クラウドやサーバー群の管理・自動化のツールといえば、ChefやAnsible、Terraformなど、すでにたくさんある。Dockerのようなコンテナ型仮想化ツールの普及と相まって、ますますクラウド上のシステムは柔軟でプログラマブルになってきている。ツールや言語といった好みの違いはあるにせよ、今さらクラウド管理ツールが他に必要なように思えないという人もいるのではないだろうか。
日本を拠点に創業したスタートアップ企業Mobingi(モビンギ)のクラウド管理SaaSは、ジャンルとしてはChefに似ているものの、全く違うビジネスモデルとターゲットユーザー層の組み合わせを想定していて、企業が持つアプリのライフサイクル全体を管理するプラットフォーム作りを始めている。
クラウドのデスクトップを作る
2015年にMobingiを創業したWayland Zhang(張卓)氏は「クラウド・コンピューティングのデスクトップを作っている」と狙いを説明する。
「既存のAnsible、Chef、Dockerなどのツールは全て開発者をターゲットにしています。アプリのライフサイクル全体をやろうと思うと複数ツールを組み合わせる必要がありますし、それらを使いこなすための、非常に優秀なエンジニアが必要になります」
「今のクラウドコンピューティングには画面がありません。Windows以前のMS-DOSのようなもので、文字でコマンドを打ち込んでいる状態です。われわれMobingiが作りたいのはクラウドにとってのWindowsデスクトップのようなものです」
ChefやDockerなどは、すべてAPIがあってプログラマブルだから抽象化や自動化の恩恵が得られる。ただ、ターゲットはガチのソフトウェア・エンジニアやインフラ技術者だけだ。OSSプロジェクトとして人気があり、とてもうまくコミュニティーによる開発が回っているように見えるが、ビジネスモデルとターゲット層を考えると、違うモデルがあるべきなのではないか―、というのがMobingiの言い分だ。
クラウドの潜在ユーザー層は現在よりずっと広い。自社でソフトウェア開発をしている企業やエンジニアでも「実際にはVMすら立ち上げられないのが現実」(Wayland氏)とユーザー層もある。ちょうどCUIがGUIとなってユーザー層が一気に増えたPCと似た議論だ。
面白いのは、Mobingiはクラウドのノウハウを持たないとか、ネット系の技術力が不足している層だけがターゲットではないということだ。すでにクラウドのノウハウを持っているネット系企業も対象で、特に新規事業を立ち上げるときに必要なクラウドリソースの調達といった場面では、「やれば自分たちでできるとしてもMobingiのようなツールを使うようになっていくだろう」という。小窓ラインインターフェイスを使いこなすソフトウェアエンジニアであっても場面によってはGUIを使うというのに似た話かもしれない。
Mobingiは具体的プロダクトとして、AWSなどパブリッククラウドのデプロイ、環境セットアップ、アプリの自動スケール、監視、ログ分析などの運用、をWebベースのUIで提供する「mobingi Cloud SaaS」を提供する。例えば、AWS利用の場合の自動スケーリングではインスタンス起動リージョンやインスタンスサイズ、スケールさせるサーバー数の上限・下限を決めるなどポリシー設定しておけば、Elastic Load Balancer、VPCなど必要な機能を自動で設定してくれる。AWSには需給に応じて利用料が変わるスポットインスタンスというVMがあるが、これをうまく利用してコスト削減を自動化するSpot Optimizer機能も提供する。ライフサイクル自動化では、Docker、GitHub、Jenkins、Travis、Fluentd、Datadog、Mackerelを利用できる。mobingi SaaSはパブリッククラウドのほかに、OpenStack、vSphere、CloudFoundry、Kubernets、Apache Mesosなどプライベートクラウドも含めて複数のクラウドを同じUI/UXで管理できる。顧客データセンターのオンプレミス環境でMobingiを運用できるエンタープライズ版も提供する。SIerがMobingiを使ってシステム開発をして、それを顧客に売ることもできるという。
開発者と利用する企業ユーザーは別
Mobingiのターゲットユーザーは意思決定権(決裁権)を持つビジネスパーソンや開発チームやプロジェクトのリーダーたちだという。こうしたユーザーはChefやDockerを直接扱えない。ChefやDockerは素晴らしいソフトウェアでオープンソースプロジェクトとしても成功している。しかし収益をあげるビジネスモデルは、今のところまだ良く分からない。開発者に愛されても、それがそのままビジネスになるとは限らない。むしろ、Red HatがLinuxでやったように、あるいはGitHub Enterpriseがgitに対して果たした役割のように、ビジネスモデルの変革が必要なのだというのがWayland氏の言い分だ。
Mobingiはオープンなプラットフォームとして提供する。Mobingi利用者側の企業には開発者もいて、自分たちのニーズに必要な「アド・オン」などを開発する。監視やロギングなどのツールだ。こうした開発面はオープンソースコミュニティーモデルで行う。開発者のインセンティブとして、もちろん自社利益ということもあるが、プラットフォームへの貢献や承認欲求、自己表現、技術力の分かりやすい示し方といったことになる。プロジェクトで認められるとイベント講演への招待もあるだろう、とMobingiのWayland氏はいう。Mobingiは「エンジニア=ビジネス=プラットフォーム」という三角形のモデルということで、OSSプロジェクトの良さを持ちつつ最初からビジネスを取り込む試みということのようだ。
これはセールスフォースのクラウド開発プラットフォームに近い考え方だ。実際、セールスフォース傘下のPaaS、Herouも2015年からHeroku Enterpriseと企業向けサービスを出すなど、単に開発者に愛されるだけでなく、ビジネスパーソンたちに顔を向けた仕組みをリリースするなどマネタイズを模索している。
日本に法人を戻して2.5億円の追加資金調達
Mobingi創業者のWayland氏は中国・瀋陽生まれの33歳のエンジニア起業家だ。高校生だった18歳からカナダ在住だったそう。カナダの大学在学中だった2004年にストリーミング動画サービスを立ち上げて月商8000ドルまで成長させたり、中国のSNS向け広告プラットフォームを立ち上げて2009年に売却。さらにゲームエンジンのスタートアップ企業を起業して2013年に日本企業へ売却するなど、起業家として成功を重ねてきた。日本企業へ売却した関係から日本の顧客と接点があり、Mobingiのニーズに気づいたという。
当初Mobingiの法人は日本で設立。チームメンバーも日本人が多い。ただ、米500 Startupsからのシード投資を受けたことからいったん本社を米国を移動した経緯がある。今日1月16日には既存投資家であるアーキタイプベンチャーズ、Draper Nexus Venturesから追加でシリーズAラウンドとして2億5000万円の資金調達を明らかにし、このタイミングで再び法人を日本に移した形だ。Mobingiメンバーは現在11人で、8人がエンジニア。Mobingi SaaSの登録アカウント数は2000。800〜1000がアクティブユーザーだ。有料版を利用しているのは20数社で、顧客には富士通、ヤマダ電機などが含まれる。
日本のクラウド普及は、他国に比べて結構進んでいて、AWSの売上の10%程度は日本。「中国は2、3年遅れている。いずれ中国のクラウド市場も狙いたいが、まずは日本企業の中国進出や、その逆をやりたい」とWayland氏は話している。