Brexitの悲劇はイギリスのフィンテックに必要な出来事だったのかもしれない

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【編集部注】執筆者のDamian Kimmelman氏は、企業情報データベースサービスを提供するDueDilの共同設立者兼CEO。

誤解しないで欲しいが、Brexitは悲劇だ。ヨーロッパの同盟国と課題に取り組んでいく代わりに、イギリスは正に誤った道を辿ろうとしており、経済に対して不必要に不透明感や否定感をもたらしている。

テック業界は特にBrexitで苦しむことになるだろう。国際的に活動するベンチャーキャピタルや、イギリスへ移住したいと考える技術を持った労働者たちに支えられてきたイギリスのスタートアップシーンは、グローバル企業や膨大な数の高給職を生み出そうとしているところであった。スケールするのに必要な資金調達や社員の雇用の問題から、その発展は今後行き詰まるだろう。

間近に迫ったロンドンテック業界の低迷に関する憂鬱な予測は、既に掃いて捨てるほどなされている。そして、イギリスを捨ててダブリン、パリ、ストックホルムやフランクフルトなど受け皿となる都市への移転準備を整えようとしている銀行やスタートアップの動きを受け、フィンテックに関する予測はとりわけ厳しい。

しかしこういった不安は大げさなものだ。実際のところ、Brexitはイギリスのフィンテック業界に必要な出来事だったかもしれず、同時にいくつかのイギリス企業を世界のリーダーへと成長させるきっかけとなる可能性を秘めているのだ。

その理由は簡単だ。ロンドンは世界の金融業界の中心地で、その背景には、銀行業界におけるイギリスの覇権や、外国為替の世界的なハブとしての役割、そして国際的な金融機関がEU各国でオペレーションを行うことを可能にするパスポート制度がある。

そのポジションが危ぶまれるということから、金融機関は社員やオペレーションを欧州にある他の金融センターへ拡散させることになるだろう。しかし、バックオフィスのテクノロジーや手厚く保護されている社員の観点から、移転は簡単ではない。大手銀行に関して言えば、どの機能をロンドンから移転するにしても膨大な時間と労力とお金がかかる。

対照的に、フィンテック企業はとても機動的だ。最小限の埋没費用かつ小さなチームと共に、スタートアップはすぐに方向転換することができ、日々変化する関連法令への対応や、新たな顧客・サプライヤーの発掘、データ解析を基にした意思決定など、Brexitによって新たに生まれるであろう様々な企業の課題を解決することができる。

そして、パスポート制度終了の可能性は、イギリスの金融セクターにとって大きな重荷となるが、銀行に比べればフィンテックへの影響は極めて小さい。

フィンテック企業のほとんどが拡大にあたって、EU各国の規制に対応した法人を作るのではなく、自分たちの製品を販売、トレード、決済できるような各国の金融機関と協業しようとしている。この戦略をとれば、規制変更にも大きく影響されないですむ。

つまり、動きの遅い銀行が形式主義的な規制に縛られる中、フィンテック企業は銀行の利益の大半を奪いながら、そのそばを通り過ぎて行くことができるのだ。Funding Circleのようなスタートアップは、制度からくる遅滞によって発生しているレンディング・ギャップを埋めようとしており、今後フィンテック業界中で、迅速に動ける企業が既存のプレイヤーを打ち負かす同様の動きが繰り返し発生するだろう。

ロンドンから世界を見据える

一方でフィンテック企業にとっても全てが簡単にいくわけではない。国ごとや企業ごとのデータ保護の考え方のすり合わせや、送金会社にとって大問題となる、ロンドンでユーロ建て証券の決済ができなくなる可能性など、大きな課題が残っている。スタートアップの中には、利益を生み出す仕組みが機能しなくなり倒産に追いやられる企業も出てくるだろう。

しかし、代表的な金融機関の全てが拠点を置いており、先進的でビジネス寄りな規制団体の下にある一大市場であることから、ロンドンは依然フィンテックの首都だと言える。さらに、EU圏内の技術をもった労働者が、マーケットを牽引する企業で働き、世界でも指折りの都市であるロンドンに住みたいと今でも思っていると私は考えている。

フィンテック業界の投資家は状況を理解し、一時的な混乱に対処する準備ができている。フィンテックへの投資に対するリターンは巨額だが長期的な目で見る必要があるのだ。ベンチャーキャピタルは辛抱強く耐え、強力なビジネスアイディアと明解なマーケットへの進出計画を備えた企業を支えていくことだろう。そういう意味では、うまく経営されている企業はこれからもスケールに必要な資金を手にすることができる。

Brexitがフィンテックにもたらす本当の影響は2つある。まず、投資家がリスクの高いスタートアップを避けて、ある程度名前の売れた企業に集中することで、各企業の質が重要になってくる。これに伴い、フィンテックバブルがはじけはしなくとも、しぼむことになるだろう。

次に、各企業はロンドン中心の考え方をやめ、海外に成長機会を見出すことになる。もはやイギリス国内向けの金融サービスを開発して、除々にその他の国へ展開していくという戦略は通用しなくなり、もっと早い段階で外国を意識する必要がでてくるのだ。この戦略の転換は、情報やデータなど簡単に国境をまたいで動かすことのできる商品を扱うフィンテック企業にとってはむしろ追い風となる。

結局、Brexitは市場に不透明感をもたらし規制の泥沼を生み出すだろう。これはイギリスや経済にとっては残念なことであるが、同時にフィンテック企業が成長するのに適した環境を作り出すことになる。イギリスのスタートアップが、金融機関の手の届かない分野で活動を行い、新たに生まれる問題に対しての解決策を提示することで、企業や消費者がもっと賢くお金が使えるようなサポートをしていくだろう。

以上が、なぜBrexitがイギリスのフィンテックにとって欠かせない出来事であったか、そうでなくとも総合的に見てイギリスにとって良いことであったと私が信じる理由だ。

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(翻訳:Atsushi Yukutake/ Twitter

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TechCrunch Japan

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