ブロックチェーンを活用すれば、長年自分が模索してきたアートの民主化を実現できるかもしれない——。自身も美術家として活動を続けてきた施井泰平氏が代表を務めるスタートバーンの「アートブロックチェーンネットワーク」構想を紹介したのは、2018年7月のこと。
あれから約8ヶ月、同社が次の段階に向けて新たな一歩を踏み出すようだ。スタートバーンは3月19日、UTEC、SXキャピタル、電通、元クリスティーズジャパン代表の片山龍太郎氏を引受先とした第三者割当増資により、3億1000万円を調達したことを明らかにした。
また同社は3月1日付で元AnyPay CEOの大野紗和子氏が取締役COOに、片山氏が社外取締役に就任したことも発表している。
今回調達した資金を活用してブロックチェーンネットワークや接続ASPの開発を加速させつつ、事業提携・共同事業を含めた国内外のビジネス展開や組織体制の強化を進める計画だ。
サービス横断で作品の来歴・流通をマネジメント
スタートバーンが現在開発するアートブロックチェーンネットワークは、世界中のアートサービスをつなぐ“インフラ”の役割を果たすものだ。
ここで核となるのは、ブロックチェーンの非改ざん性・相互運用性を活用した「証明書」を発行できること。この証明書には売買の履歴に加えて、美術館での展示、貸し出し、鑑定など作品の評価と信頼性に関わる様々な履歴が連続的に記録されていく。
それも特定のサービスだけではなく、ネットワークに参加する全サービスを横断して「各作品がどのような道のりを歩んできたのか」、その来歴を自動的に記録し、参加者が閲覧できる環境を整えるという試みだ。
前回も紹介した通り、アート業界では「これまでに誰が所有してきたのか、どこで展示されてきたのか」が作品の価値にも大きな影響を及ぼすため、来歴情報をトレースできることは非常に価値が高い。加えて、作品の足取りや今の在り処がわかることは、各プレイヤーにとって別のメリットもある。
「アーティストやマネジメント層の場合、いざカタログを作ったり展示会をやろうと思った際に自分の作品を誰が保有しているのか把握できず、苦労するということがよくある。またセカンダリーのオークションハウスでは、偽物を売ることが1番のリスクとなるからこそ、来歴の調査にものすごく神経を使っている」(施井氏)
これまではアート作品の証明書に関する共通のフォーマットやルールが存在しなかった。その観点では「電子化された、同じフォーマットの証明書」をブロックチェーン上で簡単に発行できるだけでも意味のあることだが、そこに来歴が自動的に記述される仕組みも紐づいているのがアートブロックチェーンネットワークの特徴だと言えるだろう。
施井氏はこのネットワークをあらゆるステークホルダーが使えるものにしたいと考えていて、Eコマースやオークションサイトだけでなく、保険、真贋鑑定、融資サービスなど様々なプレイヤーと連携していくことを目指しているという。
還元金の仕組みもアップデート、数社との提携も決定
上述したように「サービスをまたいで来歴を追える」ようになれば、アート作品の流通手段やアーティストの収益構造にも新しい可能性が生まれる。
たとえば二次販売、三次販売とユーザー間で作品が売買される度に、作品を生み出したアーティストに還元金が支払われる仕組みを作ることも可能だ。
そもそもスタートバーンは2014年3月に施井氏が「アートの民主化」を目的に創業したスタートアップだ。
既存の仕組みでは、マーケットに流通するアーティストになれるのはほんの一握りの人たちのみ。その状況を改善するには、作品の価格決定の仕組みから変える必要がある。そう考えた施井氏は2015年に「Startbahn.org」を立ち上げた。
アート特化のSNSとオークションを組み合わせたようなこのプロダクトの特徴は、サービス上で作品の来歴が記録され、ユーザー間で作品が売買されるごとに作者へ還元金が支払われること。このサイクルが回れば、初期の販売価格を抑えながら、最終的に相応の対価を受け取れるチャンスが生まれる。
ただ当時のStartbahn.orgには大きな穴があった。外部のサービスで作品を売買されてしまった場合、来歴をトレースできたいため還元金も発生しなくなってしまうのだ。
なんとかその状況を打破できないか。いろいろと試行錯誤をしていた時に施井氏が出会った技術こそがブロックチェーンだった。そこから約2年に渡ってアイデアをブラッシュアップした結果、今のブロックチェーンネットワーク構想と、このネットワークに参加する1サービスとして新生Startbahn.orgのアイデアが生まれることになる。
