シリコンバレーの著名アクセラレーター「500 Startups」が日本にやってくる。
新たに発足した「500 Startups Japan」にアメリカ人と日本人と2人のパートナーが就任し、まもなく日本のスタートアップ企業への投資を開始する。もともと500 StartupsはNTTドコモと提携したり、Gengo、MakeLeaps、Peatix、Whillなど日本のスタートアップ企業に投資をしてきた経緯があるが、明確に日本に拠点を構えるのは今回が初めて。
パートナーの1人はディー・エヌ・エーの投資部門で1年半にわたってスタートアップ投資をしてきた元起業家でキャピタリストのジェームズ・リネイ(James Riney)氏。もう1人についてはまだ詳しくは書けないのだけど、日米スタートアップに詳しく、金融とテクノロジーのバックグラウンドを持つ日本人だ。ともに東京を拠点に活動するバイリンガルで、バックグラウンドと得意分野で相補関係にある2人が日本と米国を繋ぐという。
TechCrunch Japan読者には説明が不要かもしれないが、500 Startupsは、技術やアイデアを持つ少数精鋭のチームに少額の投資をして、ビジネス・企業を大きく育てる「アクセラレーター」としてY CombinatorやTechStarsなどと並んで知られている。Y Combinatorが米国指向が強いのに対して、500 Startupsは地理的にも投資ポートフォリオ的にも分散する傾向が強く、すでに韓国と、東南アジア、タイと3つがブランチとして立ち上がっている。今回の500 Startups Japanが海外拠点としては4つ目になる。500 Startupsは2010年の開始以来、50カ国以上で1200社以上に投資してきた。500 Startupsが投資したスタートアップ企業の成功例には、VikiやTwilio、Wildfire、SendGrid、Makerbotなどがある。9月4日にはグローバル投資のための3号ファンドとして8500万ドルを調達したことを発表している。
日本のスタートアップを米国へエグジットさせる
本家といえる米500 Starups(ファイブハンドレッド・スタートアップスと読む。念のため)同様に、シードからアーリーステージにある国内スタートアップ企業に投資をしていく。アメリカ企業による日本のスタートアップ企業の買収というクロスボーダーのM&Aを増やす、というのが500 Startups Japanのミッションの1つだ。
最近でこそ少し増えてきたとはいえ、国内M&Aの件数はまだまだ少ない。買う側の企業の数が限られていることもあって、日本のスタートアップが目指すエグジットとしてはマザーズへのIPOが主流というのが現状だ。そのIPOも年間100件程度と上限がしれている。エグジット数が少ないのが日本のスタートアップエコシステムの成長にとってボトルネックの1つなのであれば、アメリカ企業が買いやすい座組を用意するのが最も効果的なのではないか、というのがパートナー2人の考えだ。「アメリカ企業が買えば、日本のM&A件数は10倍になる」とジェームズは言う。
過去にはZyngaによるウノウの買収や、GoogleによるSchaftの買収、最近だとIACによるエウレカの買収、直近には米イングリッシュセントラルによるラングリッチの買収というM&A事例はあるものの、アメリカ企業が日本のスタートアップ企業を買うのは例外的だ。
この背景には、いくつか理由がある。ジェームズは以前、老舗で有力VCのセコイア・キャピタルに、なぜ日本で投資をやらなのかと聞いたことがあるといい、その時に返ってきた理由というのはバブルなどマクロな経済環境のことをのぞくと以下の2つという。1つは日本のスタートアップ界隈が外部から見えない「ブラックボックス」であること。もう1つはM&Aに至るまでの日本チームとのコミュニケーションが難しく、米企業やVCなどシリコンバレー関係者からすれば買収後の企業・事業統合、いわゆるPMI(Post Merger Intergration)をうまくくやり切れる自信がないこと。一般的には買収に至るまでに2年くらいは対話をするもので、そうしたリード期間なしに、いきなり国境を超えた買収は難しいということだ。
