バーチャルリアリティが「技術デモのフェーズ」を終えたようだ。「Dear Angelica」は、VRヘッドセットの特徴を活かしてユーザーを物語の世界に誘い込み、一人称で感動的なストーリーを楽しむことができる純アートの映像作品だ。映画館のスクリーンではDear Angelicaの美しさは伝わらない。
Oculusが新しく発表したこのショートフィルムは必見の作品だ。私はVRの熱狂的なファンである友人の自宅まで行ってDear Angelicaを観たのだが、その労力に見合うだけの価値があった。Sundance Film Festivalでプレミア試写会を行った本作品だが、現在はOculus Riftを通して無料で配信されている。
美しい演出が特徴的なVR作品は既にいくつかある。物語に出てくる電車がはじけ、そのカケラが無数の鳥となって日暮れの空に消えていく。この演出で印象的なChris Milkの「Evolution Of Verse」もその例だ。
感動的なVR作品もある。ユーザーをヨルダンの難民キャンプにいざなうGabo Aroraの「Clouds Over Sidra」では、VRヘッドセットが人々の共感を呼ぶ機械へと進化する。
素晴らしいストーリーをもつ作品もある。Penrose Studioの「The Rose & I」は、宇宙にいる孤独な少年と1本のバラが織りなす友情の物語だ。
しかし、Dear Angelicaはこれらの要素すべてを12分のストーリーに織り込んだ。そして、この作品は20年後もなお観る価値のある作品となるだろう。
母親との思い出を語る女の子。彼女がこの物語の主人公だ。女優として活躍していた母親は、彼女にアンフェアな世界のなかでも勇気を持つことの大切さを教えてくれた。映画に出演する母親の姿が突然まわりに現れる。すると、悲しみと懐かしさがあなたを包み込む。筆で流れるように描かれた世界は、非の打ち所がないほど美しい。あなたの周りで主人公の世界と記憶が次々と描かれていく。
Dear Angelicaを観ると、それがVRのために生まれてきたような作品だと感じることだろう。それもそのはず、この作品は実際に仮想現実の世界で製作された作品なのだ。Oculusは「Quill」と呼ばれるVRイラストレーション・ツールを開発している。Dear AngelicaのアーティストであるWesley Allsbrookは、このツールを使ってオーディエンスと同じ視点でこの作品の世界を描いたのだ。
Dear Angelicaでは、VRで描く世界に「時間軸」という新しい次元を取り入れている。情景が一度に表示されるのではなく、勇敢な騎士、凶暴なドラゴンなどのオブジェクトが適切な順番で、そしてカラフルに描かれていく。あらゆる方角で描かれた物語は、それぞれが同時並行で進行していく。しかし、オーディエンスは一度に1つの方角しか見ることはできない。だからこそ、手で掴むことができない「夢」の中に自分がいるかのように感じられ、観るたびに新しい発見がそこにはある。
VRクリエーターたちよ、今から話すことを心して聞いてほしい。ディレクターのSaschka Unseldが生み出したDear Angelicaは、今後のVRの在り方を考えるうえで重要な作品である。VRに搭載する新しい機能の実験をするのは良いことだし、将来的に今より大きな価値を生み出すVRのプロトタイプを製作するのも構わない。しかし、このテクノロジーによってオーディエンスを想像の世界に誘うための準備はすでに整っている。「美」、「感情」、「ストーリー」といった、人間がもつ可能性をVRでどのように表現するのか。私たちは今、それを考えるべきフェーズへと突入したのだ。
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