一度に1000社を育てるY Combinatorだって?YCの御冥福を祈ろう

ご心配ご無用。この意見全体を、「Y Combinatorに入(はい)れなかった落ちこぼれ創業者」の愚痴と思われても大いに結構だ。たしかに、見方によってはそのとおりだ。しかし最近のY Combinatorは、Y Combinatorであるだけで一種のステータスになってしまった。Y Combinatorを出た人は、そのことを、おごそかな口調で語る。まるで自分たちの頭上には神の後光があるかのような。彼らの体には、天使の翼が触れているかのような。

実際には、多くの企業にとって、Y Combinatorにいたことだけで箔が付き、YC卒業のスタンプをもらっただけで格が上がる。その選別基準は、従来からとても厳しかった。YCのデモデーがあるたびに、スタートアップのエコシステムの全体が反応し、エキサイトするのだ。プレスは鉛筆を研ぎ澄ます。投資家はもっとも将来性のあるスタートアップを真っ先に掴もうとして競う。両者が騒ぐのは、同じ理由からだ。メディアも投資家も、YCの選考過程に最後まで付き合って、終わったときまだ生きていることは、自分が一人前と評価されるための最低条件だ。

武道をよく知らない人は、黒帯の獲得をすごいことと思うだろう。たしかにそうだが、でも多くの場合それは、基本的な技能に達したことの証にすぎず、安心して練習を任せられるレベルに達していることを意味しているにすぎない。武道をよく理解している人たちは、黒帯が本格的な研鑽の始まりであることを知っている。ある意味で、Y Combinatorにも同じことが言える。入学を許され、一歩々々その教程をこなしていく。そして、黒帯をもらう。お祝いのシャンペンを開け、自分の肩をたたく。これからが、本当の仕事の始まりだ。

Y Combinatorの新しいボスであるGeoff Ralston氏が、Y Combinatorはそう遠くない将来に1回のバッチで1000社に投資すると発表したときは、私の受け取り方では、同社は武道の名門私塾から大衆的な道場に変身して、あほらしいほど大量の創業者を格闘家の空手キッズに育てようとしている、と思えた。でも、「Karate Kid」(邦題「ベスト・キッド」)を実際に見た方は覚えておられると思うが、あの映画の結論では、小さくてごみだらけのジムの方が良い場所だった。

Y Combinatorにとっては、大きな意味のある変化だろう。Ralston氏が主張するように同社が創業者の質と高い選考基準を維持できるなら、同社はスタートアップのインデックスファンドを作ることになる。Y Combinatorが投資する段階では、同社は少数の企業を低い投資額で拾い上げる。1‰(パーミル、1/1000)のスタートアップがAirbnbやDoorDash、Coinbase、GitLab、Dropbox、Amplitude、Matterport、PagerDuty、Stripe、Instacart、Cruise、Brex、Reddit、Zapier、Gusto、Flexport、Monzo、Mux、Ripplingなどなどに育つのだから、それはすごいビジネスモデルだ。ここに並んでいるスタートアップの顔ぶれもすごいが、どれも聞いたことのある名前だと思うし、全員がY Combinatorのポートフォリオ企業だ。

問題は投資家ではない。彼らはうまくやっている。問題はスタートアップだ。ネットワークが大きくなればネットワーク効果も良質である、という説は正しいだろう。でもそれは、おそろしく難解な問題だ。優秀な創業者には実際にネットワークに参加する時間がないことも、問題だ。とくに、初期ほどそうだ。彼らは自分のスタートアップを作ることに追われ、他の創業者たちを助ける余裕がない。

一人の創業者として問いたいのは、1000名を超える同級生たちと一緒に学ぶことに価値があるだろうか、ということだ。Y Combinatorのバッジを付けていることが、投資家との会見で役に立つのか? それとも、「選ばれた人」という価値が薄まり、Y Combinatorの卒業生という価値が消えてしまうのか?

私の個人的な疑念では、Y Combinatorが巨大化すれば、それはYCと一部のパートナー(YCに投資している人)にとっては良くても、やがてスタートアップの得る価値が減り始める地点があるのではないか。実はその減価の起点は、1学年が377社に膨れ上がったときすでに訪れていた。それはもはや不格好に肥大し、その急速に広がっている壁の中で起きていることの、概要記事を書くだけでもたいへんだった。

誰かが初期のY Combinatorにあったサービスと他に類のない特質を提供し始めるのは、もはや時間の問題だ。すでに数社の候補が活動を始めている。そのうちの1社が人気を獲得してその独自のポートフォリオを築き始めると、YCは着外馬のインデックスファンドとして取り残される。私が間違っていたら嬉しいが、でもこれは、シリコンバレーと呼ばれる伝説の終わりの始まりと感じられる。

(文:Haje Jan Kamps、翻訳:Hiroshi Iwatani)
画像クレジット: Bryce Durbin/TechCrunch

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TechCrunch Japan

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