銀行は、エンタープライズAIやフィンテックの起業家が思うほどバカじゃない

著者紹介:Simon Moss(サイモン・モス)氏:Symphony AyasdiAI(シンフォニー・アヤスディエーアイ)のCEO。同社では、金融サービス向けのエンタープライズAIを開発。

Selina Finance(セリーナ・ファイナンス)の株価が5300万ドル(約56億円)上昇し、またその次の日には別のスタートアップ銀行の株価が6470万ドル(約68億円)上昇したことが立て続けに報道されたことで、エンタープライズAIやフィンテックの熱心な支持者が「銀行は何もわかってない。銀行には手助けか競合が必要だ」とまた豪語し始めている。

彼らの主張はこうである。銀行は、フィンテックの素晴らしいアイデアをいつになっても導入しない、どうやら業界の方向性を分かっていない。技術者のなかには、銀行向けの商品マーケティングにうんざりし、思い切って自分のチャレンジャーバンクを立ち上げた人もいる、と言うのである。

だが、従来の金融業者が黙ってはいない。フィンテックには「購入するか自分で構築するか」という選択が付きものだが、金融業者のほとんどはその質問自体が間違いだと知っている。ソフトウェアを購入するか、社内で構築するか。ほとんどの場合、問題はそこではない。銀行の多くは、もっと難関で、されど賢い道を突き進んでいる。アクセラレーションである。

銀行のほうが賢いといえる2つの理由

とはいえ、銀行が悲惨な間違いをしたことがないかと言えば、そうではない。批評家は、銀行がソフトウェア企業になるために何十億ドルも浪費して、コストや製品寿命の点で膨大な無駄が発生する巨大なIT事業を生み出し、無意味なイノベーションや「社内ベンチャー」に投資してきた、と批判している。しかし全体としては、銀行にインパクトを与えようとする起業家市場よりも、銀行のほうがビジネスについてよく理解していると言える。

まず、ほとんどの技術者には欠けているが銀行は持っているものがある。それは、銀行の専門領域に関する知識だ。技術者は、そのような専門領域に関する知識を過小評価しがちだが、それは間違いである。深い協議、緊密なプロダクト管理の調整、簡潔で明確なビジネス有用性をともなわない抽象的なテクノロジーが多過ぎると、意図する実体的価値を生み出すために使えるテクノロジーが見過ごされてしまう。

2つ目に、銀行が購入に慎重なのは、人工知能やその他のフィンテックの価値を見損なっているからではない。価値を非常に高く評価しているからこそ、慎重になっているのである。エンタープライズAIに競争力を高める力があることを知っているため、競合他社と同じプラットフォームを導入し、同じデータレイクからデータを引き出すのはもったいないと思っているのだ。

近い将来、競争力や差別化、アルファ値、リスクの透明性、業務の生産性といった要素は、どれほど生産的かつ高パフォーマンスの認知ツールを大規模に導入できるかで決まるようになっていく。NLP、ML, AI、そしてクラウドを組み合わせることで、ツールの規模が大きい順に、競争力のあるアイデアをより迅速に具現化できるようになる。問題は、競争上の主な強みをどのように獲得できるかだ。簡単に答えられる企業は多くないだろう。

正しい答えに導けるなら、銀行は自社のドメインの専門知識が持つ真の価値を手に入れ、差別化された強みを生み出すことができる。誰かのプラットフォームで、他のすべての銀行と肩を並べなくて済むのだ。自らの業界の方向性を定め、価値を守ることができる。AIは、ビジネスの知識や創造力を増強させるものだ。ビジネスの知識が欠けていれば、資金の無駄になってしまう。これは、起業家についても同じことが言える。自社のポートフォリオをビジネスと完全に連動させられなければ、製品イノベーターの衣をまとったコンサル業者になってしまうというわけだ。

本当に強いのはどちらか

実際、銀行はよく言えば慎重、悪く言えば臆病なのだろうか。次なるトレンドに大きな投資をして失敗に終わらせたくない、フィンテック業界の本物と偽物を見分けられない。そうした主張も理解はできる。実際、銀行はAIに大金を費やしてきた。だが、本当にそうだろうか。

一見すると、銀行はAIと呼ばれるものに大金を費やしてきたように見える。過去には、必要とされるレベルの容量や並行処理機能までスケールできる見込みがまったくない社内プロジェクトを行ってきた。また、本当は実現できないと誰もが分かっているような高い目標を掲げ、大規模なコンサルプロジェクトのなかで身動きが取れなくなってしまったケースもある。

