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wati MylavarapuとMatt Rogersは、間違いなくシリコンバレーのパワーカップルだ。Rogersは陽気で多弁な技術者であり、Nest Labsの共同創業者である。Swatiは、頭の切れるビジョナリーで、伝説的な投資ファームであるKleiner Perkins Caufield&Byers(KPCB)にパートナーとして参加する前には、4年間Squareに勤務していた。
そして今、彼らの第2幕の準備が整ったようだ。
このカップルは、新しい投資プラットフォーム、 Incite(「駆り立てる」という意味の動詞)を立ち上げたばかりだが、シリコンバレーの中ではおよそ耳にすることのない長さのタイムラインで、未来を模索しようとしている。つまり?MattとSwatiは、たとえ投資回収にどれほど長い時間がかかろうとも、世界を変革するスタートアップに投資したいと考えているのだ。
Mattは2010年に、Tony FadellとNestを共同創業し、それを2014年1月にGoogleに32億ドルで売却している。彼は、その売却でどの位の金を手にしたかに関しては口が重いが、少なくともエグジット後に島を買ったりするような、バカ騒ぎはしなかったと請け合った。
「MattがNestを売却したことで、私たちは信じられないような先行投資を行う機会、そして私たちが手にした資本を使って、世界をより良い場所にするための素晴らしい機会を得たのです」とSwatiは私に語る。「それがやるべきことのように思えたのです。とは言え、まず私たちは、どうすればそのことを成し遂げられるのかを学ぶために、時間を使おうと考えました。そんな時に(Kleiner Perkinsから)最高のVCたちや、Randy KomisarやJohn Doerrといった創造的資本家たちから学ぶことのできる、由緒正しいポジションのオファーを受けたのです」。
SwatiはKPCBのパートナーとして、2017年末まで2年間働いた。彼女は、偉大な投資家たちは、何よりもまず起業家たちを支えるために働いていること、しかし同時にファンド投資家たちのためにも働いていることを学んで、ファームを去ったと語った。基本的に、偉大な起業家たちは伝道師であると同時にチェンジメーカーなのだ、と彼女は言う。彼らがそれに取り組むのは世界を変えたいからで、単に短期間に得られる金が動機ではないのだ。
「サポートするだけでなく、実際に手を動かしてくれる初期投資家がいて、動機、ガイド、そしてリソースを与えてくれること――それこそがゲームチェンジング(世界を変えること)なのです」とSwatiは語る。
投資家を見つけることができなかった、ミッション指向企業を率いる創業者たちを、このカップルは常に探してきた。その過程で彼らは、大きな問題を解決することに挑みながら、資金調達の問題に突き当たっているスタートアップたちのカテゴリを発見した。そここそが、Inciteが投資を行いたい場所だ。
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nciteは異色の投資ファンドだとSwatiとMattは語る。ベンチャーファンドの機能は持つものの、それ以上のものがあるのだ。彼らが説明するように、この先20年間リターンを見ないかもしれない企業やアイデアに、資金を提供できる財団も持っている。そしてもし、ある企業がInciteのベンチャーファンドや財団の基準に適していない場合でも、2人はスタートアップを支援するための個人ファンドを使うことが可能だ。
Inciteには3つの投資手段があり、このため2人はより長期間投資回収を待つことが可能となる。1つ目はミッション指向企業を対象とするとLLC投資ファンド、2つめは補助金やプログラムに関連する投資を慈善目的で行うことができる501(c)(3)非営利組織、そして3つめはSwatiとMattが、政治団体と候補者たちを、組織し支援するために個人的に関わる、Incite Politicsという名前の政治部門だ。
同社は、基礎科学や実現が困難な技術が悩むことが多い、資金調達ギャップにアプローチすることを狙っている。MattとSwatiは、この分野がこれまでのベンチャーキャピタルからはほぼ無視されて来たと感じている。なぜならば投資の回収を行うまでに、とても長い時間が必要とされるからだ。
TechCrunchによる何度かのインタビューの中で、彼らは「私たちには忍耐力があります」と答えている。そしてこの言葉はいくつかの初期投資によって証明されている。彼らは、それまでに行った投資の中には世界を変革する可能性を秘めたものもあり、それ故に成熟には長い時間が必要だと感じているのだ。そのために、SwatiとMattは、創業者たちに最良の条件で、長期資金を提供するためにInciteを設立したのだ。
「私たちは、それまでに誰もやったことのないことを行おうとしている人たちに出会うことを、熱望しているのです」と彼らは語る。「そうした人たちとは、重要な変革に踏み出すための、大切だが脆弱な最初の一歩を踏み出そうとしている、聡明で決意の固い人たちです。もし私たちが違いを生み出すことが可能で、そうした人たちが必要とする最初のひと押しを与えることができるなら、私たちはその火花を燃え立たせることになります」。
Inciteにはリミテッドパートナー(LP:いわゆるファンドにおける投資家)がいない。Mattは明らかに、LPのいないことが起業家たちにとってのメリットとなると見ている。
「起業家たちは、長期的に支援してくれる投資家を探しています」とMattは言う。「私たちはLPに対する説明責任を持たず、その上世界へのインパクトを見ることにより興味があるので、より辛抱強い資本を提供することができるのです。また、自分自身が起業家でしたから、彼らが日常的に晒されている日々のストレスについても本当に共感することができるのです。私はしばしば、投資先の起業家たちから電話を受けるのですが、彼らは自分自身の挑戦について語り、一度はそれを通り抜けた人からのコメントを聞きたいと思っているだけなのです」。
