新潟大学脳研究所は、音を聞いてから大脳がそれを分析するまでの時間を、霊長類4種類で測定したところ、ヒトがもっとも遅かったという研究結果を発表した。サルよりも発達した脳を持つ人間のほうが、脳の処理に時間がかかるということだが、これは退化ではなく、むしろ進化の結果だという。
新潟大学統合脳機能研究センターの伊藤浩介准教授、京都大学霊長類研究所の中村克樹教授、京都大学野生動物研究センターの平田聡教授らによる研究グループは、ヒト、チンパンジー、アカゲザル、コモンマーモセットの4種類の霊長類を使って、音に対する大脳聴覚野の応答時間を脳波で無侵襲で計測した。音によって大脳の聴覚野から誘発されるN1という脳反応が、何ミリ秒後に生じるかを調べたものだ。その結果、コモンマーモセットが40ミリ秒、アカゲザルが50ミリ秒、チンパンジーが60ミリ秒、そしてヒトが100ミリ秒ともっとも遅かった。
脳は大きいほど、つまり脳細胞が多いほど発達しているという。脳細胞が多いので、ヒトの場合はその他の動物にくらべて、N1反応が現れるまでに多くの脳細胞を通過して多くの処理が行われているわけだ。そのために遅れる。決して、伝達速度が遅いわけではない。
N1反応は、無音から音が鳴ったり、鳴っていた音が消えたり、音の高さが急に変化したりするなど音が「変化」したときに誘発されるのだが、変化を検出するには、その前後の音と比較する必要がある。瞬間の音を認識するというよりは、時間軸上に開いたある程度の長さの「時間窓」で、音を一連のつながりの中で分析を行う。研究グループによれば、ヒトは「音を分析する時間窓が長い」のだそうだ。音の時間窓が長いということは、視覚で言えば視野が広いのに相当する(音の変化をストロボのように瞬間ごとでなく、一連のものとして大局的に捉える)。これは「言語音のように時間的に複雑に変化する音の分析に有利」なのだという。
処理に時間がかかるのはデメリットだが、時間窓が広がり複雑な刺激を処理できるようになったことは、「デメリットを補って余りあるメリット」だと研究グループは話す。また、それがあるからこそヒトの脳は大きくなり進化したというのが、この研究成果に基づく新仮説とのことだ。
今後は、様々な感覚や認知を、長い時間窓でじっくりと大局的な処理をすることで、動作が遅くても高度な機能を獲得したのがヒトの脳、とする仮説の検証を目指すという。