この不安感は銀行業にとってはプラスとは言えないが、間違いなくチャレンジャーバンクという新たな業界を発展させるカギとなった。

チャレンジャーバンクの登場は、一般的に、従来の銀行が過去にとらわれすぎて新たなアイデアを導入できないために生じたことだと考えられている。だが、投資家はいとも簡単に同意する。ここ数週間、米国のチャレンジャーバンクであるChime(チャイム)がクレジットカードの展開を発表したほか、Point(ポイント)が米国を拠点に設立され、さらにはフィンテック企業のSolarisbank(ソラリスバンク)の支援のもと、チャレンジャーバンクVivid(ビビッド)がドイツで設立された。

舞台裏で起こっていること

従来の銀行は、データ科学者の雇用にリソースを割いており、その頭数はチャレンジャーバンクを大幅に上回ることもある。従来の銀行家は、外部のフィンテックベンダーに質問して問題を解決してもらうより、社内のデータ科学者に質問し、問題について意見を聞きたいと考えているのだ。

賢いのはこちらのやり方だろう。従来の銀行家は、社内で100%所有できないフィンテックサービスに資金を投じる必要はあるのか、それより、権利の一部を購入し、競争力となる部分を社内で保持できないか、ということを考えている。競争力となる強みを、どこかのデータレイクに野放しにしておきたくないのである。

銀行の視点で考えると、社内で「フィンテック」ができなければ、競争上の強みは生まれない。投資対効果は常に厳しく検討されている。問題は、銀行はデザインの創造力をかき立てるような場所ではないという点だ。大成功を収めたプロジェクトは、JPMC(JPモルガン・チェース)のCOINプロジェクトくらいである。ただ、これはクリエイティブなフィンテックと銀行が密に連携した例であり、結果としてビジネス上の明確な問題が浮き彫りにされた。製品要求仕様書の条件が不十分だという問題である。社内開発のほとんどはオープンソースを相手にしており、投資利益率に関して予算を吟味していくにつれ、魔法のきらめきも消えていくものだ。

今後数年の間、銀行がこうしたサービスを展開して新企業を買収していくにつれ、新たな基準の設定について議論が盛んになっていくだろう。銀行業のオプションが急増していくなか、最終的にはフィンテック企業と銀行が融合すると言える。

技術面での負債を抑える

もちろん、自社での構築方法を探るのに時間をかけすぎる結果、業界の進歩に後れを取るというリスクはある。

技術者は、マネジメントを素人が行えば着実なステップから外れてしまうと忠告するだろう。開発段階のニーズが二転三転することで、技術面での負債が溜まるというわけだ。データ科学者やエンジニアにプレッシャーをかけすぎるのも、技術面での負債の増加を早めることになる。バグや非効率がなおざりにされ、新機能もその場しのぎになってしまう。

これが、社内構築のソフトウェアにスケーラビリティがないと言われる所以である。コンサルタントが開発したソフトウェアでも、同じ現象が見られている。システム内の古い問題が新しい問題の陰に隠れ、結果として、低品質のコードを基盤に構築した新しいアプリケーションでエラーが生じるようになる。

では、どうやって修正できるだろうか。適切なモデルは何なのか。

ありきたりな質問ではあるが、基本に立ち返ってこそ成功があるというものだ。理解すべきなのは、大きな問題はクリエイティブなチームによって解決できるという点だ。個々がそれぞれの意見を理解し、対等に扱い、何を解決すべきか、またどのような成功を見据えているのかを完全にクリアにした状態でマネージメントを行わなければならない。

スターリン時代のプロジェクトマネジメントを実践すれば、成功確率は規模の大きい順に上昇する。つまり、将来的に成功するには、銀行はパートナーとなるフィンテック企業の数を絞り、銀行が生み出す知的財産の価値をともに高く評価する、格段に信頼できるフィンテック企業と連携する必要がある。両者とも、連携なくして成功はないと認めなければならない。道を模索するのは簡単ではないが、互いの協力がなければ、銀行も、そして銀行との協働を図る起業家も、いばらの道を突き進むことになる。

関連記事:英国のフィンテック「Revolut」が日本でも口座開設をスタート

カテゴリー:フィンテック

タグ:銀行

[原文へ]

(翻訳:Dragonfly)

投稿者:

TechCrunch Japan

TechCrunchは2005年にシリコンバレーでスタートし、スタートアップ企業の紹介やインターネットの新しいプロダクトのレビュー、そして業界の重要なニュースを扱うテクノロジーメディアとして成長してきました。現在、米国を始め、欧州、アジア地域のテクノロジー業界の話題をカバーしています。そして、米国では2010年9月に世界的なオンラインメディア企業のAOLの傘下となりその運営が続けられています。 日本では2006年6月から翻訳版となるTechCrunch Japanが産声を上げてスタートしています。その後、日本でのオリジナル記事の投稿やイベントなどを開催しています。なお、TechCrunch Japanも2011年4月1日より米国と同様に米AOLの日本法人AOLオンライン・ジャパンにより運営されています。