(編集部注:本稿を執筆したJoseph Byrumは、Principal Financial Groupのチーフ・データサイエンティストだ。彼は遺伝学の博士号を保有している)
人工知能は、AlexaやSiriに「電気をつけて」とお願いしたり、「後で牛乳を買う」といった用件をリマインダー設定したりするためだけのものではない。
実際、人工知能や機械学習が本領を発揮するのは、それまで少数の専門家しかできなかったようなことを、誰でもできるようにすることにある。その結果、無人自動運転の車でスーパーマーケットに行くと、そこでは高品質の食材がこれまでにない低価格で売られている、というようなことになるかももしれない。
それは、膨大な量のデータを取り込んでパターンを見つけ出し、どういう行動をとればよりいい結果が得られるのかを統計学的に考えることで実現する。
例えば、Googleの自動運転車は路上で起こり得るあらゆることを分類するのに機械学習を用いている。車が走っているレーンの前方に、搭載するセンサーがゴミ収集トラックを認識したとき、多くの場合はウィンカーで合図を出すことなくトラックを避けるためにレーンを変更する。そうしたパターンをGoogleの自動運転車は情報として蓄積する。そして、ウィンカー合図なしのレーン変更が招くかもしれない事故の可能性を最小限に抑えようと走行レーンやスピードなどを調整するようになる。
危険を予知しながらの運転は、多くの人にとっては当たり前のものだ。しかし、数年前までこうした技術を機械に持たせることは考えられなかった。ハンドルを握る人の運転レベルはさまざまで、交通よりスマホに注意を向けているドライバーだっている。そうしたカオスを呈している交通状況に、機械はいま強力なアルゴリズムで対応できるようになった。
人工知能と農業
驚くかもしれないが、機械学習を農業に応用することは桁違いに難しい。例えば、交通網であれば地図という確固とした情報がある。頻繁に変更されることはなく、アルゴリズムはこの情報をもとに判断を下せる。
だが農業ではそうはいかない。素人目には問題ないように見える小麦畑でも、実際のところはカオスだ。天候は予測がつかず、土壌の状態も変わるし、いつ害虫や病害が発生するかわからない。同じ畑の中でも場所によってコンディションは変わってくる。当然のことながら、農家は最終的に収穫するまでどれくらいの収量になるかわからないのだ。
農業向けAIシステムは成長の可能性大
ある作物のタネをアイオワの畑にまくとしよう。そして同じタネをブラジルにもまく。その栽培結果はおそらくまったく異なるものになるだろう。もし同じだったとしても、次に実験すると結果は違うものになるかもしれない。作物栽培には土壌の栄養状態、天気、降水量、気温、害虫の有無といったさまざまな要素が絡んでいるためだ。
そうしたカオスをさばくのに機械学習は力を発揮する。畑に設置したリモートセンサーは、畑がどういう状況にあるのか統計データとして情報収集する。そのデータをアルゴリズムにかけると、最も考えられる収穫結果を予想する。
こうしたAIアルゴリズムを利用すれば、農家は収穫量を増やすために適宜手を加えることができる。育種家であれば、作物の品種改良にAIアルゴリズムを活用することができる。結果として、スーパーに並ぶ商品の価格を下げることにつながるはずだ。
農業の専門的ノウハウを誰でも使えるように
今までの農業のあり方を考えると、AIの活用は変革と言ってもいいだろう。何世紀にもわたり、農家は作物を栽培するのに勘に頼ってきた。長年の経験に基づいて、何が最善の策なのか直感的にわかるのだ。農家がコンピューターを活用したがらなかったのではなく、当初コンピューターは完全に役に立つものではなかった。二値論理をとる初期のコンピューターは、極めて流動的な要素を抱える農業に適していなかったのだ。
それゆえに、農家は経験に頼らざるを得なかった。しかし、もし経験のない農家でも状況に応じて正しく判断し、栽培できるようになったらどうなるだろう。これは、経験を積んだ農家が少ない発展途上国においては特に重要な意味を持ってくる。
管理型農業の導入の高まりは、機械学習のメリットを広く浸透させることにつながるだろう。リモートセンサー、衛星、無人航空機を使えば、作物の状態、土壌のコンディション、気温、湿度など、農地の情報を24時間いつでも収集できる。情報は膨大な量となるが、アルゴリズムがそれらを処理し、使えるデータにしてくれる。
次の課題は、集めたデータを活用し、どうすれば収穫量を確実なものにできるか、その答えに導くようなアルゴリズムを開発することだ。これが実現すれば、栽培にかかるコストを抑制でき、結果として消費者が恩恵を受ける。
AIで品種改良も
農業においては、何世紀にもわたって作物が干ばつや害虫に強くなるよう、品種改良が行われてきたが、この分野にも機械学習アルゴリズムを応用できる。これまでの品種改良といえば、作物の外観や、日持ち、味をよくするために、一番いい品種を掛け合わせるというものだった。しかしAIを活用すると、強い品種を選ぶため、それに伴い収穫量も増える。
機械学習は、どの作物を植え、どの新品種をテストすべきかといった面でもアドバイスしてくれる。人間が試行錯誤するプロセスをアルゴリズムは短縮することができ、改良した作物が実際に栽培され、そしてスーパーに並べられるのがこれまでになく早くなる。繰り返しになるが、機械学習の活用で作物は高品質になり、値段は下がる。
農業分野でのAIシステムはかなり成長する可能性を秘めている。アルゴリズムが賢くなればなるほど、その恩恵はスーパーに現れるはずだ。
[原文へ]
(翻訳: Nariko Mizoguchi)