すでにシバタナオキ(柴田尚樹)氏の新刊、MBAより簡単で英語より大切な決算を読む習慣を読まれた読者も多いと思う。まだ読んでない(積んである方を含む)向きのために簡単に紹介してみたい。
柴田尚樹氏はシリコンバレーのモバイル・アプリ検索最適化ツールのスタートアップ、SearchManの共同ファウンダーで、その経営が本業だ(TechCrunch Japan寄稿記事)
柴田氏はしばらく前から決算資料をベースにテクノロジー系企業のビジネスを解説する記事をnote上に発表していた。 この連載が増補、加筆されて日経BPから出版されることになった。シリアスなビジネス書としては異例のヒットになっている、
念のため情報開示しておくと、柴田さんとは2009年にサンフランシスコで開催されたTechCrunchカンファレンスで会って以来(オフでお会いする機会は少ないが)お友達だ。しかしそれと別に、これは間違いなく素晴らしい本だと思う。裏側帯に「ファイナンス・リテラシーは一生モノの仕事力」とあったが、起業家、起業家志望者はもちろん、少しでもビジネスに関係する読者全員に必ず役立つはず。
企業会計についての本は大型書店の棚をいくつも占領するほど発行されているが、どれも面白くない。面白くないという表現が適切でないなら、わかりにくい。これから資格を取ろうと勉強中の学生ならともかく、多忙なビジネスパーソンが割ける時間にも気力にも制限がある。しかしこの本はeコマースならYahoo!とAmazon、FintechならSquareとPaypalというように(少なくともTechCrunch読者なら)誰でも知っている有名企業の最近の決算を例として「読み方のカンどころ」が解説されている。読んでいくうちに自然と解釈の基礎となる会計知識も身につく仕組みだ。
本書は柴田氏の経歴の中から生まれたものだ。柴田氏は2010年にシリコンバレーでスタートアップを立ち上げるまで楽天の最年少執行役員だった。当時楽天では経営トップが毎週全社員向けに業界トピックスを紹介するコーナーがあり、柴田氏はその「台本づくり」を任されたのだという。役員は超多忙だし、とおりいっぺんの業界情報なら社員は皆知っている。
そこで柴田氏は「(当時すでに)楽天はECから金融、広告などさまざまな事業を運営しているので、競合他社は国内外にたくさんあります。ライバルの決算を分析して、そこから読み取ることのできるサービス動向や経営戦略を解説すれば、社員の日常業務にも役立つ」と考えたという。
目次は下のとおり。お急ぎの向きは自分の興味あるセクションから読み始めてもいっこうにかまわないが、できれば最初のページから順に読む方がお得だ。フォーマットがとても親切にできていて、「決算を読むカンどころ」となる知識が自然に身につくよう配慮されている。
第1章: 決算が読めるようになると何が変わるのか?
第2章: ECビジネスの決算
第3章: FinTechビジネスの決算
第4章: 広告ビジネスの決算
第5章: 個人課金ビジネスの決算
第6章: 携帯キャリアの決算
第7章: 企業買収(M&A)と決算
終章: 決算を読む習慣をつける方法
テイクレートとARPUを覚えるだけでも役にたつ
各章のトビラには「その章のカンどころ」と「重要な3step」が掲載されている。たとえば「ECビジネスの決算」の章なら
ネット売上=取扱高xテイクレート(Take Rate)
が「カンどころ」だ。
本文を見ると、取扱高は流通総額、Gross Merchandise Sales、テイクレートはMonetization Rateと表記される場合があると説明されている。eコマース・ビジネスではA社プラットフォームでの販売(流通)総額が1000億円でもそれがA社の売上になるわけではない。ごく一部がA社の売上になる。この率がテイクレートで、eコマース・ビジネスはこのテイクレートを中心に回っている。たとえばeBayのテイクレートは9.2%、個人出品の手数料課金は10%なのでeBayの売上は取引手数料が主だろうと推定できる。
eコマースにはeBay、アリババ、楽天、Yahooなどの多くのプレイヤーが存在し、ビジネスモデルはそれぞれ異なる。一見すると比較は難しいように思えるが柴田氏によればそれぞれのテイクレートを計算することで横断的な考察が可能となるという。
ただし、Amazonだけはやや異色だ。「Amazonはほとんど利益を出していないのになぜ株価がここまで上がるのだろう?」と不思議に思っている読者も多いかと思うが、柴田氏は「競合他社の斜め上を行くAmazonという異端児」の章で具体的に分析している。
もうひとつ重要なのは次の式だ。
売上=ユーザー数×ユーザーあたりの売上(ARPU)
ARPUはAverage Revenue Per Userの頭文字だ。民放テレビは視聴者から料金を取らないのになぜ成立しているかといえばもちろんスポンサーから広告費を得ているからだ(広告モデル)。NHKは視聴者から料金を徴収している(サブスクリプションモデル)。新聞・雑誌は購読料と広告費の両方から収入を得ている(混合モデル)。こうしたビジネス・モデルはオンライン・メディアの場合でもまったく変わらない。本書ではARPUをカギとして民放テレビ、Facebook、ヤフーなどの広告を主たる収入源とするビジネスが解説されている。ここではMAU(月間アクティブ・ユーザー)、DAU(1日あたりアクティブ・ユーザー)も重要な指標として取り上げられている。
柴田氏はFacebookの「地域別DAU&ARPU」の経年変化をグラフ化して非常に興味深い結果を得ている(図4-7)。柴田氏はFacebookの売上は「アジア+その他地域」に関しては、まだまだDAUが伸びる余地がある」と結論している。数字だけを見ていたのでは気づかないが、グラフ化すると北米、ヨーロッパ、アジアではまったく異なった動きになっていることが一目瞭然だ。余談だが、TechCrunch Japanはオンラインメディアなのでスペースは比較的自由だ。そこで「1日あたりアクティブ・ユーザー」などと繰り返しても困らない。しかし紙媒体やオンラインでもスペースに制限がある媒体ではDAUという単語をどう処理するから頭が痛いだろうと思う。
この調子で重要なポイントを挙げていくとキリがない。ともあれ本書に目を通していただくのがよいと思う。ちなみに本書のフォーマットだが章立てやトビラの構成などは日経BP出版局の中川ヒロミ部長がいろいろとサゼスションを出し、柴田氏が対応して原稿を書き、担当編集者の後藤直義氏が具体的なページに落とし込んだものだそうだ。noteに連載された内容が優れていたのはもちろんだが編集段階でのブラッシュアップも大きな役割を果たしていると感じた。
ちなみに柴田氏は本書のニックネームとして「より決」を提案されている。たしかにニックネームが必要なほど反響は大きく、Amazonでは予約段階で総合2位となった。惜しくも予約総合1位を逃したのはローラのSpeak English With Meを抜けなかったからだそうだ。本書にはKindle版も用意されている。