クラウド会計サービスを提供する「freee」がシリーズDラウンドとして33.5億円の追加増資を今日発表した。第三者割当による資金調達で、引受先は未来創生ファンド、DCM Ventures、SBIインベストメント、Salesforce Ventures、日商エレクトロニクス、日本生命保険相互会社、Japan Co-Investのファンドおよび事業会社。今回の増資で2012年7月創業のfreeeの累計資金調達額は96億円となる。未来創生ファンドは2015年の設立。2016年11月現在、トヨタ、三井住友銀行など17社が出資していて、2016年5月末時点で運用額は216億円。
前回のfreeeの資金調達は2015年8月の35億円で、このときのバリュエーションは約300億円。今ラウンドのバリュエーションは約400億円。また今回新たにSBIインベストメントが出資者に加わっている。
調達資金の用途としては開発、マーケティング、営業と全ての面の強化というが、freee創業者で代表の佐々木大輔CEOはTechCrunch Japanの取材に対して3つの点でサービス拡充を進めると話す。
会計、税務、労務を統合して「クラウドERP」へ進化
1つは2016年5月に発表した中堅企業向け「クラウドERP」を推進すること。freeeは企業の財務会計クラウドサービスとして発展してきたが、2014年には「クラウド給与計算」をリリース。労務管理まで含めて50〜500人規模の中堅企業向けに、管理会計分野にまで適用領域を広げていく方向性だ。これまで大企業では生産管理まで含めた本格的ERPとしてオラクルやSAPといったアプリケーションが導入されてきた。「ERPという考え方は数十人規模でも使ったほうが圧倒的に効率化できます。ただ、SAPとかオラクルといったERPアプリケーションは(高価すぎて)1000人規模の企業でも導入していません。われわれfreeeは基本利用料4000円で1ユーザー当たり300円といった価格帯です」(佐々木CEO)
一方中小企業ではこれまで、弥生やOBIC、OBCといったベンダーの個別パッケージをWindowsサーバーに入れて組み合わせて使うとか、Excelで何とかするといったケースが多かっただろう。オンプレミスの部門サーバーがクラウド(SaaSアプリ)へ移行するタイミングで、業務パッケージや個別開発の市場をディスラプトしているのがfreeeという構図だ。
給与計算や労務管理もサポートできるようになると、「社員が勤怠情報を入れると、それがそのまま財務会計に入っていくような仕組みが実現できます」(佐々木CEO)という。弥生会計で入力した会計データをNTTデータの達人シリーズという申告アプリと繋ぐといったように異なるアプリ間でインポート作業が発生するといったこともなくなるという。
2017年の年明けには法人税申告も可能な「クラウド申告freee」をリリース予定であるなど、会計→税務→労務というようにfreeeはクラウド上で対象領域を広げている。従来のオンプレミスの会計ソフトと比較したとき、金融機関連携による情報量の差も大きいと佐々木CEOは指摘する。これまでパッケージソフトの世界ではデータを手入力していた情報が、freeeでは銀行振込の詳細データがそのままクラウドに入ってきて残る。「どこの会社に売掛金がいくらあるかぐらいは今までも分かりましたが、じゃあ、この数字は合ってるのかと確認するような作業、これがクラウド上の共同作業でできるようになるのです」(佐々木CEO)。
もともとfreeeは会計や税務のプロよりも、むしろ対象ユーザーは個人事業主や規模の小さな事業者にいる経営者だという言い方をしてきた。この点については「小さな会社のほうが変わりやすい。その突き上げで世の中が変わってくるものです」(佐々木CEO)とボトムアップによる変化の構図を指摘する。実際、最近では200人規模のグループ企業の事業再生で会計の見える化のためにfreeeを導入した事例などもあるという。freee自身も、社員数270人と規模が拡大しつつあるが、経費精算はクラウドで自動化されているため経理の専任は1名。煩雑な事務作業がなく「分析ばかりやっている」という。
サービス拡充の2つ目はボトムアップの構図とも関係するが、税理士・会計事務所向け機能と、サポート体制の強化。経営分析やリスク分析機能の開発を進めるほか、地方支社の増設と人員増強を進めるという。
資金調達による投資強化の3点目はAIを活用した経営分析、未来予測。そして経理業務における人間のミスの自動検知だ。作業漏れやダブリ、ミスといったものを正しく処理する提案機能を2018年末までにサービスに入れていくという。
マネーフォワード提訴は「独自技術への投資を促すため」
