TechCrunchがスタートアップのことを書き始めたころ、地球規模の大志を持ったスモールビジネスというスタートアップの概念は、幻想のようなものだった。Twitterのような副業が、ヒーローや悪役の代弁者になり得るのだろうか? YouTubeのような動画投稿サイトが、どうしてメディア業界を破壊できるのだろうか? ブログ(完全に消耗しきった元弁護士が寝室で書いたような文章)が、起業、成長、売却のプロセスの考え方を根本的にひっくり返すことなど、どうしてできようか?
しかし、それは現実となった。2005年から2010年までの数年間で、世界は変わった。TechCrunchは野心的な読み物となった。無数の起業を夢見る者たちが、パーテションで囲まれた会社の席に座り、パソコンの画面をスクロールさせながら、笑ってしまうほど多額の小切手をベンチャー投資家が自分のフリースのポケットにねじ込んでくれる順番を待っている。2007年、スタートアップ設立を目指す2人のオランダ人と話したことを、今でもはっきり憶えている。彼らは、それまで続けてきた科学的な研究に基づく素晴らしいアイデアを聞かせてくれた。そして、率直にこう相談された。仕事を辞めるべきだろうかと。その3年前だったなら、馬鹿なことを考えるなと言っただろう。学術分野の楽な仕事を捨てて一発を狙う? 絶対に反対だ。
しかし、彼らと話したその午後は、スタートアップ革命から2年が経ち、資金調達はTechCrunchに投稿するのと同じぐらい簡単になっていた時期だ。一発は狙うべきものと考えられていた。
現在、私たちは新しい「普通」に直面している。この数年間の努力いよって進歩してきたものは、ひっくり返されようとしている。2014年、ベンチャー投資家がリスクを嫌って金を出し惜しみするようになり、エンジェル投資やシード投資が鈍化し、巨大なB2Bソリューションを超えようとするスタートアップの成長は失速した。そして、Creamery、会議、「情熱」、Allbirdsの退屈な文化も同様に失速した。私がセントルイスからスコピエまで、世界を旅して回ったとき、どの都市でも、TechCrunch風ではない次の起業家精神に移行しようとしていることを感じた。どの都市にも独自のカンファレンスがあり、メイソンジャーに入った小麦スムージーと、共同創設者たちが感情をエモーションハックできる快適な部屋で満ちていた。講演者たちは「キミならやれる!」か「それは間違ってる!」のいずれかの言葉を連発し、ピッチオフとハッカソンが葛のように世界中にはびこっていた。
しかし、こうした夢想家を支援するベンチャー投資家の現金は減り続けている。起業家のようなライフスタイルを実行するのは簡単だが、起業家としての生活を送るのはずっと難しい。4年前、私の友人は仕事を辞めたが、今は年金で暮らしている。その他の知人も、スタートアップから手を引いて、暖かく快適なデスクワークの勤め人に収まっている。バラは散ってしまった。
その同時期、私はICO(今はSTOだが)の市場の爆発的な成長を観察してきた。わずかな年月で巨大な富が再分配され、一部の勇敢な連中が大金持ちになり、彼らのスタートアップは自己資金で賄えるようになった。暗号通貨の平等主義のおかげで、ザグレブの15歳の子どもからも、モスクワのマフィアの帳簿係からも、2006年にシリコンバレーの投資家が集まっていたスタンドヒル・ロードと同じぐらい、簡単に金が手に入る。間違いなく、この新しい市場はリスクに満ちている。投資家は、その投資家がスペインに移住して姿をくらませたとしたら頼りになるものを失うが、それが今は普通だ。新しいスタートアップの方法論だ。ベンチャー投資家は価値を高めると大声で叫ぶが、彼らにはできない。価値を高めるのは金だ。そして金はICO市場から出てくる。
私は、ICO市場の企業を理解しようと頑張ってきたが、それはじつに困難であることがわかった。まずは、もしあなたが、ICOで資金調達をした、またはブロックチェーンをベースとしたというスタートアップの創設者なら、この入力フォームを使って私に自分たちのことを教えて欲しい。その中からいくつかを選んで、私は数カ月かけて記事にする。その後で、2005年に透明性が元で起きた火事の教訓をお教えしたいと思う。
