている。

しかし銀行は、デジタル化で消費者中心のアプローチを取れば、今からでも消費者を取り戻すことができる。

巨大テックが広告収入を支えるために消費者データを収集するのに対して、銀行はパーソナライズと優れたユーザ体験のためにデータを集めることで消費者の心をとらえることが可能だ。これは、地方銀行や信用組合には特に当てはまる。サービスに対する人間的触れ合いのアプローチは彼らにとって常に大きな差別化要因だ。データ収集の安全と透明性を確保しながらパーソナライズした対応を行うことで、銀行は市場シェアを取り戻し消費者の心を再びとらえることができる。

巨大テック企業は、私たちのデータに関してやってはいけないことの脚本を書く一方で、卓越した体験をどうやって作るかの足場を作ってきた。仮に銀行が、テクノロジーの専門知識もFacebook、Goolge、Appleのように豊富な資金も持っていなくても、倫理的データ利用と優れたユーザー体験の微妙なバランスを理解している責任感あるフィンテックとパートナーを組むことができる。

正しく行えば、誰でも勝者になれる。

カテゴリー:フィンテック
タグ:銀行コラム

画像クレジット:Viktor Kitaykin / Getty Images

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(文:ゲストライター、翻訳:Nob Takahashi / facebook

投稿者:

TechCrunch Japan

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