3Dプリンティングと機械学習技術を活用することで、低価格な新しい義肢装具を開発するインスタリム。同社は7月25日、フィリピンにて3Dプリント義足の製品化に向けた実証実験を始めたことを明らかにした。
インスタリムについては同社が採択されている「東大IPC起業支援プログラム」を取り上げた際にも少し紹介したけれど、これまで義足を持つことができなかった患者に対して、新しい選択肢を提供しようとしているハードテックスタートアップだ。
同社では義足の開発に3DCAD(3Dモデリングソフト)や3Dプリンタを活用。問診時にスキャンした患部データを元に、3DCADで身体と接触する部分(ソケットと言うそう)の形を作りながら、3Dプリンタを通じて仮ソケットを出力する。
次の工程では仮出力したソケットを実際に試着。専門の義肢装具士が、痛みを感じる部分など形状の細かい修正をした後、もう一度3Dスキャンしデータをインポートする工程を繰り返すそうだ。この時点では患者にフィットして全く痛くないものができているので、3Dプリンタを使って最終版を出力するという流れになる。
インスタリム代表取締役CEOの徳島泰氏によると、ここでポイントとなるのが途中で「義肢装具士の修正」が必要になること。
これは従来の義足でも同様。義足を作るとなると、多大な設備や専門家の手が必要になり、それが販売価格や製作期間にもそのまま反映されてきた。徳島氏によると一般的なものでは通常1本あたり30〜100万円で販売され(寄付などでほぼ無償で提供されているものを除く)、製作期間も2〜3週間程度かかるという。
インスタリムの場合も初期は仮ソケットの修正時に専門家の手が必要になるが、ある程度のデータが貯まってきた段階で徐々にその部分をAIに移行。「最終的には人手による修正がいらなくなるレベル」(徳島氏)を実現し、従来の約10分の1のコストで、かつ短期間で納品することを目指している。
もう少し補足すると、インスタリムでは義足を作るたびに「1番最初にスキャンした患部データ」と「形状を修正した後のデータ」の2種類のデータが貯まっていく。この2つを機械学習にかけることで「●●のような患部データが入ってきた場合には、××のように修正すればいい」といった情報をAIでレコメンドするというわけだ。
「義肢装具士の技術を学習していくようなイメージ。これが実現すれば義肢装具士がいないような場所でも義足を作れるようになる。また義肢装具士がいても、今までは単価が高くて義足を手に入れられなかった人に安く提供することもできる」(徳島氏)
前回の記事でも紹介した通り、徳島氏は大手医療機器メーカーでAEDや医療系ソフトウェアの開発に従事した後、青年海外協力隊としてフィリピンに2年半滞在。そこで糖尿病が原因で足を切断し、義足を必要とする人が多いことを知ってこのビジネスを始めた。
JICAが公開している「フィリピン国3Dプリント義足製作ソリューション事業基礎調査」を見ても、同国で膝下義足を必要とする障害者・足切断患者に、潜在的な義足ユーザーとされる糖尿病性壊疽患者を加えると120万人以上に上ることがわかる。このうちすでに義足を得ているとされるのはわずか数万人だ。
そもそも義肢装具士の絶対数が少なく、ゼロから義足製作所を作るにはコストがかかる一方で、収益性などの観点を考慮するとものすごく儲かるビジネスというわけではない。だからこそ義足を開発するコストを抑え、多くの患者が手の届く価格で提供する仕組みができれば、大きなマーケットポテンシャルがあると言えそうだ。
「(取り組んでいる領域的にも)いわゆるスタートアップのビジネスっぽくはないと見られることもあるが、潜在的な市場も含めるとフィリピン1国の義足市場だけでも100億円の規模があるとされている。患部データを集めて仕組みが構築できれば他の国での展開も考えられるので、スタートアップが取り組む市場としても十分魅力がある」(徳島氏)
義足の顕在市場は約2000億円、義肢即具全般では約2.2兆円の規模にも及ぶそう。途上国はもちろん比較的義足が行き渡っているような先進国でも、価格が安くなれば用途に合わせて2本目、3本目の義足として提供するチャンスもあるという(例えばサンダル用、ヒール用といった具合だ)。
今後同社の構想を実現する上で鍵を握ってくるのが「いかに患部データを集めていけるか」ということ。今回の実証実験ではフィリピンのマニラ首都圏地域にて、被験者50人に対して義足を製作。6ヶ月間のテストをしながら、並行して各ソリューションの検証や医師・義肢装具士に対するユーザービリティテストも実施する計画だ。
徳島氏の話ではこれを皮切りに今後1年ほどで1000人ぐらいのデータが集まる見込みなのだそう。2019年の春頃を目処に、まずはフィリピンで本格的に事業を開始する予定だという。