プロ農家の栽培技術を動画で継承するAGRI SMILEが4000万円調達、JA蒲郡市で導入へ

「一部の技術が高い農家を除き、業界全体として栽培技術が十分に行き届いていないことに課題感を持っている。トップクラスの農家の栽培技術が他の就農者にも伝わっていく仕組みを作り、農をつないでいきたい」

そう話すのはアグリテック領域のスタートアップ・AGRI SMILE創業者で代表取締役を務める中道貴也氏。同社では動画などを用いてプロ農家の栽培技術を継承していくサービスを展開している。

農業界においては農業就業人口の減少や高齢化(約7割が65歳以上)、次世代の担い手不足などが大きな課題として取り上げられることも多い。従来はごく限られた人の間でのみ伝わってきた「栽培技術や知見」を動画にすることによって、業界全体に届けていこうというのが中道氏たちのチャレンジだ。

その取り組みを加速させるべく、AGRI SMILEでは1月23日、複数の投資家を引受先とした第三者割当増資により総額で4000万円を調達したことを明らかにした。

調達した資金を活用して人材採用を強化し、プロダクト開発や事業展開を進める計画。なお今回同社に出資した投資家陣は以下の通りだ。

  • ザシードキャピタル
  • マネックスベンチャーズ
  • 本田謙氏(フリークアウト・ホールディングス代表取締役社長)
  • 西尾健太郎氏(ゲームエイト代表取締役)
  • 長谷川祐太氏(Evrika代表取締役社長)
  • 高野秀敏氏(キープレイヤーズ代表取締役)

農家の栽培技術を体系化した動画でナレッジを次世代に

AGRI SMILEは2018年8月設立のスタートアップ。創業者の中道氏は兵庫県丹波市の生まれで、祖父母が農家を営んでいたこともあり、子どもの時から農業に触れて育った。進学先の京都大学大学院農学研究科では生物化学や分析化学を学び、ビール酵母を用いたバイオスティミュラント資材の研究開発に没頭。対象資材は地球環境大賞で農林水産大臣賞を受賞している。

幼少期から農業を手伝っていたことや大学で研究に携わっていたこともあり「販売よりも栽培の方が好き。科学や栽培技術に特に興味がある」という中道氏。研究者としてではなく、農業界に貢献できる仕組みを起業家として生み出す道を選び、会社を立ち上げた。

そのAGRI SMILEでは現在「AGRIs」「AGRIs for Team」という2つのプロダクトを展開している。

AGRIsはすでに農業を営んでいる人や農業に関心がある人など個人を対象としたサービス。もう1つのAGRIs for Teamは直接的な顧客が各地のJAとなり、JAや生産者とタッグを組みながら産地の若手農家や新規就農者などにコンテンツを提供する。

軸となるのはプロ農家の技術を体系化した動画コンテンツだ。これまで勘や経験を頼りに行われてきた栽培技術を撮影し、理解しやすいように解説文などの編集を加えながら各工程を1分前後の短尺動画としてまとめている。

家族経営が一般的な農業においては技術や知識が親から子へと体で継承されるため、これまではナレッジが広がりにくい構造だった。中道氏によると何らかのノウハウを学びたいと思った場合、最近は2〜3ヶ月に一度発行される紙の雑誌や、YouTubeを中心としたオンラインの情報を活用する人も多いという。

たとえば実際にYouTubeで「トマト 栽培」と検索してみると関連する動画がいくつも見つかり、中には数万〜数十万回再生されているものもある。

ただユーザーにヒアリングをすると「体系的にまとまっているものが少ない、正しい情報なのか信頼性にかけるものがある、かゆいところに手が届かない」といった声も聞こえてきたそう。試しに中道氏らが何本か動画を作ってみたところ反応が良かったため、一定数のニーズはあると手応えを掴んだ。

現在動画の数は約220本。AGRI SMILEの理念に共感した各地の農家が協力してくれていて、現地にいる学生インターンや地域おこし協力隊のメンバーなどが動画撮影を行う。まずは主要40品目に対して合計1000本の動画を制作するのが当面の目標だ。