逆に500 Startups JapanのVCとしての強みは、シリコンバレーにネットワークを持っていること。ジェームズは「We are not just 口先」と日本語と英語を交えて、これまでの日本のVCとは現地でのコネクションの広さと深さが違うと説明する。「日本人がサンフランシスコ・オフィスに駐在しているとしても、現地のテック・エリートのコミュニティーには溶け込めないことが多い。われわれはベン・ホロウィッツなどとも交流があるし、シリコンバレーのほとんどのテック・エリートとは1ホップか2ホップで繋がっている」。
全部で70人ほどいる500 StartupsのVCやスタッフはSlack上で日々情報交換をしていて、「例えばHomejoyがもうダメだというのは、それがメディアで広く伝えられる前からわれわれは知っていた」りするのだといい、この辺の情報力も日本のVCに対する差別化となると言う。アメリカでうまく行っているモデルを日本に持ち込むという点でも、この情報の速さがカギになると言う。
グローバルな投資スキームを、そのまま使う
500 Startupsからは資金と運営ノウハウなどで支援を受ける。ちなみに、お隣の韓国で500 Startupsが「500 Startups Kimchi」(キムチ)、東南アジアで「500 Startups Durian」(ドリアン)と名付けるなら、日本の500 Startupsは「500 Startups Sushi」となるべきではないのかと聞くと、「Only がいじん insisted stupid names like sushi or sakura」(スシとかサクラとか、そういうバカな名前がいいと言ったのはガイジンだけだよ)なのだそうだ。ジェームズは幼少期も合わせると、もうかれこれ日本に13年くらい住んだことになり、日本語もかなり話す。だから500 Startups Sushiとの命名に反対するくらいには日本のことが分かっているというわけだ。
ジェームズは東京のJPモルガンでキャリアをスタートし、後にSTORYS.JPを運営するレジュプレスの共同創業者として起業。その後はディー・エヌ・エーでVCとして投資を担当し、インドやインドネシア、タイ、ヨーロッパ、シリコンバレーなどで広く投資をしてきたという。その中にはAndreessen Horowitzや、Eric Schmidt、Vinod Khoslaなど、いわゆる「スマートマネー」が投資している企業もあるという(スマートマネーというのは、単なる資金提供だけでなく、ノウハウや知見、コネクションを提供することで、多くの起業家が投資してほしいと考えるトップ・ティアのVCやエンジェル投資家による資金のこと)。
国内VCの多くは「投資事業有限責任組合」だが、500 Startups Japanは組織としては「ケイマン・ストラクチャー」と呼ばれるシリコンバレーと同じ枠組みに沿う。投資契約のタームシートもグローバルのものを使うという。これは海外企業へ売却するというときに有利に働くかもしれない。ファンド規模は約30億円をターゲットしていて年末をめどに投資を始める。現在までの調達額やファンドの出資者は非公開だそう。500 Startups Japanとしての投資開始時期は未定だが年内の活動開始を予定しているという。ジェームズ自身は500 Startups本体からの投資であれば、すぐにも開始する用意があると話している。
投資対象領域はパートナー2人の得意領域である、バイオ、ヘルスケア、VR、ドローン、ロボティクスなんかがキーワードとして上がってきたが、「ゲームはやらないと思う。ただ、あまり領域を決めてやろうというわけではない」そうだ。
日本とアメリカのベンチャー投資額やエンジェル投資額は、調査レポートや年によって違いはあるが、それぞれざっと20〜40倍くらいの差がある(例えば経済産業省が2015年3月に公開した調査報告、起業・ベンチャー支援に関する調査「エンジェル投資家等を中心としたベンチャーエコシステムについて」に数字がある)。人口や経済規模からすれば、差はもう少し小さくても良いはずだ。これは結局のところ、これまでアメリカほど日本のスタートアップ企業への投資がリターンを多く産んでいないことが要因の1つ。もし米企業による日本のスタートアップ企業の買収が増えれば、米国同様に資金の流れが生まれて風向きが変わってくる可能性もありそうだ。