al+は人格をコピーして、あなたの代わりに仕事をするクラウド上の人工知能アバター

脳に電極を付けてコンピューターに「意識」を全てアップロードしてしまう。そんな、映画「トランセンデンス」の世界がやってきたかのようなSF的世界観を持つ「パーソナル人工知能」(P.A.I.)のアプリ、「al+(オルツ)」が間もなくリリースされる。日本のスタートアップ企業のオルツが開発したもので、ユーザーの第2の自己をクラウド上に作り上げる人工知能アプリだ。

さすがに脳の全活動を電極で読み取れるようになるのは、ずっと未来の話だろうし、今のところ全人格をアップロードなんてできないのだけど、オルツが何かというと、使えば使うほどユーザーの知識や発言の癖、人格を学んでいって「その人らしい」受け答えをするようになるアバターのようなものだ。

何のために? あなたに代わって仕事をするためだ。

ユーザーは、まず最初に自分の顔写真をスマホで撮る。これだけで、まずあなたの分身である「オルツ」は、まばたきを始めて動き出す。現在は仮想3Dモデルで個人アバターを作っているが、今後は詳細な立体モデルを使う仕組みも想定しているという。

次にアプリやソーシャルネットワークをつなぎこむ。現在はFacebookやTwitterだけだが、InstagramやGmailなども対応予定だ。すると、あなたのオルツはあたながコミュニケーションする相手と内容を学習し始める。誰からの、どんな質問に対して、どういう回答をするのかといったことから、徐々にあなたの知識や癖を学んで行く。

あなたのオルツはクラウド上にいる。このオルツに向かって、ほかの誰かが話しかけると、あなたのオルツは、いかにもあなたが答えそうなやり方で人工合成音声とテキストで回答する。口がパクパクして、目も動くので、それなりにしゃべっているようには見える。どの程度「あなたらしさ」を獲得したかは数値で示されていて、50%を超えてくると、むしろその人らしくない回答を引き出すのが難しくなる、と開発したオルツの米倉千貴氏は言う。

「週末のデート、ランチは何がいい?」と彼女が聞けば、「昨日イタリアンだったから、それ以外なら何でもいいや」とぼくのオルツが答える。きっと彼女は、こいつはホントに食べ物にこだわりがなくてツマランなと思うかもしれないが、ぼくらしい答えだ。「もう経理にxyzの件はメールしましたか?」と部下が聞けば、「返事したよ」とぼくのオルツが答える。

……というのは、ぼくの想像上の会話。ぼく自身は、まだごく簡単なデモを見ただけでオルツを試していないが、そういうことらしい。

ほんとにそんなの技術的に作れるの?

まだ正式リリースされていない上に、ぼくはSkype経由でデモを見せてもらっただけで自分で触ってもいない。だから正直、海の物とも山の物ともつかない印象を受けてはいる。本当にある程度の賢さや「その人らしさ」が実現できるのだとしたら面白いし、応用範囲も広そうだが、AIの専門家はどう見るだろうか?

AI研究が専門でヒューマンインターフェース関連にも詳しい上智大学理工学部情報理工学科の矢入郁子准教授にアイデアの実現性について尋ねてみたところ、「1990年以降のAI 研究で提案されてきたアイディアの1つです。これまでの自然言語処理、知的エージェント、マルチエージェント(知的エージェントの分散協調の研究)、機械学習、ヒューマンエージェントインタラクションなどの基礎研究の成果の統合として、そしてさらに近年のAIブームの火付け役としてのディープラーニングの成果によって実現は可能と思います」との回答だった。「潜在的マーケットはあるけれども、時期的に早すぎるとAIBOのように普及に至らない可能性があると思います。ただ、2020年以後の5Gネットワークが普及し、身の回りのさまざまなモノや機器がネットワーク接続した世界であれば、人々の間で現在以上により自分の代理をするソフトウェアへのニーズが高まり、十分にマーケットがついてくる可能性があります」と、直近の応用よりも、もう少し射程を長く捉えるべき応用と見ているようだ。

技術的に近いAIによるアバター領域での取り組みも行っているスタートアップ企業、POYNTERの竹内裕喜CEOによれば、アバターによる会話の事業化はPOYNTERも含めて多くの企業が進めているという。例えば、ToyTalkのように子ども向けにAIが会話するような応用例もある。

