女性専用コワーキングism campusが渋谷・道玄坂に開設、メイクアイテムやネイルサービスも提供

リモートワーク、副業、フリーランス……柔軟な働き方が浸透する中で、ソフトバンクと合弁会社を設立して日本に進出したWeWorkや、Moneytree、nanaといったスタートアップを輩出してきたco-baなど、コワーキングスペース、コミュニティコワーキングは日本でもかなり身近なものになりつつある。

12月10日、渋谷・道玄坂にオープンした「ism campus(イズム キャンパス)」は、女性に特化したコミュニティコワーキングだ。運営するのは社員・役員が全員女性のスタートアップ、ism。ism campusは、女性が過ごしやすい環境・設備を備えたオフラインのコワーキングスペースと、オンラインの独自会員システムによるコミュニティにより、女性の仕事をバックアップ。異なる仕事やライフスタイル、考え方を持つ女性が気軽に集まり、時間を過ごせる場所を目指す。

ロールモデルの提示と働き方の工夫で働ける人は増える

ism代表取締役の鈴木碩子氏は、テック×スタートアップメディア「THE BRIGDE」(我々TechCrunchのライバルにも当たる)で、日本のスタートアップ動向を紹介してきた人物だ。2017年4月に自らも起業し、ismを設立。ismは現在、社員・役員とフリーランスとしてかかわるメンバーも含め、20人すべてが女性という、ある意味“とんがった”会社になっている。

鈴木氏は、2011年の東日本大震災をきっかけに「何かあったときに助けられるばかりでなく、自立してできることを」と志し、大学を中退。フリーのメイクアップアーティストとして独り立ちした後、スタートアップや大手企業、フリーランスなど、さまざまな規模・業種の経験を経て、会社を立ち上げた。

ism創業の目的は「多様な女性の働き方やライフスタイルのロールモデルを見せることで、女性の“働く”を応援すること」だと鈴木氏は言う。

「いろいろな経験をすれば、自分に合った働き方は見えてくる。だから私にとってはさまざまな規模・職種を経験したことがよかったけれど、同じやり方で働き方を探すことは、ともすればジョブホッパー的なキャリアになってしまい、オススメできない。だから『こうするといいよ』という働き方のモデルを見せられれば、と思って」(鈴木氏)

ismでは、時短・リモート勤務など多様な働き方と、その人その人に合った“得意な”仕事、“好きな”仕事を割り当てられるよう、工夫してきた。設立時から行っていたウェブコンテンツ制作事業に加え、今年8月には大阪・香川に拠点を置く⼀彩からバックオフィスアウトソーシング事業を譲り受け、香川にも事業所を設けた。

また11月には、女性のためのライフスタイルメディア「ism magazine」を公開。女性ロールモデルへのインタビューや仕事・ライフスタイルのノウハウなどを掲載している。

設立から1年8カ月。これまでのismの営みは、女性の“働く”ことによる社会貢献と“働く”ことの応援のための「実証実験でもあった」と鈴木氏はいう。

現在のismは、週3日出勤のフルフレックス。各自が出社時間や勤務時間を申請し、成果から給与をコミットする。「自分で決めることで自立した生活ができる」と鈴木氏は言う。また業務のやり取りにも使うSlack上に、互いをほめたり、助けを求めたりする「#えらいこチャンネル」「#よわいこチャンネル」を設け、社内コミュニティのような形でコミュニケーションを図り、これが思った以上に機能しているそうだ。

「難病のスタッフもいるけれど、成果を出して働けるような仕組みになっている」(鈴木氏)

ismメンバー。写真後列中央がism代表取締役の鈴木碩子氏。

前期は数千万円規模の売上を出し、今期は同じ売上を半期で達成したというism。今のところ「成果を出しつつ、自由に働くことを実現できている」と鈴木氏は“実証実験”の結果について説明する。「これを外にも展開して『もっと、わたしらしい』働き方に世の中を変えていこうというフェイズになった」(鈴木氏)

