初のオールバーチャル開催となったCESについて思うこと

筆者は過去数年、実際の会場で開催されるトレードショーの価値についての疑問を口にすることに、自身が言及したいと思う以上により多くの時間を費やしてきた。多くの人を1カ所に押し込み、ブースからブースへと歩かせるというアイデアは、時代遅れのように思える。もちろん、過去においては重要なニーズを満たしてきた。しかし超コネクトしている世界においてそれらは遺物にすぎないのではないだろうか。

もしトレードショーがなくなるとしたら、それは段階的なプロセスとなり、本屋やレコード店のように(どちらも筆者が心から恋しく思っているものだ)文化的無意味の中にゆっくりと消えていくのではないかと筆者は常々考えていた。実際には、テクノロジーが社会におけるそうしたものの相対的価値を大きく減らした。

Spotify(スポティファイ)とKindle Store (キンドルストア)は、実在店舗にあるような存在感や魅力に欠けるというのはまぎれもない事実である一方で、利便性のために我々はそうしたものを喜んで犠牲にしている。

猛威をふるうパンデミックは、実にあっさりと会場開催のトレードショーなしの1年にした。つまり、我々はトレードショーに関するこの質問に、即時の制御変数以上のものを持っていた。2020年のCESはなんとかギリギリ開催できた。その次の大きな家電見本市であるMobile World Congress(モバイルワールドコングレス)は、かなり気を揉んだ末に結局中止となった。

2020年夏にベルリンで開催されたIFAの運営組織の動きと同様、CTA(CES運営組織)は2021年、規模を縮小しての会場開催を計画していた。しかし2020年7月にはそうした計画を実行できないことは明白だった。率直にいって、米国はウイルス拡大を食い止めるという点できちんと対応しなかった(この記事を執筆している日に、新型コロナによる米国の死者が40万人に達したということに触れないわけにはいかない)。

CES 2021はこの1年ですべてバーチャルで行われた初のテックショーというには程遠いものだったが、その一方でイベントの規模やスコープは比較的ユニークだ。CTAによると、2020年のショーには17万を超える参加者があった。筆者が2020年にバーチャルで参加したテックイベントの多くは1社によるものだった。CESは明らかに完全に異なるタイプのものだった。

業界におけるCTA(CESではない)の役割は、かなり親善的な意味合いが前提となっている。ショーの始まりは1960年代後半に遡る。その後衰退し、何年にもわたって拡大縮小はあるものの(2008年の金融危機のような外的要因の影響も受けた)が、続けられた。こうしたイベントにしばらく関わってきた私たちは、同じくらいの期待と恐れを胸に抱いてショーに臨みがちだ。しかしいつでも企業の参加がある。

CTAの数字によると、2000社近くが2021年のイベントでプロダクトを発表した。この数字は2020年の出展企業4419社よりも少ないが、それは想像できることだ。イベントの不確性に加えて、かなりの数の企業にとって著しく悪い年だった。私は疑問や疑念を持ち続けていた。その中でも主なものは、スタートアップにとっての、こうしたイベントの価値だった。実際に会場で行うという要素がなければ、スタートアップは騒音にかき消されるだけではないのか。

似たようなフィードバックをスタートアップからも聞いた。しかし最終的に700社近くが出展することを選択した。私はTechCrunchで取り上げる目的で最終的にそうしたスタートアップすべてに目を通したために知っている。この目を通すという体験は、ショーの隅々まで歩くのが困難だった年の記憶のようなものを筆者に思い出させた。結局、2021年は違う理由で困難を経験することになった。

究極的には、これは私が最も恋しく思うものだった。筆者にとってCESの最大の魅力は発見という要素だった。Sands ExpoでのスタートアップがひしめくEureka Parkは最高だ。展示者の大半は我々向けではないが、それでも筆者はそれまで見たこともない斬新でイノベーティブなものに刺激を受ける。自分の中に眠るブロガーの本能が目覚め、世界に伝えるためにすぐにノートパソコンの前に戻りたくなる。

