近年、働き方改革や健康経営への関心が高まっている。
今後ますます生産年齢人口が減っていく日本においては、社員が働きやすい環境を作ることで個々のパフォーマンスや生産性を最大限まで高めていくことが重要だ。その対策として、社内に働き方改革や健康経営を推進する専門チームを発足するようなケースもちらほら耳にするようになった。
“健康経営銘柄”という表現が適切かは分からないけれど、この領域に関するスタートアップも増えてきていて、今回紹介するバックテックもまさにその1社と言えるだろう。
企業の生産性向上を目的とした肩こり・腰痛対策アプリ「ポケットセラピスト」を運営する同社は3月20日、エムスリーとMTG Venturesを引受先とする第三者割当増資により2億円を調達したことを明らかにした。
バックテックは2016年4月の創業。今回は2016年8月にサイバーエージェント・ベンチャーズから、2018年5月に日本ベンチャーキャピタルとJR東日本スタートアップから資金調達をして以来、3度目の外部調達となる。
社員の「肩こり・腰痛」は会社のコスト損失に直結する
冒頭でも触れた通り、バックテックが展開するポケットセラピストは健康経営に力を入れたい法人向けのサービスだ。現在は社員の労働生産性やワークエンゲージメント、フィジカル/メンタルの状態などを見える化できるサーベイツールと、医学的エビデンスを基にした肩こり・腰痛対策アプリをセットで提供している。
もしかしたら「企業向けに社員の肩こり・腰痛対策アプリ?」とあまりピンとこない人もいるかもしれないけれど、バックテック代表取締役社長の福谷直人氏の話では肩こりや腰痛が会社のコスト損失と密接な関係にあるのだという。
もう少し紐解くと、現在会社のコスト損失の要因として「プレゼンティズム」という概念が注目されているそう。これは「出勤はしているが、健康面の影響などで社員の業務パフォーマンスが下がってる状態」を指していて、会社のコスト損失の中でも大きな割合を占める。
では具体的にどんな体調不良が企業のコストに繋がっているのか。そのトップ3が「肩こり、睡眠不足、腰痛」(福谷氏)であるからこそ、それを改善したいという企業側のニーズもあるわけだ。
ポケットセラピストのサーベイツール(アセスメントプラン)では、プレゼンティズムに関連するものも含めて社員の労働生産性や健康状態をスコアとして可視化する。
一般的なサーベイと同じく社員にオンラインアンケートを実施し、その結果からスコアを測定。部門ごとに「睡眠の質が悪いメンバーが多い」といったリスクを洗い出すほか、各項目の関連分析や生産性低下におけるコスト損失額の算出機能まで備えている点が特徴だ。
代表の福谷氏はもともと理学療法士として7年間病院に勤めていた経験があり、並行して大学院で健康経営に関連する研究を続けてきた研究者でもある。現在も京都大学で研究を続けていて、現場の知見とアカデミックな理論・エビデンスを踏まえたサービスとなっているのがユニークな部分だろう。
バックテック自体も福谷氏が京都大学大学院医学研究科で博士号を取得した後立ち上げた、同大学発のスタートアップという位置付けだ。
タイプ判定から最適な対応策の提供までを遠隔でサポート
肩こり・腰痛対策アプリもサーベイツールと同様に、福谷氏のバックグラウンドが活かされている。
このアプリは大きく「リスク評価」「タイプ判定」「チャットを活用した遠隔サポート」という流れで、社員の肩こり・腰痛を軽減しようというもの。ウリは肩こりや腰痛の“タイプ”を独自アルゴリズムに基づいてオンライン上で識別し、それに合わせた対応策を提供できる点だ。
「『腰痛』と一口に言っても、医学的には12種類ほどに分けられ、それぞれ適切な対応策は違う。運動をすることで治るものもあれば、それが全く効かないものもある。ポケットセラピストでは各社員がどのタイプに該当するのかを判定した上で、理学療法士がチャットを通じて適切なサポートをするのが特徴だ」(福谷氏)
タイプ判定に関してはオンライン問診票のような形で、提示される質問に回答していけば「自分はどのタイプの肩こりや腰痛なのか」がわかる仕組み。ポケットセラピストにはスタンダードプランとアドバンスプランがあり、後者の場合は各ユーザーに理学療法士が付き個々に合わせたアドバイスを送る。
たとえば導入企業の約6割は社員のうつ病対策として使っているが、福谷氏によると「体の痛みを直すとうつも治ることがわかっていて、その対策としてエビデンスがあるのがヨガ」なのだそう。そこでポケットセラピストでは300種類ほどのヨガの動画コンテンツを準備し、各ユーザーにマッチしたものをピックアップして提供している。
「特に数年間に渡って慢性的な肩こりや腰痛に悩まされていたユーザーからの反響が良い。今までは痛みが酷くて病院に行っても結局湿布を渡されるくらいで改善せずに治らないと諦めている人も多かった。そもそも最近の肩こりや腰痛はストレス状態など、心に要因があるものも増えていて、そういった人たちにマッサージなどをしても効果がでないのは当たり前のこと。個々の症状に本当に合った解決策を提示することが重要だ」(福谷氏)
チャット上で各ユーザーを支える専門家スタッフは現在200名ほどいて、基本的には病院勤めをしながら昼休みや帰宅後などの空き時間でポケットセラピストを使っているそう。各メンバーごとに毎月スコアが算出され、それに応じて待遇も変わるのだという。
最適なサポートを最速で受けられる痛みのプラットフォームへ
現在ポケットセラピストはコニカミノルタや日本ユニシス、JR東日本など10社以上の企業で導入されていて、その全てが上場企業とのこと。来年度の予算申請をしてもらっている企業が50社弱あり、製薬会社などヘルスケア関連が増えているようだ。
福谷氏によると導入背景は大きく「プレゼンティズムの要因が肩こり腰痛だったため解決したい」「ストレス対策などメンタルヘルスを懸念している」という2つに分かれるそう。このどちらかに課題を感じ、その解決策としてポケットセラピストが使われているのだという。
収益モデルは社員数に応じて発生する固定料金がメインで、ここにサーベイツールと肩こり・腰痛対策アプリのスタンダードプランが含まれる形。1対1のチャットサポートに関してはアドバンスプランとして追加で料金が発生する。
バックテックでは今回調達した資金を活用してエンジニアやセールスなど人材採用を加速させるほかマーケティング面も強化していく計画。来期は上場企業50社と中小企業200社への導入が目標だ。
また今回の調達先であるエムスリーとMTGとはそれぞれ事業上の連携も検討していく。エムスリーに関しては医師と理学療法士 / 作業療法士を組み合わせたソリューションの構築や非保険(自費リハビリテーション)領域でのサービス開発、オンライン医療との協業などが主なテーマ。
MTGとはWELLNESSブランドとのデータ連携を基にしたサービス内容の拡大、ヘルスケアサービス展開に向けた新商品の開発、MTG社のブランド開発力を活かしたバックテックおよびポケットセラピストのブランド開発などが軸になるという。
「腰痛や肩こりで悩む人の多くは、自分にとっての最適解にたどり着くのに膨大な時間がかかっている。それに対して最速で最適なソリューションを提供できる『体の痛みのプラットフォーム』を目指していく。実はオフラインとの連携も少しずつ進めていて、(ジムや整骨院に)ポケットセラピストのユーザーが行くと割引を受けられたり、オンライン上に溜まったデータに基づいたオーダーメイドのメニューを選べたりといった形で、ユーザーにより良い選択肢を届けられるようにしたい」(福谷氏)