不動産×IT領域の「不動産テック」は、日本でも本格的に市場へ浸透しようとしている。2018年夏には不動産テック事業振興と社会貢献を目的とした不動産テック協会が設立され、また従来の不動産業界に新しい風を吹かせようと、業界向け、消費者向けのさまざまなサービスが日々登場している。
1月30日に正式公開された不動産エージェント検索サービス「EGENT(イージェント)」ベータ版も、そうした不動産テックの新サービスのひとつだ(ティザー版は2018年11月に公開)。
EGENTは不動産を買いたい・借りたい、あるいは売りたい・貸したいという人が、エリアや専門性から不動産エージェントを検索して比較し、問い合わせができるプラットフォーム。取引の種類や物件の形態は問わず、エージェント選びを核とするサービスである。
EGENTを運営するEQON創業者で代表取締役の三井將義氏は、不動産会社や物件ではなく「担当者」を重視したサービスを作った理由について、こう説明する。
「日本で不動産を“買う”場合を例に取ると、購入希望者は平均して3業者に当たり、10件の物件を内見している。担当者が合わないと感じた場合は、業者を切り替える人も多い。一方エージェントの方は、要望を整理するだけでも1時間ぐらいは費やさなければならないのに、最終的に成約せずに客が去ってしまうと何も残らない。そうなるのは、顧客とエージェントとの間でミスマッチが起きているからだ。そのミスマッチがあらかじめ起きないようなサービスを提供したいと考え、エージェントを選べるスタイルにした」(三井氏)
ミスマッチが起こる原因として三井氏は「日本では宅地建物取引士(宅建士)の資格取得が簡単であることと、成約データが蓄積されていないこと」を挙げる。
「日本で不動産仲介業に従事する宅建士の数は32万人。世帯数が3倍ある米国でも44万人であることを考えると、多い数だ。しかも宅建士は従業者5人につき1人以上いればよいことになっているため、窓口となる担当者に必要な知識が不足していることも多い。また不動産取引では属人的・局所的な情報の偏りがある。有資格者で経験のあるエージェントであっても、実際の取引価額の相場などを他の地域や担当外のエージェントが知ることが難しい。その情報の偏在によって稼いでいる零細業者も数多くある」(三井氏)
日本の不動産仲介業者数は12万社で、これはコンビニエンスストアや歯医者よりも多い数だ。そのため「その質は玉石混交で、いい業者になかなか当たらないという不満にもつながる」と三井氏。情報を並べて比較できるようにすることの意義を語る。
三井氏が、不動産エージェント支援のためにEQONを設立したのは2018年7月のことだ。丸紅で米国不動産ファンドのアセットマネジメント業務に従事していた三井氏は、2018年4月からは日本の不動産ファンドのアクイジションマネジメントに携わりながら、不動産エージェントへの聞き取り調査を進めた。その数は累計1000人以上。共同創業者でリクルート・SUUMO営業出身の澤井慎二氏とともに、東京23区内の300業者を対象にインタビューを重ね、またカスタマーにもヒアリングを行った。
インタビューの結果、浮かび上がった課題が、先に挙げた「カスタマーとエージェントのミスマッチ」だ。また不動産を買う場合にも増して、「売りたい」シチュエーションでも課題が見えてきたという。
「日本でもオンライン化が進んできた“買い”領域に比べて、不動産を“売りたい”ニーズに対するオンラインソリューションがない。これは米国でも同様で、購入では約60%をオンライン経由が占めるが、売却では4%未満だ。サービスとして売却査定は日米とも存在しているが、アルゴリズムを使ったオンライン査定サービスは、アメリカでもOpendoorなどがようやく出てきたところだ」(三井氏)
エージェントにとっても、物件の売れ残りは問題となる。「中小エージェントは地域に買い手を抱え、相場観もあるため、大手より早く高く売れる自信があるが、売却査定サービスでカスタマーが選ぶのは名前の知られた大手ブランドになりがちだ。ところが選ばれた大手企業に所属するエージェントが実際に物件を売ろうとしても、そのエリアでの需要を見誤ると売れ残ることになる。そうしてなかなか売れずに販売価格をズルズルと下げた結果、売却が完了してもカスタマーの満足度は低くなってしまう。ここでもミスマッチが起きている」(三井氏)
これらの課題を解決するためにEGENTが取り入れたのが、エージェントの過去事例、顧客の口コミ掲載という方法だ。
米国では不動産取引を行うときには、取引内容や物件・エリアによって、強みを持つエージェントを選ぶという。従来型の大手仲介会社でもホームページにエージェントの情報を掲載し、紹介している。またHomelightやUpnestといったエージェント検索に特化したポータルもある。