freeeといえば12月8日に同業のスタートアップ企業であるマネーフォワードに対して、「MFクラウド会計」の差止請求訴訟を東京地方裁判所に提起した、と発表したことで業界を驚かせた。関係者が驚いた理由は2つある。
1つは、スタートアップ企業同士が問題を法廷へ持ち込むほど協議が不調に終わるというのが日本ではきわめて珍しいこと。この点について佐々木CEOの言い分は次の通りだ。
「自動仕訳のコンセプトはfreeeの原点となるもので、プロダクトのリリース前から出願していたものです。われわれはゼロワンのイノベーションにフォーカスしてやってきています。ここはコストがかかるところです。そうやって出てきた良いものについてリスペクトするようお願いをしているということです。世の中の技術の発展を阻害しよういうつもりは全くなく、ライセンスを拒むものでもありません。囲い込みをしようとは思っていません」
ライセンスを拒まない、というのは、つまり正しくライセンスを受けるのであれば当該技術を使って構わないという意味だ。マネーフォワード側は権利侵害を否定しているが、もし仮に裁判で侵害が認められた場合には自動仕訳の特許についてマネーフォワードが対価を支払って利用するということになる、ということだ。
ただ、ソフトウェア産業で先行する米国では、むしろ特許は必要悪とみられる風潮が強い。特に近年、大手テック系企業の訴訟は減ってきている。むしろ特許は核兵器のように牽制力や抑止力として機能しているように見える。
佐々木CEOは「パテント・トロールが流行ったので悪いイメージがあるのかもしれません。でも米国の状況とは違います」と説明する。例えばGoogleが2011年にモトローラを125億ドルで買収したのは、膨大な量の特許を買うことが目的だったと言われている。独自技術に投資しているGoogleのような企業にしてみたら、抑止力として特許ポートフォリオを保持するために必要なものだった。ただ、その後Googleが濫訴しているわけではない。つまりシリコンバレーのネット系、モバイル系企業は独自技術を開発しつつ、クロスライセンスや牽制をするなどして均衡状態になっている。これは日本でも電機産業や自動車産業といったオールドエコノミーがやってきたことだが、現状の日本のスタートアップ業界はそんな状況になっていない。もっと日本のスタートアップ業界は独自技術をそれぞれが開発するべきだ、というのが佐々木CEOの主張だ。「独自技術にみんなが投資するようになればイノベーションは生まれていきます」。
佐々木CEOはゼロワンの技術開発に投資しやすい環境を作っていくのも重要だとしていて、「スタートアップ業界でもクロスライセンスが増えると良いのではないか」と話す。
産業史的な視点でみれば、佐々木CEOの言い分には説得力がある。一方、もう1つの論点については疑問の声が大きいのではないだろうか。それはfreeeの自動仕訳の特許が、そもそも特許が成立するほどの技術に思えないというソフトウェア・エンジニアたちの声だ。
freeeの特許にある「自動仕訳」とは、取引情報に含まれる文字列などから「対応テーブル」と「優先順位」に基いて仕訳項目を自動判別するというもの(参考リンク)。一方マネーフォワードが8月にアップデートした「勘定科目提案機能」は機械学習ベースのもの。つまり実装が異なる。freeeのようにルールベースのほうが実際的で精度が高い可能性もあるし、モデルと利用データの質・量次第では機械学習のほうが精度が良いのかもしれない。ここは実装次第の勝負なので両社ともに競うべきところのように思われる。
文字列をみて賢く自動仕訳する、というのはソフトウェア・エンジニアであれば誰でも思いつくことだろう。機械学習のライブラリは掃いて捨てるほどあり、やってみるだけならインターンの大学生の夏のプロジェクトレベルの話ですらある。2013年にさかのぼって考えてみれば、いまと事情が違うかもしれない。今ほど機械学習のことでネット系エンジニアたちは騒いでいなかったし、多くのライブラリは存在しなかった。であればなおさら、機械学習を適用した自動仕訳というマネーフォワードの実装に対して、2013年の権利を持ち出してfreeeが侵害を主張するのは無理があるのではないだろうか。
実際、マネーフォワード側は「当社技術は、本件特許とは全く異なるものと判断しており、フリー株式会社の主張は失当であり、特許侵害の事実は一切ないものと判断している」とのコメントを発表している。
もっとも、この辺りは特許明細が主張する内容と、実際の技術詳細についての比較を行った上で法廷で議論すべきことだろう。freeeによる提訴は10月21日。12月8日には東京地裁で第1回弁論が行われ、1月20日には答弁が予定されている。今後2社の訴訟がどう推移するかは分からないが、1年から2年で何らかの結論がでるものと見られる。