本当にまた繰り返すのか?動画への方向転換があり、インスタント記事があり、ニュースフィードからニュースが消されることがあり、それでもなおFacebook(フェイスブック)は、新しい媒体をちらつかせ、ジャーナリズムをおびき寄せて檻に閉じ込めようとしている。
米国時間10月26日、FacebookはNews(ニュース)タブを公開した。
関連記事:Facebookがニュース専用セクション「Facebook News」を米国で限定公開
すでに、The Wall Street Journal(ウォールストリート・ジャーナル)やBuzzFeed News(バズフィード・ニュース)などを含む約200社のパブリッシャーが参加しており、一部には資金援助が行われている。このプラットフォームの危険性を誰も学んでいないのだろうか。
他人の土地に勝手に家を建てれば、ブルドーザーで潰されても文句は言えない。Facebookがパブリッシャーへの資金援助を突然打ち切った数の輝かしい記録を思えば覚悟すべきだ。
2015年に私が書いた「Facebookはパブリッシャーをゴーストライターに変えて、スマートパイプにくだらないコンテンツを流すのか」という記事をもう一度掲載すれば済む話かもしれない。または、ユーザーにパブリッシャーのサイトを捨てさせてFacebookに取り込み、アルゴリズムで管理されたフィードに依存させることで、Facebookが報道事業を奪ったことに関する2018年の記事でもいい。
Facebookによるパブリッシャーいじめの記録
ちょっと時間を遡って、同社が報道界を翻弄して多くの人たちを傷つけてきた歴史を振り返ってみよう。
2007年、Facebookがニュースを扱うようになる前にもすでに起きている。同社は、無料のバイラル機能を大量に備えた開発者向けプラットフォームを立ち上げ、そこからZynga(ジンガ)などの企業も生まれた。しかしスパムがニュースフィードを蝕むようになるとFacebookはそれを打ち切り、Zyngaも見放した。Facebookがモバイルに移行する5年間で、大量のゲームが破棄されてしまった。Zyngaは完全に立ち直ることはできなかった。
2011年、Facebookは、読んだニュースを自動的に友人にシェアするソーシャルリーダーという種類のアプリで、オープングラフプラットフォームを立ち上げた。ガーディアンやワシントンポストといった新聞社は、競ってこのアプリを作り、バイラルなトラフィックを記録した。しかし2012年、同社はフィード投稿のデザインを変更し、ソーシャルリーダーアプリの存在感が薄れた。そのため読者数が大幅に減少し、多くのパブリッシャーはアプリの運用を取り止めた。Facebookは、そのプラットフォームを大幅に切り捨てた。
2015年、FacebookはInstant Article(インスタント記事)を立ち上げた。アプリの中で新しいコンテンツをいち早く読み込めるというものだ。しかし、広告・購読のサインアップボックス、再循環モジュールを制限する高圧的なルールのために、パブリッシャーはインスタント記事による恩恵をほとんど受けられなかった。2017年後半、多くのパブリッシャーはこの機能を放棄した。
同じく2015年、Facebookは1日の動画再生回数が10億回に達したとして「動画への移行」を論議し始めた。ニュースフィードのアルゴリズムを動画優先に変更したところ、同年内に1日の動画再生回数は80億回に伸び、パブリッシャーの編集部では動画担当者を増やし、記事も文章から動画へと移行させていった。しかし後の訴訟により、Facebookは150〜900%に及ぶ視聴回数の水増しを認識していたことが判明した。2017年末までに、Facebookはバイラルな動画のランクを下げ、1日あたり5000万時間分の視聴(一人あたり2分以上)を削除し、後にパブリッシャーへのライブ動画のための支払いを削減。友だち関連のコンテンツに重点を移したことで、パブリッシャーが提供した大量の動画が破棄された。
2018年、Facebookは、家族や友だちのコンテンツを優先させるために、ニュースフィードでのニュースの表示率を5%から4%に減らすと発表した。Facebookが参照元となる数が急激に低下し、そのぶんをGoogle(グーグル)が獲得してトップのリファラーになった。だが、Facebookからのトラフィックが87%減少したSlate(スレイト)などのニュースサイトは大打撃を受けた。パブリッシャーの中には、見捨てられたと感じるところが少なくなかったのは想像がつく。
傾向がおわかりだろうか?彼らが守りたいもの、守ろうとしたものに関するデータに従い180度の戦略転換を行い、それが周囲に与える大打撃を、ユーザーを思ってのことだと正当化するのがFacebookの常だ。それによりその他の利害関係者が優先されることになる。
死の情報収集サイト