EGENTでも、仲介に入るエージェントの過去の取引事例、実績を調べて掲載している。また利用者はエージェントに対する口コミを投稿することができる。「エージェントの一番の資産は“信頼”だ。EGENTを使うことで、信頼を無形資産化してください、とエージェントには伝えている」と三井氏はいう。
「日本では仲介業者のホームページなどを見ても、エージェントに関する情報は掲載されていたとしても、せいぜい出身地や趣味などの自己紹介程度。米国ではエージェントがブランディングされている。エージェントを選ぶことで、ミスマッチにより交渉途中で担当を変えることがなくなり、取引が1人のエージェントで完結するようになる」(三井氏)
三井氏は「最後は物件ではなく、担当者の魅力で決まるのが不動産取引の特徴」と話す。「日本では不動産会社のブランドで取引先が選ばれることが多いが、顧客満足度は会社のブランド力とは関係がない。本質はエージェントの力量だ」(三井氏)
EGENTでは、ユーザーの満足度を達成できるエージェントを登録するために、「宅地建物取引士として5年以上の実務経験を持つこと」「地域情報や不動産に関する高度な専門性を持つこと」をエージェント選定基準として設けている。
さらにエージェントにはインタビューを実施。地域の相場情報を聞いたり、リノベーションで専門性を持つというエージェントなら、具体的なリノベーションプランについて聞いたりして、エージェントの専門性を確認している。こうして厳選されたエージェントを現在約120名掲載。掲載倍率は約10倍、大手仲介企業なら店舗マネジャー、中堅企業ならトップ級のエージェントがそろっている。
管理職クラスのエージェントがそろっていることで、「窓口から問い合わせても、なかなか決定につながる担当者が出てこない」という課題も解消できる、と三井氏は話す。専門性を詳しく問うことで、ミスマッチがないよう、すり合わせもできるという。
EQONでは、現在口コミ紹介が中心の「人」を起点にした反響(顧客からの問い合わせ)から生まれる不動産取引の市場を600億円として、そのうち450億円が今後開拓の余地があるEGENTの初期ターゲットと見ている。
EGENTは広告媒体のような「掲載枠」という考え方は取っていない。エージェントは初期登録料1万円を払った後は、成約報酬として10%を支払う形だ。ユーザーがEGENT経由でエージェントへ直接問い合わせるほか、EGENTでは媒体へ掲載料金を支払って反響を獲得し、反響をスクリーニングした上で適切なエージェントへ割り振る、という施策も進めているという。
日本でもエージェント検索ポータルとしては「fudopa」や「イイタンコンシェルジュ」といったサイトが出てきているが、競合はまだ多くない。また、これらのポータルは不動産会社の依頼で担当者紹介ページを作成するビジネスとして誕生しているが、EGENTではマッチングと情報の蓄積で勝負をかけようとしている。
EGENTでは、エージェントが所属する会社の承諾は得ながらも、エージェント個人との個別契約で情報を掲載している。成約報告などの義務もエージェント本人が負う。このため「エージェントとの距離が近い」と三井氏は述べる。
データ蓄積に関して言えば、日本でも、不動産業者が業者間で情報を流通させるためのシステムとして「レインズ(REINS)」がある。だがアメリカで同様のシステムとして物件情報を集約する「MLS」では、取り扱う物件データを入力しなければ不動産エージェントのライセンスが剥奪されることもあって、情報の網羅性が高いのに対して、レインズでは「データが貯まっていない」と三井氏はいう。
AIを使って物件情報を収集する、といった試みは出ているものの、その場合に収集されるのは「募集」価格で、実際にいくらで成約したのかをつかむことはできない。EGENTではこれをエージェントにひも付いた「成約データで蓄積していく」としている。
「不動産は横の人もライバル、という業界で情報を互いにやり取りしないため、取引情報が可視化できない。そこで担当者の実績集めと過去の口コミ収集を通して、情報の見える化を進めたい」(三井氏)
三井氏は「過去データを蓄積することで、これまでは地場のエージェントが属人的に知っていたような情報を、よりイメージしやすくしたい」とも話している。「不動産仲介業は情報の非対称性で成り立ってきたようなところがある。これはつまり『都合の悪い情報は隠す』ということ。そのために不動産業界は信頼がない、ということになっている。失われた信頼をエージェントに取り戻したい」(三井氏)
「いい物件」ではなく「優秀なエージェント」にフォーカスすることで「おとり物件もなくなる」と語る三井氏。EGENTに登録するエージェントは、自分がEGENTを通じて獲得した反響を他のエージェントへ紹介することは禁止されているのだが、三井氏は「自分の与信でエージェントが仕事をすることの重要性」を強調する。「カスタマーの満足度で至らなかったところを変えていきたい」(三井氏)