2016 SXSW日本勢の展示から──AR風のスマートグラス、IoTシャツ、スマート浄水器、うつ病支援などが競う

2016年3月中旬に米オースティンで開催された2016 SXSW(サウス・バイ・サウスウエスト)のトレードショーの会場で目にした日本からの出展は、「AR(拡張現実)風」のスマートグラス、モーションキャプチャ機能付きシャツ、水をリサイクルしてキャンプ先でシャワーが使い放題にするスマート浄水器、うつ病患者支援アプリ、それにスマートフォン再利用の概念を広めるプロジェクトなど、実にカオスな光景だった。SXSWはデジタル系の商業イベントというだけでなく、メディアアートやエンタテインメント系イベントとしての性格も強い。そんな独特の風土の中でどんな展示が頑張っていたのかを報告していく。

Telepathy Walkerは「ある意味シースルー」なAR的用途を狙う

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Telepathy Walkerの実機。視線上にマーカーがあるAR風の操作感を狙うスマートグラスだ。価格は「299ドルから」。

テレパシージャパンが展示したのは同社のスマートグラス「Telepathy Walker」だ。2016年1月のCESで発表したもの。この3月より、Kickstarterおよび日本のクラウドファンディングサイトkibidango(きびだんご)で、開発者向けバージョンは特別価格299ドルからの値付けで予約を受け付けている。この価格から分かるようにB2C向けの展開も考えている。特に開発者向けバージョンを低価格に供給することで、知見の蓄積を図る。

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Telepathy Walkerの画面例。視線にマーカーが重なる感覚でナビゲーションしてくれる。

実際に装着してみた。非透過型ディスプレイを搭載するスマートグラスなのだが「ある意味でシースルーAR」的な感覚を提供する製品だった。片眼の視線上にディスプレイの画像が見える。カメラで撮ったライブ映像にコンピュータによる表示をオーバレイ表示した、いわゆるAR風の映像だ。視野角はあまり大きくないが、モニタ以外の部分は肉眼で普通に見える。スマートグラス筐体にも、視線をなるべく妨げず素通しにするように穴が開けてある。体感上は、視線上にマーカーが見え、なおかつ広い周辺視界を確保した形となる。このような作りは、Telepathy創業者の井口尊仁氏が目指していた路線の現実解なのかもしれない。なお、OSとしてAndroidを搭載する。

Xenomaのe-skinはモーションキャプチャ用のシャツ

Todai to Texas」は東京大学発スタートアップのSXSW出展を支援する取り組みだ。日本で開催したコンテストを勝ち抜いた8組が出展。必ずしも東大発スタートアップに限らず、東大卒業生や在学生を含むチームによるプロトタイプ作品も含まれている。力作もあれば、意表を突く展示もある。

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モーションキャプチャの機能を備えるシャツ、e-skin。洗濯も可能。

事業化に最も近い位置にいたのはXenomaのe-skinだ。センサーや回路を縫い込んだモーションキャプチャ用のシャツだ。洗濯しても大丈夫な強度を持ち、価格も日常的に着る衣類の価格の水準に収まる。このプロモーションビデオを見ると概要が分かる。

スタジオを整えマーカーを人体の要所に装着、カメラを使ってモーションキャプチャを実施するのに比べると、e-skinを使えば圧倒的に手軽かつ低価格に人体の動きの情報を取得できる。お察しの通り「VRゲームに使えないか」との問い合わせが寄せられているとのこと。またライフログ(例えばお年寄りや子供の監視など)や、スポーツへの応用も考えている。

AIMEDICALのうつ病患者支援アプリには精神科医とAI研究者が取り組む

AIMEDICALの展示にはちょっと心が動いた。内容は「回復期のうつ病患者を支援するスマートフォンアプリ」だ。東京大学出身の精神科医である青木藍氏(ブースではキモノ姿で説明してくれた)とAI研究者のチームが開発した。事業家、会社設立へ向けて準備中とのことだ。

想定ユーザーは、例えば病院から退院して治療を続けながら社会復帰を目指しているような人だ。このような人は「再発したくない」という強い動機があり、また医療行為の枠組みの中でアプリを使ってもらいやすい。事業モデルとしては、医療の現場にいる精神科医や心理士と組むこと、また患者の社会復帰をケアする取り組みを進める団体などと協力することを目指している。

アプリの概要は次のようになる。スマートフォンが取得するライフログにより、ユーザーが活動している時間帯が分かる。それに加えて本人の気分の上がり下がりもアプリ上で手軽に入力できるようにした。これらのデータを突き合わせ、例えば「回復期にしては活動量が多すぎる」や「生活リズムが不規則になっている」「気分の上がり下がりのバランスが正常値を逸脱している」といった良くない兆候を早期に検出できる。今後数カ月でアプリの正式版をリリースする見込みだ。