日本では、1990年代初頭にようやく専業主婦世帯と共働き世帯が同数になったばかり(総務省「労働力調査特別調査」に基づく厚生労働省資料)。つまり、働く女性が多数派になってから30年も経っていない。そのため、働き方を参考にすべきロールモデルがいないうえ、もともと男性の働き方をそのまま女性が踏襲する形になっているため、働き方がマッチしていないのが現状だ。

また、女性就業者は男性より1000万人少なく(平成27年 労働局調査年報)、出産・育児に伴い、女性のキャリアは一時断絶し、この世代の労働力率は下がる(内閣府男女共同参画局 主要国における年齢階級別労働力率)。さらに都市部では就労機会が多いので働く女性の事例も多様になってきているが、地方では量的にも質的にもケースが少ないため、特にロールモデルが見えにくい。

「副業、フリーランス、時短など、さまざまな働き方が出てきている中で、私たちに合う働き方とは何か。それを提示したい。またキャリアが断絶しない働き方といっても、上司もモデルがないから、育児中の女性の働かせ方が分からないのが実情。そんなとき『時短でもこういう成果が上げられて、こういう貢献ができるので、こういう時間と金額で働かせてほしい』と交渉するための知識があれば、お互いに納得して働ける」(鈴木氏)

鈴木氏は「今働いていない人が働けるように、働いている人は“引っかかり”をなくして、それぞれ数万円収入が上げられて、労働力不足も解消できれば」と話す。「働き方を工夫すれば働ける人はいっぱいいる。遊休リソースは社会的損失です」(鈴木氏)

女性の“活躍”よりは“幸せ”に働けるように

ismでは、ism campus開設に至るまでにも、女性の“働く”を支援する取り組みがいくつか検討されてきた。

「女性をテクノロジーで支援したい、ということで確定申告サポートのサービス提供を考えたが、みんな『お金を払って頼むほど収入をもらっていない』ということに行き当たる。では、お金が払えるぐらい働ければ、と思ったけれど、それではクラウドソーシングとの違いが分からないし、働き方そのものが変わるわけではないから、やりたかったこととはちょっと違うな、と思って」(鈴木氏)

そうして検討を重ねる中で「そもそもみんな、仕事が楽しいと思っているのかな」というところへ行き着いた。

「特に地方だと(ロールモデルが見えず)行き先がないから『結婚したい』になっているのではないか。楽しそうに働いている人が見えていない。フリーランスともなると母数が少なくサポートも少ない。そうなるとお金を得るのが難しくなる。夫の仕事の都合で地方へ移って、時間が合う求人がないので専業主婦だけど、実は簿記一級を持っている、という人もいる一方で、企業の側は『いい人がいない』と言っている。みんなもったいない」(鈴木氏)

ismにも子育て中のお母さん従業員がいる、ということだが、「仕事をしていない間は、社会とつながっていないという不安がある」と話しているそうだ。「仕事は社会とつながるためのきっかけになる。例えば離別・死別などで、子どもを抱えたまま収入が急になくなった、というときにも、キャリアを断絶せずに仕事を続けて収入を得ていることは、大事になるはず」と鈴木氏は言う。

オープンしたism campusは、ism magazineがネット上でロールモデルやライフスタイルを紹介するのに対し、リアルでロールモデルに出会える空間として、提供される。

「いろんな人に会える、話が聞ける。それが『楽しい』というのをきっかけにして、いつの間にか、楽しく働けるような場にしたい。女性の“活躍”よりは働く“幸せ”を考えたい。偉くなくても幸せに働いていく中で、生きていくすべを身に付けることができるような場として」(鈴木氏)

ism campusでは独自の会員システムを導入。月額で利用する会員は利用サービスの予約とコミュニティへの参加ができる。コミュニティは当初はSlackを使って運営するそうだ。キャリア相談や心理カウンセラーによるメンタルケア、副業や個人事業主として働く人ならバックオフィスの相談もできる。

また、毎月メンバーの要望や意見がかなえられる「夢が叶うチャンネル」も設置されるそうだ。「夢が叶うチャンネルについては、意見を言えば実現できる、というところをメンバーに可視化する意味もある」と鈴木氏は話している。

入退室にはQRコードを利用。電源、WiFi、コピー機といった仕事に必要な基本環境に加え、リラックススペース、ジャケットや名刺などの貸し出しサービスなども提供する。