2021年はEureka Parkがなかった。バーチャル版すらなかった。ショーのフロアをオンラインで再現させるいい方法はないのだ。少なくとも私は知らない。既知のスタートアップのいくつかは、筆者にプロダクトを郵送してきた。たとえばSensel(センセル)はトラックパッドの新バージョンを用意していた(同社は2021年1月19日にLenovoの最新ThinkPadに新トラックパッドが搭載されると発表した)。しかしスタートアップ全700社が、レビュー用のユニットをクイーンズにある筆者の寝室1つの住まいに送るなど不可能だ。

それにも増して、バーチャルイベントはこの規模でのイベントのテクノロジー面での限界を如実に示した。記者会見は非常にシンプルだった(CTAが展開したいくつかの異なるプラットフォームに私は不満を覚えたが)。多くの場合、記者会見は出展企業にとって長いコマーシャルのようなものだ。もちろん会場での開催の場合もそうだが、我々はショーに飲み込まれてしまう傾向にある。筆者自身の目的に関してはというと、プレスリリースでこれまで以上に効率的に完了させられなかったものはさほど多くなかった。

ニュースリリースの性質は2021年、はるかに曖昧なものだった。より多くの企業が、ショーに先立って大量のニュースを出すことを勝手に自分で判断したようだった。他の企業は独自にいわゆる裏番組を提供した。筆者の安心という視点では、こうしたイベントの最大のメリットの1つは、ニュースの流れのコントロールだ。かなりのニュースが発表された2021年初め、1本の髪の毛を引っ張るような難しい週になるだろうということはわかっていた。

重心に欠ける2021年のCESでは、筆者は整理されていないニュースの流れを目の当たりにすることを予想していた。筆者は過去数年、ハードウェアニュースに関して「低調なシーズンはもはやない」と同僚に話していた。そうした思いは増すばかりのようだ。明らかに物事を均等に広げることに良い面はある。しかし年間を通じたCESに似た一連の小規模イベントの開催に向かっているように感じる。こうした考えに、筆者は恐れを抱いている。

Apple(アップル)に続き、企業がCESのノイズの中から発信するより自社開催のイベントを好んでいるということは近年明らかになっていた。バーチャルイベントはそのアプローチを取り入れる完璧な機会だ。一方、Appleは1つのイベント開催から、これまでよりも小規模のイベントを年末に向けて複数回にわたって開催するスタイルへと移行した。イベントに出席するための国内移動、あるいは海外出張を控えなければならないとき、ニュースとしての価値の基準はかなり下がる。おそらく、何千もの企業が1つのイベントでメディアの関心を争う代わりに、何千ものイベントが開催されるというモデルに我々は向かっている。気が遠くなる。

CTAのフォーマットについて、筆者はかなり具体的な不満があるが、今後埋めることになるかもしれないイベント後アンケートのためにそれはとっておこう。それでも筆者は、バーチャルイベントに価値を見出した。馴染みのない数多くのスタートアップに話を聞くきっかけになった。しかし究極的には、CESのようなイベントには、あらゆる頭痛の種があることを証明するものになったと筆者は考えているが、それでも会場で開催するイベントには多くの価値がある。

CTAならびに似たようなイベントの開催組織が、会場でのイベント開催に戻りたくていら立っていることに疑いの余地はない。ワクチン接種が難航し、想定するタイムラインに大きな疑問符がついているにしてもだ。2020年、2021年を、トレードショー会場開催の終わりの始まりだと考える非常に良いチャンスだ。しかし2020年に我々が目の当たりにした限界のようなものを考えたとき、すぐに会場開催が完全になくなると宣言することはできない。

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カテゴリー:その他
タグ:CES 2021コラム

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(翻訳:Mizoguchi

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TechCrunch Japan

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