竹内氏によれば個人の個性をコピーすることも「技術的にはある程度まで可能」だとか。ただ難しいのは「個性の情報をどうやってシステムに入力、保存するかと、それをどうやって検索し、出力するか」だという。特に入力部分がネックとなりがちで、「こういうシチュエーションで使えばこうなる、といった限定的なものとなることが多い。個人の代理として何かの仕事をこなすとか、そういう実用的な側面はもう少し先かもしれない。現状はエンターテイメント的なものになるのでは。ただ、できないことをやろうとする取り組みは楽しいですね」と話す。

この点に関してオルツでは、自分のオルツを自分で鍛えるという方法があるのが興味深い。ユーザーが分身としての自分のオルツに知識や個性を吸収させるために、自分自身のAIと対話する。何か質問を投げて、返ってきた答えによってプラス・マイナスボタンで「自分らしい」「自分らしくない」のフィードバックができるほか、自然言語による模範解答を教えることもできる。開発した米倉氏は、自分のオルツを鍛えること自体も楽しいと言い、むしろ今はそれが主な使い方になっているという。

プラス・マイナスの評価については、ほかのユーザーが行うこともできる。あの人なら決してこういう風に言わないというようなときにマイナスで発言を評価できる。そのフィードバックはそのオルツの持ち主本人へ戻されて、こうしたきっかけからも「その人らしさ」を獲得していくという。

オルツで時間課金するマネタイズのアイデアも

米倉千貴氏は、名古屋ベースのベンチャー企業、未来少年の共同創業者で、創業以来9年で売上規模15億円程度にまで成長させた経営者だ。電子書籍、ソーシャルゲーム、グラフィック制作などをしてきたが、昨年からAIを主軸に取り組んでいるのだという。「デジタル業務というのはやってもやっても貯めて行ってる感じがない。ぼくの8年間のデジタル上の業務が未来に繋がっていく感じがなく、むなしい。例えば今こうして西村さんにお話している内容を、ぼくはまた別の記者に説明するでしょう。繰り返すのが無駄でむなしく感じるんです。もっとコンピューターにやらせたい」と、オルツの実用面を説明する。

法律の専門家であれば、自分のオルツを鍛え上げて、そのオルツの時間を有料で販売する仕組みも用意するという。あるいは法律専門家オルツの購入者は、その法務関連知識を自身のオルツにインストールすることで、自分自身の人格を保ちながら、法律の知識を持つペルソナを作り上げることができるようになるという。ネット上にはQ&Aサイトが多くあるが、こうした知識の問い合わせのUIとしても使えるということだ。さらにオルツ同士が会話する未来もあり得て、「スケジュール調整は人間がやる必要はない。AI同士でやればいい」ということを現在オルツ社内では話をしているという。これは、AI研究でいえばマルチエージェントに相当する研究分野の応用だ。

オルツがクラウド側で実装するAIエンジンは3つあって、1つはユーザー個別の知識を学習するもの。もう1つは、個別ユーザーではなく、全ユーザーから学ぶ一般知識を獲得するもの。最後の1つはパターンを認識して回答を作り出すAIだ。多くのユーザーが使えば使うほど、賢くなるという。

ユーザーのコミュニケーションを見て学習するというと、とても恐ろしい感じがする。何もかも知ってる分身がいたら、誰に何を言い出すか分からない。だからオルツのデフォルトでは固有名や具体名は、全てシークレットのフラグが立っていて、あくまでも文脈の学習のみになるという。ユーザーが個別に許可した固有名だけを、オルツは他人にしゃべるようになる。

神のようなAIを目指さない、「人間らしさ」の追求

AIは、研究だけでなく、今やトップティアのテック企業から投資を集める注目分野だ。Googleは2014年初頭にイギリスのDeepMindを5億ドルという巨額で買収し、10月にはこれに追加するようにディープラーニング系のスタートアップ2つを買収している。Facebookは2013年暮れにニューヨーク大学で機械学習とディープラーニングを教えるYann LeCunn教授を採用したりもしている。エンタープライズ分野では、IBMが人気クイズ番組「ジェパディー」で人間のチャンピオン2人を打ち破った人工知能のWatsonを応用したWatson Analyticsを発表したことも目を引く。

上に挙げた中だと、オルツはWatsonに近いように見える。こうしたAIやチャットボットと違うのは、Watsonなどが目指す神のように賢いAIではなく、オルツが目指すのは「その人らしい」ことだという。

