日本人が米国で創業したAnyplaceがUber初期投資家らから資金調達、“ホテルに住める”サービス拡大へ

Anyplaceの創業者でCEOを務める内藤聡氏

「米国に来て約4年。ずっと僕と共同創業者の2人でやってきたけれど、最近ようやく人数が増えて、売上もできて会社っぽくなってきた。ただここまで来るのにすごく時間がかかって、最初の数年は闇歴史だった」——ホテルを賃貸できるサービス「Anyplace」を米国で運営するAnyplaceの内藤聡氏は、会社の現状についてそう話す。

同社は10月16日、シードラウンドで数億円規模の資金調達を実施したことを明らかにした。内藤氏によると今回のラウンドにはUberの初期投資家であるJason Calacanis(ジェイソン・カラカニス)氏をはじめ、日米のエンジェル投資家やVCが複数参加しているという。

以下は一部の投資家のリストだ(あまり馴染みがない名前もあると思うので、代表的な出資先も合わせて記載する)。

  • Jason Calacanis氏(LAUNCH Fund):  Uber、Robinhood、Thumbtack.
  • FundersClub :  Instacart、Coinbase、Flexport
  • UpHonest Capital : Zenreach、Checkr、Chariot
  • Jonathan Yaffe氏 :  Lyft、Getaround、Palantir
  • Bora Uygun氏 : Robinhood、HOOKED
  • Hugo Angelmar氏 : Postmates、Blue Bottle Coffee

今では毎日のように国内スタートアップの資金調達ニュースが出ているけれど、日本人起業家が米国で立ち上げたスタートアップのトピックはほとんどない。ましてや著名な投資家から資金を調達したとなると、かなりのレアケースと言えるだろう。

とはいえ冒頭の内藤氏の話が物語っているように、ここに至るまでの道のりは決して平坦ではなかったようだ。

いくつものサービスを試しては閉じた数年間

スタートアップの情報通の人であれば、もしかすると「シリコンバレーによろしく」というブログメディアを知っているかもしれない。これはかつて、内藤氏が学生時代に運営していたシリコンバレーのテクノロジーに関する情報をまとめたブログだ。

Facebookの創業者であるマーク・ザッカーバーグの物語を描いた映画『ソーシャル・ネットワーク』を見たことがきっかけで、スタートアップに興味を持ったという内藤氏。それ以降は当時「セカイカメラ」を開発していた頓智ドットでアルバイトをしたり、ブログでの情報発信を機にEast Venturesでアソシエイトとして働く機会を得たり、といった形でスタートアップ界隈に関わってきた。

TwitterとSquareを立ち上げたジャック・ドーシーを始めシリコンバレーの起業家への憧れが強かったこともあり、「やるなら(彼らがいる)メジャーリーグでやってみたい」という思いから大学卒業のタイミングで渡米。最初の1年間はサンフランシスコでスタートアップ向けのシェアハウスとインタビューメディアを運営した後、現地で会社を創業している。

ただ創業から2年間は内藤氏にとって苦しい時間が続いた。当時の状況からジェイソン氏より出資を受けるまでの詳細は彼のブログにも詳しい記載があるけれど、最初に立ち上げたのはAirbnbで売れ残った在庫を直前割引価格で販売するマーケットプレイスだ。

最初に立ち上げた「Instabed」はHotelTonightとAirbnbを掛け合わせたようなサービスだった

満を持してリリースしたものの、ホストの獲得コストの高さや他プラットフォームへの依存度の大きさなどがネックとなりクローズを決断。それ以来、中古家具のレンタルサービスなど複数の事業を試しては閉じるの繰り返しで、自信を失ってしまった時期もあったという。

「(自分が上手くいっていない一方で)日本では同世代の起業家が活躍している。焦りや悔しい気持ちも強かった」(内藤氏)

そんな内藤氏の支えとなっていたのが、松山太河氏(East Ventures)や小林清剛氏(ノボット創業者)を始めとした支援者たちの存在だった。彼らの応援も受けながら試行錯誤を続けた末に生まれたのが、現在も手がけているAnyplaceだ。

みんなが当たり前に受け入れている“痛み”は何か

「米国に来てから引っ越しが辛いし面倒だと改めて感じた。物を移動させないといけなくて、特に家具なんかは持っていくにしろ捨てるにしろ時間もお金もかかる。新居で新しい生活を始める際には水道や電気、ガス、Wi-Fiのセットアップも必要だ。しかも米国では1年契約が一般的で、早期の退去には違約金も発生する。(こうした状況に直面して)全然フレキシブルじゃないなと」(内藤氏)

Anyplaceはそんな内藤氏自身が抱えていた課題を解決するために開発された。1ヶ月単位でホテルの空き部屋を借りられるマーケットプレイスで、現在はサンフランシスコとロサンゼルスで展開。月あたりの料金は安いところだと約1300ドル、平均でもだいたい1600ドルだ。

家賃相場の高いサンフランシスコでは1ルームのアパートが3000ドルほどするそうなので、居住用のスペースとして考えてもお手頃な価格と言えるだろう。

UberやInstacartなど、世の中のいろいろなものがオンデマンド化されてフレキシブルになっている一方で、賃貸に関してはまだまだ変革の余地がある。そして何より「自分が欲しいが、まだ世の中にないもの」を突き詰めるということが、内藤氏が試行錯誤の中でたどり着いたプロダクトの見つけ方でもあった。