第一に、以前にも書いたが、ICOの広報は最悪だ。数カ月前に私が書いた記事から引用したい。
残念なことだが、みなさんの広報担当者は無能だ。私が話を聞いたすべての広報担当者は、暗号通貨のことを何も知らなかった。この業界にはたくさんの企業があり、どこのことか明言は避けるが、もし知りたいなら、john@biggs.ccまでメールで質問して欲しい。その名前を教えよう。私が会ったあらゆる広報担当者は、内部のコミュニケーション責任者も含めて、最低だった。まったく新しい業界なので、かならずしも彼らの責任とは言えないが、それでも無能な人間が多い。
ありがたいことに、状況は好転している。ICOは本質的にクラウドセールだ。クラウドセールに人々の関心を集めることは、これまでほぼ不可能だった。Kickstarterが注目を集めるようになったのは、多くの人が出荷までこぎつけて成功してからだ。今これを書いている時点では、成果を出したICOは、まだほどんどない。つまりこの記事は、あなたがICOを行うかどうかという話ではない。頭のいい人たちが、巨大な難問の解決のために集まりつつあるという話だ。彼らが大勢のオタクやギャングから8000万ドル(約90億円)を調達したことは、この際、重要性としては二の次、三の次だ。もちろん、期限に間に合わなかったために彼らがストックホルムの地下牢で発見されたとなれば別だが。
第二に、コミュニケーションが鍵だ。私はトップ100のICO企業に話を聞いたが、彼らは、いじめが発覚した大学の社交クラブ以上に秘密主義だった。資金を調達し、そのことについて何かを話せばRedditでコインの悪口を書かれ、価格に影響すると彼らは考えているからだ。今こそ、その残念な輪から抜け出して決断するときだ。今後は、価格には噂や中傷に対する抵抗力を持たせるべきだと。
ICO業界のそのどちらの問題も、これまでに解決されている。一時はひどい広報をしていたスタートアップも、TechCrunchの創始者Michael Arringtonが話を聞き出せるのは、取り引きを見送って恨みを抱える人たちだけだったという状況もだ。この手の記事は、業界の発足初期のころで、怒れる投資家とクビにされた元従業員の憂さ晴らしには有効だった。しかし今では、スタートアップの広報はビジネスサイクルの一部に受け入れられている。ウォール・ストリート・ジャーナルでも、新しい資金調達法の情報を読むことができる。ゆくゆくは、同紙はICOを、IPOと同じように扱うことになるだろう。ブロックチェーン企業は、もう一段階、本気でステップアップする必要がある。
もうひとつある。世界とのコミュニケーションは、ICOで資金調達した人たちが思っているよりずっと重要だ。株主の関係は業界で確立されているが、トークンの所有者の関係も、すぐにそうなるだろう。しかし今の時点では、トークンのコミュニケーションの相手は、Telegramルームの不愉快な書き込みの削除を業務とする一人の人間に限られている。私が訪れたほぼすべてのサイトには、たとえばsupport@dingocoin.ioのようなメールアドレスがひとつだけ掲載されていて、それはZendeskの顧客管理システムにつながっている。そしてそこへ送ったメールは、ブラックホールに消える。もし、小口のエンジェル投資家が投資を持ちかけようとして連絡が取れなかったとしたら、信用は丸潰れだ。
頭のいい人たちの小さなグループが、資金調達のものすごい方法を無から生み出すという考えは、とても魅力的だ。今は新しい資金調達の時代の黎明期だ。すべてのファンドを一時的に停止すべきだ。多くの人がこの流行に乗って、まったくワケのわからない言葉を吐きまくる起業家に、律儀に会いに行っている。なぜなら、2005年にはスタートアップというものを誰も理解できなかったため、あらゆるものに成功する可能性があったからだ。今は暗号通貨を理解できる人間がいないため、あらゆるものに成功する可能性がある。すべての起業家の最大の興味は、スープをすすり、実績を上げて、驚異の自己啓発本『ゼロ・トゥ・ワン スタートアップ立ち上げのハード・シングス・ハンドブック』を閉じることだ。私たちは前に進む以外に道はない。今こそ出発のときだ。
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(翻訳:金井哲夫)