「農家の人たちは農作物の種類や品種、地域の土壌、気候などにあった栽培方法を日々探求しているがそれには膨大な時間が必要。全国のプロ農家のノウハウにアクセスできる仕組みを通じて独自の栽培方法を確立しやすい環境を整え、品質や収益の向上に貢献したい。また農業を始めるハードルを下げることで次世代の担い手を増やしたり、一般の人が農業への関心を深めるきっかけも作っていければと考えている」(中道氏)

AGRIsではこの動画コンテンツに加えて「プロ農家への質問機能」と「1000以上の農薬の情報を集めたデータベース」を合わせて提供している。料金は月額定額制のサブスクモデル。新規就農者は月額1480円から、それ以外のユーザーは2980円から利用可能だ(どちらも年間契約の場合の料金。農薬DBは無料で誰でも利用可能)。

昨年11月のローンチということもありまだまだ規模は小さいながらも、少しずつ有料ユーザーも増えてきたそう。規模が拡大すれば、ゆくゆくは動画撮影に協力してくれた農家に対してレベニューシェア形式で収益を分配することも検討している。

JAや生産者とタッグ、産地の技術を継承へ

このAGRIsの仕組みをベースに“産地内”で農をつないでいくために開発したのがAGRIs for Teamだ。こちらも動画がメインにはなるが、JAや生産者と密に連携。サービス導入先となるJAのスタッフが産地独自の技術を撮影し、AGRI SMILEが開発面やコンテンツ制作など一連のサポートを行う。

JAが月額利用料などを負担し、産地の若手農家や新規就農者は無料でサービスを使うことが可能。動画配信のほかオンライン上で疑問点を質問できる機能も備える。産地独自の技術を、限られたメンバー内で共有する点がAGRIsとの大きな違いだ。

「たとえば『剪定』に限っても様々な種類があるので、闇雲にやっていればそれだけで200、300本の動画になってしまう。自分たちの役割は科学的な知見に基づきながら、そこを上手くパターン分けして体系化していくこと。動画を見て欲しいのが新規就農者なのか、産地の中堅農家の人たちなのか、アルバイトさんなのかによっても必要な情報は異なる。動画の方向性を決める段階から密にサポートしている」(中道氏)

中道氏の話では、JA側としては産地の技術レベルを底上げしたいという思いがあることに加え、合併に伴い栽培技術を指導する営農指導員1人あたりの業務負担が増加している点に課題感を抱えているそう。栽培技術を整理した動画だけでなく質問機能でのやりとりを蓄積していくことで、指導員のサポートや負担の削減、後継者を育成しやすい環境整備などにも繋がるという。

実際の動画のイメージ。必要に応じてテキストなどを用いてわかりやすいように編集した上で配信している

AGRIs for Teamは第一弾として全国有数の柑橘産地でもある愛知県のJA蒲郡市に導入が決定済み。まずは柑橘類から運用をスタートし、産地の技術をつなぐ基盤を整えていく計画だ。

AGRI SMILEにとってはこのAGRIs for Teamが事業の重要な柱になり、今回の資金調達も同サービスの開発や導入を加速させることが大きな目的。組織体制を強化し、さまざまな産地や品目での展開を目指す。

投稿者:

TechCrunch Japan

TechCrunchは2005年にシリコンバレーでスタートし、スタートアップ企業の紹介やインターネットの新しいプロダクトのレビュー、そして業界の重要なニュースを扱うテクノロジーメディアとして成長してきました。現在、米国を始め、欧州、アジア地域のテクノロジー業界の話題をカバーしています。そして、米国では2010年9月に世界的なオンラインメディア企業のAOLの傘下となりその運営が続けられています。 日本では2006年6月から翻訳版となるTechCrunch Japanが産声を上げてスタートしています。その後、日本でのオリジナル記事の投稿やイベントなどを開催しています。なお、TechCrunch Japanも2011年4月1日より米国と同様に米AOLの日本法人AOLオンライン・ジャパンにより運営されています。