「(引っ越しにまつわる面倒臭さが)多くの人にとっては当たり前のことで、そこに対して疑問にすら思わない人さえいる。だからこそ、そこには凄い大きなチャンスがあるんじゃないかと思ってこの課題に取り組むことに決めた」(内藤氏)

通常の賃貸とは違い、家具やWi-Fiを含めた必要なインフラが一通り揃っているのもAnyplaceの特徴。月額の料金には光熱費のほか、部屋の清掃代も含まれる。現在は7割が引っ越しや出張、留学の際などに一時的に使うユーザー。残りの3割はまさに賃貸用途で継続的に活用しているそうだ。

一方のホテルにとっても、予約の埋まっていない空き部屋を運用して収益を得る新たな手段になり得るだろう。「ホテルはシーズナブルなビジネスなので、1年を通してみると閑散期もある。そういったホテルに対して安定した収益を提供するためのサービスだ」と話をすれば、興味を示すホテルも少なくないという。

ホテルにしてみれば「ちゃんとしたユーザーが使ってくれるのか」という不安も当然あるだろうが、それについてはAnyplace側で利用者のクレジットスコアや犯罪履歴などをチェックしてスクリーニングしたり、保険のようなシステムを整備することで対応している。

自社サイトなしでも顧客がつき、出資を受ける

内藤氏の話を聞く中で、個人的におもしろいなと感じたのがプロダクトの始め方だ。

Anyplaceのアイデアを思いついたのち、まず内藤氏が取り組んだのはホテル側のニーズを調べること。実際にサンフランシスコ市内のホテル全てに電話をかけてヒアリングをしてみたところ、いくつかのホテルでは月1600ドルで貸しても良いと返答があった。

初期のAnyplace。当初は「LiveHotel」というサービス名で運営していた

それならばと、今度は「Weebly(ウィーブリー)」というウェブサイト作成ツールを駆使して、ホテルのスクリーンショットと価格を掲載したシンプルなページを作成。これを今度はコミュニティサイト「craigslist」に載せて反応をみてみたところ、1人の男性の入居が決まったのだという。

実は内藤氏曰く「(投資家の)ジェイソンと会った時もまだサイトはなくて、ペライチのページだった」そう。その状態でもお金を払って使いたいという顧客がいて、シリコンバレーの著名な投資家からも出資を受けられるというのはすごく興味深いし、内藤氏にとっても自信に繋がったようだ。

ジェイソン氏にダメ元でメールにてピッチをした際の返信内容。内藤氏によると「neat!」とは「うまい!」という意味なのだそう

目指すはホテルを予約する感覚で部屋を借りられるサービス

そんなAnyplaceは2017年1月のローンチからもうすぐ2年を迎える。現在はサンフランシスコとロサンゼルスを合わせて約30件のホテルが掲載されていて、流通総額は年間ベースで1億円を超えた。

とはいえまだまだ改善点も多く、実現したいアイデアや機能もほとんど形にできていないという。たとえばホテル側が使うダッシュボードも現在開発を進めているところで、今はアナログなやりとりに頼っている部分も多いそうだ。

まずはメインとなるプロダクトの機能開発を進めながら、これから半年でニューヨークを皮切りに米国内の都市に広げていく計画。それ以降は英語圏を中心にグローバル展開を進めていきたいと話す。

「目指しているのは、ホテルを予約するような感覚で部屋を借りられるサービス。まずはホテルからスタートして、ユーザーをしっかりと集められれば自分達にも交渉力がつく。(通常の賃貸物件も含めて)ゆくゆくはバラエティに富んだ部屋を楽に借りられるサービスにしていきたい」(内藤氏)

“住”をもっとフレキシブルにするという観点では、他のオンデマンドサービスとの連携も進めていきたいそう。オンデマンドで洗濯してくれるサービスやフードデリバリー、移動など「Anyplaceを使うことで生活に関わるサービスのディスカウントを受けられるような仕組みができれば、サービスの魅力も高まり『賃貸を探すときはAnyplaceを使う』動機にもなる」と考えているからだ。

それを実現するには乗り越えるべき壁はいくつもあるが「こっちでやるからには次のUberやAirbnbになるような、世界中で使われるプロダクトを作りたい」という思いは以前から変わっていないという。

「(米国には)中国人や韓国人のファウンダーで成功している人は多いけれど、日本人はそこまで多くないし、悔しい思いもある。たとえばZoomのファウンダーは中国人で英語も上手くないけれど、米国でユニコーン企業を作って、Glassdoorで最も支持されるCEOに選ばれた。僕も英語はまだまだだし、いまだにコミュニケーションの壁を感じる時もあるが、(シリコンバレーで活躍する起業家の一角に)日本人が入ってもいいはず。そこを目指して良いプロダクトを作るチャレンジを続けていきたい」(内藤氏)

投稿者:

TechCrunch Japan

TechCrunchは2005年にシリコンバレーでスタートし、スタートアップ企業の紹介やインターネットの新しいプロダクトのレビュー、そして業界の重要なニュースを扱うテクノロジーメディアとして成長してきました。現在、米国を始め、欧州、アジア地域のテクノロジー業界の話題をカバーしています。そして、米国では2010年9月に世界的なオンラインメディア企業のAOLの傘下となりその運営が続けられています。 日本では2006年6月から翻訳版となるTechCrunch Japanが産声を上げてスタートしています。その後、日本でのオリジナル記事の投稿やイベントなどを開催しています。なお、TechCrunch Japanも2011年4月1日より米国と同様に米AOLの日本法人AOLオンライン・ジャパンにより運営されています。