私はよく、Facebookは、ユーザー、開発者、広告主との奇妙な四角関係にあると思っていた。しかしこのごろは、Facebookがユーザーとの虐待的な愛憎関係にあるように見えてきた。ユーザーの気を引きつつ、プライバシーを抜き取っているからだ。一方で、グーグルとの複占状態のおかげで、数値上の誤りを放置でき、開発者はユーザーが欲しいときや、データ上の大失敗の後に撤退したいときにアクセスやリーチを変更できることから、Facebookは広告業界を独占している。
いくつものしっぺ返しを喰らった挙句、ようやく最近になって、Facebookはいくばくかの愛情を社会に注ぐようになったようだ。だが、ニュースのパブリッシャーはそのいちばん下の階層にある。ニュースは、Facebookの中では大きなコンテンツではないため収益も少なく、ソーシャルネットワークの基礎にある友だちや家族のグラフには属さない。アップルやグーグルと違い、報道機関がFacebookにどんなに強く当たろうとも、すでに悪化している関係がこれ以上悪くなりようもない。
だからと言って、Facebookがニュースを意図的に軽視しているわけではない。FacebookはJournalism Project(ジャーナリズム・プロジェクト)の広報、ニュースリテラシー、ローカルニュースを専門に扱うToday In(トゥデイ・イン)に出資している。また、インスタント記事の失敗が及ぼした被害を埋め合わせしようと、パブリッシャーが有料サイトを立ち上げるのを親身になって手伝ってもいる。Facebookがそれを中心的な存在と考えるなら、スタッフはニュースをよく読むようになるだろう。この部門を支えていけば、醜聞に埋もれる中でもいくらかでも称賛が得られるようにもなる。
だが、Facebookの生き残りの中心になかったものが、その戦略の中心になることは決してない。ニュースでは勘定が合わない。鈍化する成長率を押し上げる主要な力にもなり得ない。Twitterの場合を思い出してほしい。Facebookよりもニュースに力を入れているTwitterだが、時価総額はFacebookの23分の1でしかない。そのため、少なくとも今の時点では、Facebookは報道系パブリッシャーの味方ではないことが明らかだ。
よくても気まぐれで、肝心なときに当てにならない友だちだ。何百万ドルを出資しようとも、確かにジャーナリズムの世界では大金だが、2018年のFacebookの純利益220億ドル(約2兆4000億円)に比べたらいくらでもない。
Facebookがパブリッシャーに提示するものには、すべてに条件が付く。ニュースタブが持続可能にならない限り、永遠に補助金は出ない。ニュースの編集部にとれば、計画や資源の分配が変更されるときは、まったく信用できないFacebookを信用せざるを得なくなる。
関連記事:TwitterとFacebookはパブリッシャーをゴーストラーターに変える(未訳)
パブリッシャーはどうすればいいのか?オウンドオーディエンスという考え方を、常に倍賭けで疑うことだ。
自分たちのサイトへ直接ユーザーを呼び込む。自前のサイトなら、ユーザーに購読を勧めたり、ニュースレターやポッドキャストを配信したり、ニュースフィードの中で見るほど魅力的ではないにせよ、充実したオリジナルの記事を送れる柔軟性がある。
ユーザーがいる場所でユーザーに会う。だが、彼らを自分たちの世界に連れ戻すことが大切だ。アプリを開発してダウンロードしてもらうか、ユーザーのすべてのデバイスにパブリッシャーのブックマークを付けてもらう。購読、イベント、商品、データ、調査などトラフィック中心の広告を代替収入源にする。多様な意見を持つ優れた才能が離職しないように報酬を増やすか新しく雇う。
盗用されたりリブログに書かれないスクープ、評論、分析、メディアとは何か?それを作る。どのサイトでもトップを飾る記事をいかにして目立たさせるか?そこに未来がある。他人のスマートパイプから拝借したつまらない記事を垂れ流す陳腐なパブリッシャーになってはいけない。
Stratechery(ストラテチェリー)のBen Thompson(ベン・トンプソン)が説いているように、Facebookは、かき集めたコンテンツ提供者から搾取を行うごとに、関心と広告主からの戦利品が増加する情報収集サイトだ。情報収集サイトにとって情報提供者は交換が利く使い捨ての存在だ。パブリッシャーは基本的に、Facebookニュースのゴーストライターとなる。情報収集サイトに依存するということは、自分の運命を奪われるということだ。
たしかに、ニュースタブをブレイクさせるための実験では分配金が発生するだろう。パブリッシャーは、Facebookの提示するものを受け取ることができる。ただし「彼らの事業の根っこを脅かさない限りは」だ。しかし、Facebookの態度を急変させる性質を考慮するに、パブリッシャーは地震の中でボーリングをするようなものかもしれない。
[イラスト:Russell Werges]
[原文へ]
(翻訳:金井哲夫)