[筆者: Sarah Reed]
編集者注記: Sarah Reedは、VC企業CRVの法務部長(General Counsel, GC)*だ。同社はこれまで一貫して、ディスラプティブ(disruptive, 現状打破的)なイノベーションを支援してきた。〔*: General Counsel, 社員資格でない場合は‘顧問弁護士’。〕
本誌TechCrunchのデータによると、法律はVCの投資がいちばん少ない業種だ。私はこれまで25年近く法律の仕事をしてきたし、その環境もさまざまだった(大きな法律事務所、テク企業のGC、そして今はVC企業のGC)。そしてその間(かん)に、私の業界におけるとてもささやかなイノベーションも見てきたが、でもそれはVCたちが求める“ディスラプティブ”とは縁遠いものばかりだった。
しかしそれでも、イギリスにおける最近の改革や、ここ合衆国で進行中の訴訟(後述)は、もしかして私が生きているあいだに法律業界におけるディスラプティブなイノベーションを経験できるかもしれない、という希望を与える。
ギルド的性格が足を引っ張る
まず、ほかの業種や職業に比べて法律の仕事はなぜ、イノベーションに対する抵抗がすさまじく大きいのか? その根本的な理由は、業界が“ギルド”的な性格を帯びているためだ。13世紀に生まれたギルドは、職人や商人たちの組合で、各地域で同業者たちの業務のやり方を厳格にコントロールすることが目的だった。彼らの技術や技能は職業上の秘密として厳しく守られ、道具や原料材料に対する排他的な所有権を彼らは保持した。それはいわば、今の事業組合と秘密結社とカルテルを合わせたような性格をもっていた。
19世紀になってギルドは、その反自由貿易的で技術革新を妨げる性格が批判されるようになったが、法で認められているギルドは何世紀にもわたって生き延び、ギルドという構造の中核的な規範を厳守してきた。それは、して良いことと悪いことを自分たちで決め、それを自分たちで監視し、何かを決めるときには全員の承認を要するという、きわめて重い足腰を強いる規範だ。アウトサイダーには、何一つ、発言権や決定への参加権がなかった。
そこで、これまで長年、法律業界でイノベーションといえば、仕事の効率をアップしたり、業界の現状の長期安定性に貢献するような工夫や制度革新を意味した。つまりそれは、Clay Christensenの言う“ディスラプティブなイノベーション”ではなかった。Christensenは、効率や長持ちに貢献するイノベーションを、退屈でインパクトがない、と形容している。
たしかに、インドへ行ったPangea3や、他州(ウェストバージニア)に進出したOrrick などの例はあるし、検索や調査のためにはJudicataやRavel LawなどのようにAIを積極的に利用しているところもある。
でも、それらの全然面白みのないイノベーションをよく見ると、どれも、彼ら自身やギルドの利益に貢献するものばかりで(例: 経費節減)、顧客は無関係だ。これまで、サービスの費用を減らすためのツールを使えるようになったため、必要なサービスを省略して削るということは少なくなった。法廷の弁護士たちは、電子技術のおかげで調べるべき情報が桁違いに増えた、と嘆いている。とくに特許関連の法律事務は効率化が進み、特許の数が爆発的に増えた。
また、一部のドキュメントがインターネット上で無料または低料金で入手できるようになり、そのこともイノベーションとみなされている。でも、思わず笑ってしまうのは、私は何年も前から、VCの投資業務に使用する法律文書をオープンソースにせよと主張して、この世界の闘士と思われていたのだ。そういう書式は今ではかなりメインストリームになり、LegalZoomやGoodwinの無料のFounders WorkbenchでDIYできる。Bartlebyが今の時代に生きていたら、法律関連のフォームを手書きせずにPCから取り出せただろう。でも一般的にわれわれ弁護士はそれを嫌う。そんな“コモディティ”タイプの法律文書や法律サービスで事足りる事案は、せいぜい、会社設立や争点のない離婚ぐらいだ。つまり、数が少ない。
法律サービスには, 未着手の広大な市場が残っている
