創業87年、老舗出版社の旺文社がCVC設立ーーEdTech特化の10億円ファンド組成

各業界を代表する大企業がCVC(コーポレートベンチャーキャピタル)を設立し、スタートアップとの協業に本腰を入れるというニュースを紹介する機会が増えてきた。

つい先日も近鉄グループが近鉄ベンチャーパートナーズを立ち上げたことを取り上げたばかりだが、また新たに一社、実績のある老舗企業がファンドを組成してスタートアップへの投資を始めるようだ。

教育・情報を軸に事業を展開する旺文社は7月4日、同社のCVCである旺文社ベンチャーズの活動を6月より本格的に始動したことを明らかにした。

CVC自体は4月に設立していて、5月に10億円のファンドを組成。今後EdTech(教育)領域のスタートアップへ1社あたり数千万円〜5000万円ほどの投資を実行していく計画だ。

1931年創業の旺文社、満を持してCVC開始へ

旺文社は1931年の創業。これまで通信添削や受験情報誌、学習参考書など教育業界でさまざまなコンテンツを提供してきた。僕個人としては英単語帳「ターゲット1900」のイメージが強いのだけれど、学生時代に同社が手がける教材を使った経験がある人もいるだろう。

近年では自社のコンテンツやノウハウを活用し、外部サービスへのコンテンンツ提供、学習アプリや進学情報Webサービスの開発などITを絡めた事業にも力を入れている。

そんな同社がなぜCVCを設立して、スタートアップとの協業を進めるのか。旺文社ベンチャーズ代表取締役社長の本多輝行氏は、国内外でEdTechスタートアップへの投資が拡大しているだけでなく、国の取り組みなども含めて「時期として熟してきたことが大きい」という。

「学校現場でもICTの活用が進められているほか、経済産業省が『「未来の教室」とEdTech研究会』を立ち上げるなど、Edtech領域に力を入れ始めている状況だ。また文部科学省が大学入試改革を進めていて、その点でも今後業界が大きく変わっていく。(今後重要性が増す)能力を養ったり、評価していく上でも紙をベースとした既存の方法だけではなく、テクノロジーが使われるようになる」(本多氏)

もちろんそのような文脈だけでなく、出版業界がピーク時に比べて縮小していく状況において、新しい事業を作っていかなければいけないという思いもある。さらなるイノベーションを創出していくには他社との連携も必要と考え、市場にも大きな変化が訪れている今のタイミングでCVCの設立を決めた。

同社の投資対象となるのは国内外のEdTechスタートアップ。特に認知科学、教育用ロボット、AI、VR、ARなどのテクノロジーを活用した事業や、教育分野におけるAdTech企業を中心に、旺文社や関連企業との事業シナジーも考慮して出資をしていく方針だ(シナジーについては短期的だけでなく、長期的な視点で判断するそうだ)。

ステージは主にアーリーからミドル期、出資金額は1社あたり数千万円〜5000万円程度を予定。2017年に資本提携を結んでいるEduLabと連携し、中国やインドなどのアジア圏、北米など海外へも投資領域を広げていくという。

教育系スタートアップの成長エンジンに

旺文社ベンチャーズのメンバー。左からプリンシパルの宮内淳氏、マネージングパートナーの本多輝行氏、パートナーの粂川秀樹氏

今回取材をしている中で話にあがったのが、EdTechスタートアップが悩みがちな「学習コンテンツの不足」と「教育現場とのネットワーク構築のハードル」という課題だ。

たしかに以前学校向けのサービスを作っている起業家からも「学校現場の中に入っていく(担当者と関係性を作っていく)ことに苦戦した」という話を聞いたことがあるし、教育事業を軌道に乗せるためには越えなければいけない壁と言えるだろう。

旺文社ベンチャーズでは資金だけでなく、旺文社が長年培ってきたノウハウやネットワークを提供することで「教育系スタートアップにとっての成長エンジンの役割も担いたい」という。

「教育サービスでは学習コンテンツがないと成り立たないものも多い。これまで蓄積してきた編集力などのノウハウやキラーコンテンツといった旺文社の強みを、スタートアップへ積極的に提供していきたい。同様に旺文社のブランドや営業チャネルも、教育業界で事業をする上では価値があると考えている」(旺文社、旺文社ベンチャーズ双方で取締役を務める粂川秀樹氏)

特に教育現場とのネットワークについては、代表の本多氏が身をもって感じた課題でもある。本多氏は旺文社で大学受験生や英語学習者向けのサービスの開発、教育分野の新規デジタル事業開発に携わった後に独立。自身で立ち上げた会社では教育分野のAdtech事業を主軸に展開してきた。

旺文社をやめていざ自社で教育現場に踏み込むと「以前は会って話を聞いてもらえていたような機関からも相手にしてもらえないこともあり、関係性を作るのにかなりの時間を要した」(本多氏)そうだ。

「スタートアップはスピードも大切。学習コンテンツの開発や教育現場とのネットワーク構築のように(自社だけでやっていると)すごく時間がかかる部分をサポートする。スタートアップと一緒に教育業界でイノベーションを起こしていきたい」(本多氏)

投稿者:

TechCrunch Japan

TechCrunchは2005年にシリコンバレーでスタートし、スタートアップ企業の紹介やインターネットの新しいプロダクトのレビュー、そして業界の重要なニュースを扱うテクノロジーメディアとして成長してきました。現在、米国を始め、欧州、アジア地域のテクノロジー業界の話題をカバーしています。そして、米国では2010年9月に世界的なオンラインメディア企業のAOLの傘下となりその運営が続けられています。 日本では2006年6月から翻訳版となるTechCrunch Japanが産声を上げてスタートしています。その後、日本でのオリジナル記事の投稿やイベントなどを開催しています。なお、TechCrunch Japanも2011年4月1日より米国と同様に米AOLの日本法人AOLオンライン・ジャパンにより運営されています。