Inciteは、助言や指導のために人びとをつなぎながら、資金提供と資金調達を通して目的を達成しようとしている。しかしこうした売り文句は、Incite特有のものではない。実際これは、ほとんどのベンチャーキャピタル企業が使用しているものと同じだ。それらが多くの投資を支え、多くの投資家たちが自分たちのネットワークを活用して、自分たちのキャッシュが正しく利用され、多くの利益を得ることができるようにしている。ベンチャーの世界で、Inciteを他から区別するのは、それとは異なるファンドの存在だ。
上で述べた3つの投資手段がなければ、Inciteは他のベンチャーファンドと似通ったものになるが、たとえそれがあったとしても、彼らが公言する忍耐という信念の存在が欠かせない。彼らはMattとSwatiの個人資金とは別に資金を調達している。Incite Venturesの資金はカップルのファミリーオフィスから提供される。Incite Labsは、彼らが毎年寄付を行っている個人財団であり、彼らの政治活動は直接個人的に、彼らの個人資産から提供される。
これまでのところ2人のパートナーは、24のプロジェクトに資金を提供している。Inciteは異なるタイプの投資を異なるラウンドで行う予定だ。複合的な資産クラスは、MattとSwatiに柔軟性を与え、そのことで投資のリスク構造も変化する。
Wright Electric Airplanesのような投資は、投資の回収に長い時間がかかると思われたために、個人財団を通して行われた。
さらには、政治的行動主義を組織することを支援するThe Arenaのようなプロジェクトもある(コミュニティの構築や四半期ごとのトレーニングサミットの開催を行っている)。これは2人が投資し、Swatiが運営を手伝っているプロジェクトだ。
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attとSwatiはInciteの2人きりの投資パートナーであり、MattはNestでの仕事を続けている。InciteはNestからの卒業ではない、と彼は語る。私がこの質問を何度かしたために、彼は笑い出して、いいえと答えた。彼はNestを辞めないし、彼にとってInciteは夜と週末に行われるプロジェクトで、Swatiが大部分の作業を行うと述べた。
私はTechCrunch Disrupt SF 2017で初めてSwatiに会った。彼女は、Disruptのファイアサイドトークに登壇するためにやってきたMattに付き添ってやって来ていた。Nestは長年にわたって噂されていたセキュリティソリューションを立ち上げたところだった。しかし、彼女と会った瞬間に、TechCrunchの私たちが間違いを犯していたことは明らかになった。SwatiはMattと共にステージの上に居るべき人物だったのだ。彼女はビジョナリーであり、このカップルは、当日Mattが壇上で述べたものと同じ情熱を共有しているからだ。
SwatiはMattと似たような境遇で育ったと語る。勤勉な移民のである両親の元に生まれ、彼女を含む姉妹に、米国で機会を得ることのできる幸運について気付かせてくれた親たちだったのだ。彼女はハーバード大学を首席で卒業し、オックスフォード大学院にローズ奨学生として進学した。彼女は、当初医者になりたいと思って大学に入り、やがて経済学を学ぶようになり、そして偉大な技術が、人びとがより良い生活を営むために、どれほど変革を促しインパクトを持つかに気が付いたのだ。
「私たちの世界が変化するにつれ、形は変わってきましたが、私の目標は常に同じままです――人びとがよりよく暮らし、より多くのチャンスに出会って掴めるようにすることです」とSwatiは語る。
このミッションは、彼らの初期の投資の1つによって明らかだ。Nimaは、食品中のアレルゲンや成分を検出するガジェットのメーカーだ。彼らの最初の製品は、食品中にグルテンがあるか否かを検出するものだった。TechCrunchが、Nimaに初めて会ったのは、彼らが2016年1月にCESのHardware Battlefieldを受賞したときのことだった。MattとSwatiは既に投資家であり、Nimaのシードラウンドにも既に投資を行っていた。そして2016年には同社のシリーズAラウンドにも参加している。
ニマの共同創業者であるShireen Yatesも、2人に関して素晴らしいことを語っている。
「Swatiは数年前にNimaのことを知ると、私たちに連絡して来ました」とYetesは言う。「食物アレルギーが家族の中で実際に問題になっていたために、私たちが和らげようとしている苦痛が何かという点を、彼らはすぐに理解してくれました。彼らは私たちのシードラウンドに投資し、それ以来信じられないほど活動的に関わっていてくれます」。
Yatesは、彼らはパートナーとして登場し、また自らを彼女の会社のチームの延長としてみなしているのだと語った。彼女は、彼らがNimaのインパクトを最大化するための、大いなる手助けとなっていると言う。
Nimaの考えは、Matt、Swati、そしてInciteの掲げる目標と一致しており、2人がこのプロジェクトを最後まで見届けるつもりであることは間違いない。長いタイムラインや、様々な投資手段、そして他のパートナーの不在により、2人がInciteをプレミア投資組織として位置づけるために、多大な労力を注ぎ込んでいることは間違いない。しかし、これは始まりに過ぎない。
MattとSwatiは大きな使命を持っているが、例えシリコンバレーのパワープレイヤーたちであったとしても、それを自分たちだけで成し遂げることはできないだろう。私たちが彼らと話したときには、彼らは決してそれを口にすることはなかったが、彼らはやがて助力を必要とするようになる筈だ。
米国には900を超えるベンチャー企業があり、多くはMattとSwatiと同じタイプの起業家を目指している。創業と投資の経験があったとしても、2人はさらに競争の激しいVCの世界で、投資と助言の技を磨く必要がある。それには時間がかかるだろう、そしてまあ、もし2人が信じられる人たちならば、時間はある筈だ。
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(翻訳:sako)