女性ならでは、という点は、ドレッサーやヘアアイロン、メイクアイテムがそろった「ビューティーエリア」があることだろうか。ビューティーエリアでは仕事をしながら、ヘアセットやマッサージ、ネイルなど予約制のサービスを会員価格で受けることができる。

コミュニティとして、イベントや交流会の企画も準備しているとのこと。コミュニティ内での仕事の相談も可能で、ノウハウの共有や情報シェアもできる。「仕事をパッケージ化するノウハウ、教育ノウハウはismでも培ってきたので、一緒に仕事ができるように、と考えている」(鈴木氏)

ism campusは、スポット会員は1時間500円で利用可能。月額制会員の利用料は、平日昼利用できるDAYメンバーが1万2960円、平日23時まで利用できるNIGHTメンバーは1万6200円、平日休日を問わず利用できるFULLメンバーは1万9440円だ(いずれも税込金額)。

鈴木氏によれば、渋谷のism campusはモデルケースということで、これでもミニマムな機能だということだ。今後、他企業との連携によるサービス拡充も進める予定で、都内数カ所で展開したいと鈴木氏は述べている。

さらに鈴木氏は「地方ではキャリアセンターっぽい機能を提供していくことを検討している」と構想する。「経験のある人はいいとして、パソコンを触ったことがない、という人にいきなりアウトソーシングでリモートワークを依頼するのは、ハードルが高すぎる。アート作品を作ってもらってそれを売る、とか、お金を得るという体験そのものを、まずは提供してみたい」(鈴木氏)

ism campusでは「スポット会員も含め、半年で1000人ぐらい会員を獲得したい」と鈴木氏。「海外では女性のワークコミュニティ事例として、The Wingが入会8000人待ちという人気を誇っている。ただ、事例そのものが少ないので、日本なりのコミュニティにしていければ」と話している。

鈴木氏は、ismやism campusが実現しようとしていることについて「女性活躍何とか、とかフェミニズムとはちょっと違う」と言う。女性らしい、というよりは、「私らしい」働き方を突き詰めたい、というところだろうか。

「ある仕事が好きかどうかはやってみなければ分からないし、できると好きになる。極論すればそれをライトに経験できるようにしたのがism。やっていて苦じゃない、思いを持てる仕事は好きになれる」(鈴木氏)

ismとismの社員が成果を出している理由として、鈴木氏は「向いていないことを止める、ガマンしないこと」を挙げている。「自分も経験したことだけれども、人は『自分より明らかに仕事が速い人の仕事の仕方を知らない』ことが多い。私が1日かけてやっていた仕事を、1時間でできる人が現れたときに『任せよう』と決めた(笑)。仕事面での交流の機会がない、相談する場所がないと(それに気づかず)ガマンすることになりがちだ」(鈴木氏)

鈴木氏は「女性、男性にかかわらず、お互いに仕事を見合うことは大切だと思う」と話す。「男性だと達成欲でいくらでも仕事できるという人が多い感じだが、女性の場合は誰かの役に立てることがやりがいになるケースが多い気がする。モチベーションの場が違うかもしれない。男だからこう、女だからこう、ということではなくて、個性というものをあらためて認識すべきだなと思う。それが働き方の新しいカルチャーづくりにつながる」(鈴木氏)

投稿者:

TechCrunch Japan

TechCrunchは2005年にシリコンバレーでスタートし、スタートアップ企業の紹介やインターネットの新しいプロダクトのレビュー、そして業界の重要なニュースを扱うテクノロジーメディアとして成長してきました。現在、米国を始め、欧州、アジア地域のテクノロジー業界の話題をカバーしています。そして、米国では2010年9月に世界的なオンラインメディア企業のAOLの傘下となりその運営が続けられています。 日本では2006年6月から翻訳版となるTechCrunch Japanが産声を上げてスタートしています。その後、日本でのオリジナル記事の投稿やイベントなどを開催しています。なお、TechCrunch Japanも2011年4月1日より米国と同様に米AOLの日本法人AOLオンライン・ジャパンにより運営されています。