HOTARUはスマート浄水器によるキャンプ用シャワーを展示

キャンプで使えるシャワーを展示したのがHOTARUだ。センサーとソフトウェアで制御するスマート浄水器を使い水をリサイクルすることで、わずか20Lの水で一家族が2週間シャワーを使えるようになる。クルマがあれば手軽にキャンプに持って行けて、キャンプ先でシャワー使い放題というわけだ。搭載するスマート浄水器については、家庭向け給水など、より大きな需要がある展開も考えている。

Ubisnapは電磁気学を駆使した5軸モーションキャプチャユニット

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モーションキャプチャユニットUbisnap。手巻きのコイル群が手の動きを検出するセンサーだ。

Ubisnapは、手の動きのモーションキャプチャをするユニットだ。写真で想像が付くかもしれないが、複数のコイルを活用して手の動き、向きを検出する仕組みだ。東京大学工学部3年の学生が手巻きコイルと「2年で習ったばかりの」電磁気学の知識、それにプリント基板の切削によるラピッドプロトタイピングで作成した電子回路を組み合わせて作った。事業化を狙ったものというよりはプロトタイプ作品の色彩が強いが、なかなかの人気を集めていた。

手の動きのモーションキャプチャの分野ではカメラを使うLeap Motionが有名だ。本格的な手の動きの検出にはデータグローブというデバイスがある。それらに対する優位性を聞いてみた。「画像センサで手の動きを解析するには『手のモデル』が必要なので、例えば『ペンを持った手の動き』などの応用のたびにモデルを拡張しないといけないが、Ubisnapはモデル構築の手間がなくキャプチャできる。またデータグローブは高価だが、こちらは安価」とのことだ。

OTOPOTは「声を水に換えて貯める」デバイス

DSC04310OTOPOTの外見は「フタ付きの茶碗」のように見える。フタを開けると録音モードになり、伝言を吹き込める。録音された伝言がある場合、OTOPOTを振ると水音がするので、そうと分かる。フタをもう一回開けると、伝言が再生される。伝言を消すには、フタを開けてOTOPOTを横にすればいい。水が流れ出るように、伝言も流れ出る。

大学の授業でデザインの課題で作ったものを機能を搭載させて発展させたとのこと。東大生が混じったチームによりTodai to Texasのコンテストに出場し、SXSW出展を勝ち取った。事業化については「SXSWでの反響を見てから」考えるそうだ。

Smile Explorerは赤ちゃんの笑顔を撮るベビーカー

Smile Explorerはカメラ付きのベビーカーで、載せている赤ちゃんが笑顔になったときに写真を撮ってくれる。それだけでなく、スマートフォンアプリにより、「どの場所を散歩していたときに笑顔になったか」を教えてくれる。親と赤ちゃんとのコミュニケーション向上に使って欲しい、という狙いがあるそうだ。電通の有志によるチームの参加とのこと。

BUBBLYは、フィジカル&オンライン両面の投げ銭デバイス

DSC04359sBUBBLYは、ストリートミュージシャンを応援する投げ銭用デバイスだ。物理的なコインを投入すると、シャボン玉が吹き出て場を盛り上げてくれる。ストリーミングで視聴しているオーディエンスがオンラインで投げ銭することでシャボン玉を出す応用も考えている。デモブースでは、ときおりミュージシャンが演奏し、それをシャボン玉が応援する。音楽イベントが発展して大きくなったSXSWの会場には、とてもよく似合った展示だったと思う。

このデバイス自体は、ラピッドプロトタイピングを応用した成果物だ。投げ銭の検出は、この種の応用でよく使われる超音波による距離センサを使う。シャボン玉を吹き出すメカの中心的な部品は3Dプリンタを使って成形した。「製品を売り出したい」との気持ちを持っているそうだ。

スマートフォン再利用を広める運動、phonvert

DSC04316phonvertは、ある意味で最大の変化球だった。最初は中古スマートフォンをIoTデバイスとして再利用するためのソリューション──だと想像していたが、そうではないのだという。スマートフォン(Phone)を別の目的に利用する(Convert)という意味の造語「phonvert」とその概念を広めることが、今回の展示の目的だったのだ。