7月に話を聞いた際は全ての作品において還元金が発生する仕組みを考えていたようだったけれど、還元金の存在が二次流通を阻害する要因になると考える人もいるため、アーティストや各サービスがスマートコントラクトによりルールをカスタマイズできる仕様へとアップデートしたという。
たとえば証明書を発行する際にアーティストが「還元金が発生する場所でのみ販売できる」というルールを設定しておけば、この作品は「売買時に還元金が発生する」と規定されたサービス上でのみ流通することができ、常に還元金が生まれるようになる。
同じように「この作品は3年間、日本の販売所でのみ売ることができる」「アート保険に入っていない作品はこの展示場に出せない」など、アーティストやサービス提供者が、自分たちの意思を込めて流通の仕方をコントロールすることも可能だ。
「(昨年7月の)シード調達は、自分たちの構想が実際に形にできるのか、そこに賛同してくれる企業がどれだけいるのかを試すためのものでもあった。結果的には各方面の企業とディスカッションする機会に恵まれ、新しい可能性に気づいたり、アイデアをよりブラッシュアップすることができた」(施井氏)
昨年9月にはあくまでテストネット上ではあるが、アートブロックチェーンネットワークを公開。11月には同ネットワーク上でサービス展開を予定する丹青社など5社との提携も発表した。
金融以外のブロックチェーンのユースケースへ
業界内外の企業と連携を深めながら、構想をアップデートし続けてきた中で迎えた今回の調達。夏頃にはブロックチェーンネットワークのメインネット公開も予定しているが、これからは一層社会へのインパクトを追求するフェーズになっていくという。
その上ではボストン・コンサルティング・グループやGoogleを経て、前職のAnyPayで取締役COO、代表取締役CEOとして決済やブロックチェーン事業の立ち上げに携わった大野氏。そして産業再生機構で執行役員を務めるなど、ビジネス経験豊富な片山氏の参画は非常に心強いだろう。
特に大野氏はスタートバーンの新たな取締役COOとして、事業連携や海外展開、アートブロックチェーンネットワークの社会実装をリードしていく役割を担うことになる。
「これからの時代『オンラインで完結するものから一歩外に出て、リアルなものや場所とテクノロジーを絡めないと新しいものが生まれづらいのでは』という考えがあった。(その点、実世界と交わるアート領域には興味を持ったことに加え)スタートバーンはブロックチェーンありきではなく、アート市場に対する課題意識から始まった会社。いかにアーティストへ収益を還元するか、来歴管理の仕組みを作るか考えた結果、ブロックチェーンと相性が良かったのでアートと融合させようというアプローチが面白いと感じた」(大野氏)
「土地の登記のように最終的に国のデータベースに届け出が必要な領域の場合、それを代替するのは法律や市場のハードルもあって難しい。一方でアートは来歴管理のニーズが高いにも関わらず、明確に定められたルールやデータベースがない。非常に珍しい領域であり、金融に次ぐブロックチェーンのユースケースになる可能性も秘めている」(大野氏)
もちろん本格的に社会へと普及させていくためには、乗り越えなければならない壁もまだまだ多いという。例えばアート作品の場合、仮想通貨などと違ってブロックチェーンの外にある情報をインプットさせる必要があり、その際に間違った情報が登録されてしまう恐れもある。いわゆるオラクルの問題だ。
これについては今のところ「後から編集できるようにしておいた上で、編集した場合は必ず履歴が残る仕様を検討している」(施井氏)そう。オラクルの問題ひとつとっても、様々な業界で課題となるポイントなので、アートという切り口からその最適解を追求していきたいというのが2人に共通する考えのようだ。
今後スタートバーンでは幅広いアート関連サービスとの連携を進めるほか、従来のアート流通における活用に加えてデジタルコンテンツの流通や販売管理、美術品のレンタルビジネス、高級ブランドの二次流通管理、美術品の分散所有など、各種事業との連携も見据えていく計画。
日本発のアートブロックチェーンネットワークがこれからどのように社会と交わっていくのか、今後の展開に注目だ。