米倉氏とともに開発チームにジョインした実兄の米倉豪志氏は、「WatsonやSiriのようにパーフェクトとか、賢いAIを作ろうというわけではない」という。「もちろん、そういうのはほしいし便利だろう。でもオルツが目指すのは『ぼくのAI』で、ぼくらしく間違えるAI。そこに『ぼくのコピー』がいるということが大事。ぼくの妻はぼくのオルツとの会話で賢くない回答が返ってきたときに、そこで会話を諦めたり飽きたりしたかというと、むしろ鍛えようとした。過去にあった『ボット』との最大の違いは、そこ。ぼくの妻がWatsonと話したがるかと言えばノーでしょう。それがAIにパーソナルを付けて、ぼくらがオルツをパーソナルなAI、P.A.Iと呼んでいる理由です」

米倉千貴氏は、コンピューターの普及の歴史のなかにAIを位置付けて「コンピューターの次に来るテクノロジー革命にA.I.があると考えています。コンピューターが本当の意味で革新的になったのはパーソナルコンピュータが誕生したから。つまりAIもPC並みに身近な存在となると考えており、それを初めて身近な存在にしようと考えたのがこのal+なのです。そのためのP.A.I.という名称なのです」と話す。

P.A.I.だと、死んだ人を仮想的に復活させるようなことができる。例えば10年分の動画アーカイブを食わせて、そこから故人を再現することも将来的にはできるかもしれない。気持ち悪いと思う人もいるかもしれないが、故人の動画を見ることだって、300年前の人からしたら、あり得ない話だったろう。例えば、肉親や配偶者、子どもに先立たれた人の心の傷が少しでも癒えるのであれば、ぼくはこれは素晴らしい応用になるだろうと思う。現在編集も閲覧も追いつかない勢いで個人の映像アーカイブが蓄積していっていることを考えると、指定年の指定イベントの様子を再現するアバターが映像アーカイブの未来のアクセス手段になっても良いのではないかと個人的には思う。

アインシュタインを再現し、直接アインシュタインから相対論を学ぶことができれば、教育分野への応用もあるのではないだろうか。回路の話なら「(アップル共同創業者で電子設計技術の天才と言われた)ウォズニアックに聞けばいいんですよ」(米倉氏)という具合だ。

高齢化社会で孤独死が問題になるような日本で、心の問題は今後も大きくなるだろう。そのとき、話し相手としてのAIには大きな応用がありそうだ。こういうと「機械となんか話ができるか」という人がいそうだけれど、箱の中で赤の他人が話している姿を再現するだけの60年前の発明に救われている人が多いことを考えると、AIが個性を獲得してきたときには何か全く別のコンテンツサービスすら生まれて来そうにぼくには思える。

オルツのチームは創業メンバーの米倉兄弟の2人のほか、スペイン、ベトナム、中国、ヨーロッパにいて全部で20人。半分がAIの専門家で、ほかは一般的な開発者。このうち日本人は4名のみなので、当初は英語版から3月中にリリースするという。スペイン語、中国語、日本語は順次リリース予定だそうだ。

オルツには、ほかにあまり類似例がないAI応用だし、触ってみたら3日で飽きるということもあり得るので、ビジネスとしてはもちろん、そもそもサービスとして立ち上がるのかどうかは未知数だ。ただ、もし2015年が彼らがP.A.I.と呼ぶ方向で走り始めるべきタイミングで成功のチャンスがあるのだとしたら、これはとても面白い。前出の上智大学矢入准教授も、「知的エージェントや分散エージェント分野でプラットフォームを取れれば、ロボットの中身としても応用できますので、成功すると非常に強い影響力を持つことができます。自動車の電子部品間の通信の世界標準を押さえたBoschのように、エージェントの通信プロトコルの世界標準を仕切る会社が今後出てくる可能性もあります」と話している。


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TechCrunch Japan

TechCrunchは2005年にシリコンバレーでスタートし、スタートアップ企業の紹介やインターネットの新しいプロダクトのレビュー、そして業界の重要なニュースを扱うテクノロジーメディアとして成長してきました。現在、米国を始め、欧州、アジア地域のテクノロジー業界の話題をカバーしています。そして、米国では2010年9月に世界的なオンラインメディア企業のAOLの傘下となりその運営が続けられています。 日本では2006年6月から翻訳版となるTechCrunch Japanが産声を上げてスタートしています。その後、日本でのオリジナル記事の投稿やイベントなどを開催しています。なお、TechCrunch Japanも2011年4月1日より米国と同様に米AOLの日本法人AOLオンライン・ジャパンにより運営されています。