中古のスマートフォンは立派なIoTデバイスだ。十分に高性能なCPUとメモリ、Wi-Fi、Bluetooth、加速度センサ、GPS、カメラ、USBなどの機能が使える。中古スマートフォンをうまく使えば、例えば「子供の場所をトラッキングして報告してくれるデバイス」などの応用がいくらでも思いつく。ただし、このような応用を一種類思いついただけでは、あるいは応用のためのミドルウェアなりソリューションなりを作ってそれが成功しただけでは「僕らの一つのアイデアやプロダクトが事業化できて、それで終わりだ」と出展者は説明する。世の中に与えるインパクトとしては、「phonvert」の造語が広まり、大勢の人々がスマートフォン再利用について考えることの方が、より大ききなインパクトがあると考えた訳だ。ちなみに出展者は「事業化は全然考えていません。純粋な学生団体です」とのことだ。

phonvertの出展内容は、積み上げられた中古スマートフォンの山と、そしてスマートフォン再利用のアイデアを大勢の人々に手書きで書いてもらった「紙」を貼り付けたものだ。張り出された多くのアイデアは、phonvertの概念に心を動かされた人がそれだけいることの証拠だ。振り返ると、これはこれでSXSWという場の力をうまく取り入れた展示だったような気がする。

ここまで8件が「Todai to Texas」の展示である。

富士通はIoTシューズ、電通はダンスを楽譜のように扱うソフト

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富士通のInteractive Shoes Hub。インソールの内側に複数のセンサーが組み込まれている。

以下は、日本企業からの出展などを紹介していく。富士通が出展したのは「Interactive Shoes Hub」だ。靴のインソールにセンサー類が組み込
まれていて「IoTシューズ」を実現できる。センサーの種類は圧力、ジャイロ、加速度、温度、湿度で、Bluetoothによりスマートフォンと連携でき、バッテリーはUSB充電でき40時間動き続ける。耐久性にも自信があるそうだ。このテクノロジー自体は以前から各種イベントに出展しているが、今回は従来よりも薄くした。

万歩計のような活動量計との違いは、足の上げ方、下ろし方のような細かな情報も取得できること。歩いているのか、走っているのか、足取りは疲れているか、元気そうか、そうしたディティールまで分かる。この技術をどう使うかは、あえて特定しない形で出展しているそうだ。インソールの量産やサービスの提供など幅広い分野で、このテクノロジーを事業化するパートナーを募集中とのこと。

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電通のMOTION SCOREのデモ。DJが操るBPMに合わせ、CGの人体がダンスを踊る。DJ機材を操作しているのはテクニカルディレクターの“元”ひがやすを氏。

電通が出展した「Motion Score」は、演奏中の音楽のビートに合わせてCGの人体が踊るソフトウェアテクノロジーだ。「楽譜のように」1拍ごとの人体の動きを記録し、拍の間はリアルタイムに補完することで情報量を圧縮でき、また演奏中の音楽のビートに合わせてCGを踊らせることができる。今回のSXSWで開催されたピッチコンテストReleaseIt at SXSWのファイナリストに選ばれた。この技術は、公開中のスマートフォンアプリ「ODDLetter」にも組み込まれている。コンサートの演出に使うなどB2B系の展開を考えている。

ネクストが出展した「GRID VRICK」は、注文住宅の間取りや家具の配置をLEGOブロックで指示し、部屋のレイアウトをCG/VRで確認できるというもの。壁をどこに置くか、ソファやテレビなどの配置、それに日照シミュレーションなどが可能だ。このテクノロジーは過去複数の展示会で出展しているが、この2016年4月より不動産業界向けに発売するとのこと。

博報堂グループのSIXが展示し、通る人の多くが覗き込んでいった展示がLyric Speaker。歌詞を表示してくれるスピーカーだ。スタートアップのコンテスト2015 SXSW Acceleratorのファイナリストに選ばれている。

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歌詞を表示するスピーカー、Lyric Speaker。

 

最後に「番外編」としてトレードショーなどが開催されている主会場からやや離れた一軒の店を借り切って開催した展示「Japan House」での一コマ。大阪大学/ATRの石黒浩教授と、石黒教授そっくりに作られたアンドロイド「ジェミノイド」が並んで座っている様子だ。この光景、SXSWというイベントの場では妙に馴染んで見えてきたのが不思議だった。

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石黒浩教授とジェミノイド。

 

 

投稿者:

TechCrunch Japan

TechCrunchは2005年にシリコンバレーでスタートし、スタートアップ企業の紹介やインターネットの新しいプロダクトのレビュー、そして業界の重要なニュースを扱うテクノロジーメディアとして成長してきました。現在、米国を始め、欧州、アジア地域のテクノロジー業界の話題をカバーしています。そして、米国では2010年9月に世界的なオンラインメディア企業のAOLの傘下となりその運営が続けられています。 日本では2006年6月から翻訳版となるTechCrunch Japanが産声を上げてスタートしています。その後、日本でのオリジナル記事の投稿やイベントなどを開催しています。なお、TechCrunch Japanも2011年4月1日より米国と同様に米AOLの日本法人AOLオンライン・ジャパンにより運営されています。