「だって、誰にだって作れるでしょ? だから保険サービスやめたんだよね。全員で頑張って保険販売の資格まで取得したんだけどね」
2013年9月に米サンフランシスコで行われたTechCrunch Disruptの会場で、以前に取材したことのあるシリアルアントレプレナーのDavid Zhao氏に4年ぶりに話を聞いたら、ちょっと笑いながら参入障壁とスタートアップの関係について興味深い話をしてくれた。
Zhao氏は、Y CombinatorでDropboxと同時期にコンシューマ向けクラウドストレージ市場に参入したZumoDriveの創業者だ。Motorola MobilityによるZumoDrive買収でエグジットの後、彼はMotrola Mobility、そしてその後はさらなる買収でGoogleへと移籍した。そしてプロダクトの統合が終わったので、2012年から再びスタートアップを始めたのだという。
Zhao氏が新たにスタートアップのチームを組んで最初に取り組んだのは、企業向けに保険を推薦するWebサイトだったという。アメリカでは企業向け保険は極めて複雑で、こうしたサービスにニーズがあることには間違いない、という狙い。そこでまず、チーム全員が保険販売のライセンスまで取得してサービスを作り込んだ。
ただ、ある時、これは誰にでも作れるプロダクトで、すぐにレッドオーシャンになることが分かっているからという理由で、このアイデアと作りかけのプロダクトを捨ててしまったという。資格まで取得したので、「オレたちは保険だって売れるスタートアップだけどね」と胸を張って冗談を言う。
Zhao氏が共同創業者らとともに、この9月にTechCrunch Disruptのスタートアップバトルでローンチしたのは「Voxel」というモバイルアプリの仮想化サービスだった。サーバ上の仮想環境でAndroidアプリやiOSアプリを動かし、その画面だけをモバイル端末へと飛ばす。一方、タッチデバイスなどからの入力は、サーバの仮想アプリに転送され、あたかも手元でアプリが動いているようにサーバ上のアプリを操作できる。Voxelのこの技術を使えば、例えば、ゲームのダウンロードを促すバナー広告に実際のアプリを埋め込み、ユーザーにダウンロードさせることなく「その場でちょっと試してもらう」ようなことが可能になるのだという。
ちょっと待って。なんでiOSのアプリをサーバで動かせるの? 遅延は? さっきのアクションゲームの遠隔利用のデモとか、あんなレスポンスは嘘でしょ? 同じ部屋にあるサーバでWiFiなら経由ならまだしも、3Gなんて無理でしょ? というか、アップルとのライセンスってどうなってるの?
私の頭の中には一気に疑問が沸き起こり、次々に質問をした。
Zhao氏は得意そうに笑いながら「技術的なところは全部言えるわけじゃないし、簡単でもないよ。だからこそスタートアップなんだよ」というのだった。もともとは、インターネットのハイパーリンクの仕組みを、何とかモバイルアプリの世界に持って来られないかという雑談に始まり、それが何のために必要かを考え、サーバ上でモバイルアプリの仮想化を行うというのは実現可能かどうか検証する価値があると取り組み始めたそうだ。
さて、Voxelの話は技術的にもビジネス的にも興味深いが、私が感じたのはシリコンバレーの競争の激しさだ。いかに問題が複雑でもテクノロジー的に難しい問題がなければ、早晩過当競争が起こるので早い段階で追求をやめたということで、ちょっと驚いた。
Voxelのように他社が簡単に真似ができないようなガチの技術をコアに抱えるスタートアップとして、私が思い出すのはPayPalやBumpだ。1998年創業のPayPalはネット上のオンライン決済の嚆矢だったが、彼らは実際にはオンライン送金を行う「金融業者」などではなく、「セキュリティ企業」だと自認していたという。PayPalが創業した1990年台後半、どの金融企業もインターネットで決済などできないと思っていた。一定の割合で詐欺による被害をかぶることになるが、その被害の補償金額を利益より下に抑えこむことなどインターネットなんかでは不可能だと思っていたからだ。ところがPayPalは、初期には詐欺被害によって発生する毎月の損失に青ざめながら、オンライン詐欺に対抗するセキュリティ技術を高めた。だからこそ、このジャンルで無二の存在となれた(この辺のことはJessica Livingston著「Founders at Work: Stories of Startups’ Early Days」に詳しい)
Bumpは先日Googleに買収されて驚いたけれど、ユニークな技術を持っていた。2つの端末同士をゴッツンとぶつけると、その2台の端末間でデータ転送や名刺交換や写真の送受信などができるというサービスで、APIとして利用すれば、いろいろな応用がありそうに思われた。アイデアは単純だが、実装はサーバ側の統計処理の終わりなき精度向上という「他社が真似できない技術」をもっていた。端末のIPアドレス、地理情報、サーバと端末の遅延、端末の種類、過去のbumpした実績、ユーザーの利用言語など、利用できる情報を全て加味して、どの端末とどの端末の間でbumpが起こったかをサーバ側で判定する。ローカルでは端末同士でなんの情報のやりとりも起こらない(だからこそ端末の種類も通信プロトコルも通信の物理層も問わない)。
何度かBumpを使った個人的な経験では、結局は精度向上に無理があったのか、結構失敗判定が起こりがちではあったけれど、「サーバ側の統計処理により2つの端末の衝突を判定し、それをAPIで提供する」というアイデアは技術的に「実現は可能だろうが、精度向上を突き詰めれば高い参入障壁になる」という問題だろう。少なくとも数年の蓄積があれば、簡単に追いつかれない参入障壁となるというのは想像にかたくない。
日本のスタートアップだと、例えばGunosyが、こうしたコア技術に磨きをかけているように私には思われる。そして、まだわれわれが知らないだけで、きっと多くのスタートアップが日本に生まれつつあるはずだ。さて、11月11日、12日に開催予定のTechCrunch Japan 2013では、賞金100万円を目指してスタートアップが競い合うスタートアップバトルを行うが、この参加応募の締め切りが、明日10月18日金曜日の23時59分までとなっている。まだまだ応募受付中なので、参入障壁を着々と築きつつあるスタートアップ企業の皆さん、あるいは誰より先に走りだしたというスタートアップ企業の皆さんからには是非ご検討頂ければと思う。
TechCrunch Tokyo 2013スタートアップバトルの申し込みはこちらから→
photo by Klearchos Kapoutsis