ほとんどの法律サービスは“職人的”であり“コモディティ”的でなく、定型的なフォームでは扱えない。そこでこの国には、あまりお金を取れないような法律サービスのニーズが、つねに大量に残存している。弁護士を頼めるのは、お金持ちの世慣れた人たちだけだ。しかし、法律業界に本当の“ディスラプティブなイノベーション”がありうるなら、それは、この広大な未開拓市場に取り組めるものでなければならない。
私の出身校であるHarvard Law Schoolの学生法律相談を調べただけでも、この大量の需要の氷山の一角を嗅ぎ取ることができる。そのほか、囚人、低所得の借家人、貧しい被告人、差し押さえを喰らった持ち家保有者、移民、復員軍人、地方の零細企業、まだ学生のスタートアップ起業家、などなどに、今では無料の(当局の監督つきの)法律サービスが提供されている。しかしそれでも、法律業務の救急サービスや救急施設がもしもあったら、連日超満員になるだろう。
法律サービスにおける、この、需要と供給の大ギャップを填めるために、イギリスはギルド破壊に向けてのラジカルな第一歩を踏み出した。イギリスとウェールズでは、弁護士資格のない者でも法律サービスを事業として営める。イギリスのこの改革は、アンチギルドではあるがビジネス指向だ。
もちろんイギリスのこの改革も、既存“業界”の爺さんたちの猛烈な抵抗に遭った。でも実際に施行されてみると、不良な業者によって消費者が食い物にされる、という彼らの申し立ては杞憂に終わった。この新制度下で先頭に立って活躍しているのは弁護士たちであり、結局イギリスでは、爺さんたちが言うような、空が天から落ちるような大惨事は起きなかった。イギリスの政府当局は、新制度により法律サービスを受けられない消費者が減った、と言っている。この改革によって、新規参入者たちが新しい低価格の法律サービスを、これまでそんなサービスに手が届かなかった層に提供できるようになり、そしてそれとともに、既存の選手たちのあいだにも、健全で活気ある競争的姿勢が生まれたのだ。
イギリスのこの経験は、われわれ合衆国に住む者の尻(けつ)を蹴飛ばすだろうか? まじめな話、イギリスのディスラプティブなイノベーションから真っ先に学ぶべき者は、議会や政府関係者ではなく、われわれ法律業界の人間だ。イギリスって、まだ君主がいる国なのに、われわれより進んでるなんて!
知るかぎりただ一社、ニューヨークのJacoby & Meyersは、改革を待つだけでなく、そのきっかけを作るために、州を合衆国憲法違反で訴訟した。弁護士でない者に法律サービス企業を起業/保有することを禁じている州の法律を、覆(くつがえ)そうとしているのだ。どの州にも、これと同様の州法がある。弁護士たちが作った法律だ。
Jacoby & Meyersの成功を私も祈りたいが、全国的に盛り上がるのは一体いつのことだろう。サービスの裾野が広がり、受益者受給者が拡大し、今の、未対応の巨大市場が活性化されること、これが私の望みだ。これと似て将来は、看護師資格のない看護実践者、不動産取引資格のない者による商談締結、金融証券業資格のない者による低利の小企業投融資、などなども必要だ。それらにいちいち弁護士~法律事務所が関わるのではなく、本物の少数の弁護士が全体の監督役を務めればよい。係争や事故を処理するエンドツーエンドのサービスが、新しいタイプの企業として生まれるのもよい。苦情処理、医師医療機関検査、争議の調停、などなども、いちいちギャラの高い弁護士が出てきて仕切らなくてもよい。遺産処理、税務、財務計画サービスなども新たなサービス業へ統合できる。社内に大きな法務部を抱える大企業は、ひまなときの彼らのバイトを認めるべきだ。というか、彼らは年中、ほとんどひまで、専門的能力を宝の持ち腐れしているのだ。彼らに、低料金の出張サービスを認めるべき。
法曹界に籍をもつ私の兄弟姉妹のみなさまに申し上げたい。毎日海老サラダばかり食ってるあの連中のおかげで、われわれがラッダイトと見られてしまってもよいのか? そろそろ、われわれの周囲に立てられている保護壁を取り壊すべき時期ではないのか? その壊れた壁の残骸を乗り越えて、閧の声を上げよう。今こそディスラプティブなイノベーションを!と。
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(翻訳:iwatani(a.k.a. hiwa))