KDDI子会社のmediba、アドテクベンチャーのスケールアウトを買収――買収額は10億円程度

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つい先日、Dennnoが110万ドルを調達したとお伝えしたばかりだが、日本発のアドテク関連ベンチャーでまた大きな動きがあった。KDDIの子会社でauスマートパスを中心に広告事業を展開するmedibaが、広告配信システムを開発・提供しているスケールアウトの既存株式を取得して子会社した。株式の取得数や保有割合は明かされていないが、関係者の話によると買収額は10億円程度と推測される。

medibaは2011年8月にノボットを子会社化してアドネットワークという「面」を手に入れているが、今回の買収により、スケールアウトが持つ配信プラットフォーム「ScaleOut DSP」で技術面を強化していくことになる。もともと過去1年半ほどにわたってスケールアウトはこの配信プラットフォームをmedibaにOEM提供をしていたというから、たとえは下品だが同棲期間を経て婚約という感じかもしれない。スケールアウトは九段下にあるオフィスを、mediba本社のある渋谷近辺に移す予定だという。

広告配信プラットフォームは広告主側か媒体側か、そのどちらに最適化してインターフェイスなどを作り込んでいるかで、DSP(Demand Side Platform)とSSP(Supply Side Platform)に分類される。SSPは媒体社が利用するもので、サイトやオーディエンスごとに収益性の高い最適な広告を配信する。一方、スケールアウトは代理店や広告主側が利用するDSP側のプラットフォームを主に構築してきた。mediba広告事業本部プロダクト企画部部長の宮本裕樹氏によれば、今後、medibaではDSPからSSPまで一貫した配信プラットフォームを作っていくことになる。具体的には、属性データや広告配信データ、広告反応データを一元管理して蓄積できるDMP(Data Management Platform)事業へ参入する。アドテク業界は媒体社や代理店といったビジネス構造に最適化した形でDSPやSSP、アドネットワークといったプラットフォームが立ち上がり、それらが絡み合って林立する状態となっている。スケールアウトの創業社長の山崎大輔氏に見立てでは、今後はDSPとSSPの統合、アド関連企業とキャリアの連携が深まっていくことになりそうで、今回の買収もそうした流れの中にある。DSPとSSPの連携でマッチング精度が上がれば、現在、利用率が30%程度といわれるリアルタイム入札の市場拡大も期待できるという。

KDDIはモバイルキャリアとしてユーザーの属性情報を多く持っている。プライバシーの問題があるため粒度は粗めだが、性別・年齢層、サービス加入の有無や広告閲覧履歴などを利用したターゲティングを行う広告配信を2012年12月に始めている。一方、スケールアウトが取り組んできたDSPは「代理店が手でやってきたことの自動化」(山崎氏)なので技術進化の余地や伸びしろが大きいが、行動履歴から属性情報を類推するアプローチのために精度向上に限界がある。だから、今風にいえばKDDIが持つビッグデータと、存在感を増すDSPという2つを融合してマッチング精度を高めた広告配信プラットフォームを作っていく、というのが今回の買収の狙いということになりそうだ。スケールアウトから見ると、KDDIのグループ会社となることで属性情報というセンシティブなデータを扱いやすくなるということもあるし、営業力や資本力の点でも独立してやっていくよりも自然な選択だった、と山崎氏は話す。

medibaでは今後、PCやスマフォだけでなく、タブレットやスマートTVまで含めたマルチデバイスの広告配信を目指すという。medibaの宮本氏によれば、国内ではマルチデバイスで広告配信ができるプレイヤーはまだいないという。

エンジニアが起業してエグジットした成功例

スケールアウトは、ヤフーで広告システム技術を担当していた山崎大輔氏が2006年に独立して創業した広告配信システムの会社だ。今も社員11人のうち9人がエンジニアというから技術志向が強く、エンジニアが起業してエグジットまで持っていった成功例としても注目を集めそうだ。山崎氏によれば、エンジニアでありながら成功できた理由として大きいのは、2年前にB DASH VENTURESからの投資を受けて、ベンチャーキャピタリストの渡辺洋行氏にビジネス面でのアドバイスを受けることができたことだという。渡辺氏の紹介でスケールアウトに加わった菅原健一氏らのおかげでスケールアウトはビジネス面で加速できたのだという。

山崎氏は渡辺氏に出会うまで、ほそぼそと黒字を出し、忙しくなく続ける数人の会社というポジショニングでスケールアウトを経営していた。ひと口に「広告配信システムの提供」といっても、顧客先に出向いてシステムのインストールから運用、カスタマイズまでこなす形態もあれば、現在のスケールアウトのようにASP型のOEM提供を主体とする形態もある。スケールアウトは当初は前者で、エンジニアが顧客先に出向くビジネスを行なっていたため規模でスケールするのが難しかったという。技術革新も競争も加速するアドテク業界にあって、こうしたモデルはいずれ立ち行かなくなる。そう感じていた山崎氏は、渡辺氏や菅原氏らのアドバイスを得ながら1年をかけてASP型を開発。より多くの顧客に少ない手数で提供できるシステムと販売体制を整えた。「ぼくはビジネスの才能があるわけではないので、菅原というビジネスが分かる人間を雇うことができたのは幸運だった」(山崎氏)。もともとB2Bであるため技術1本で勝負というスタイルになりがちだったところに、ビジネスの才覚がある2人が加わったことが、スケールアウトが業績を伸ばせた理由という。「エンジニアリングが世界を変えるというのは確か。だけど、成功しているのはビジネスとエンジニアリングの両方ができたところ。グリーなら田中社長とCTOの藤本さん、mixiなら笠原社長とバタラさんというように、ビジネスとエンジニアリングは両輪です」。

ビジネス面の大切さを語る山崎氏だが、「そうはいってもモノが作れないとダメ。技術の下支えが絶対に必要」とエンジニアリングでエッジが利いてることも成功の条件と話す。

スケールアウトの創業当時、ネット広告業界では高価なヘビー級サーバを購入して案件管理だけでなく配信までRDB経由で行う「贅沢な」広告配信システムが多かった。大量のトラフィックをさばくシステムの配信部分でRDBを使うのは効率が悪い。そんな中、山崎氏はC言語で書いたApacheモジュールをサーバ群に分散配置することで競合より配信コストを1桁も2桁も抑え、「1日数十億インプレッションをカジュアルに捌くシステム」を当初は1人で作り上げた。案件管理やログ処理、分散の仕組みはRuby/Railsで書いた。Ruby on Railsという選択が二重の意味で奏功した、と山崎氏はいう。1つは、もともとバックエンドが得意なエンジニアだった山崎氏にとって、業務アプリの画面を大量に作るのにRailsの効率が高かったこと。もう1つは、2006年ごろから現在にいたるまでRuby周辺には優秀なエンジニアが多くいて、スケールアウトのシステムは、こうしたエンジニア達に支えられて成長できたからだ。

ずいぶん前から私は山崎氏のことを知っている。Ruby技術者が集まるコミュニティのAsakusa.rbで時々話す機会があったからだ。そんな私には、2年ほど前のある夜のミートアップで耳にした会話が忘れられない。その日はRubyの生みの親として知られるまつもとゆきひろ氏が、ふらりとAsakusa.rbにやってきていた。数十億という単位の途方もない数の文字列オブジェクトをメモリ上で効率的にコピーする良い方法はないものか、そう熱心にまつもと氏に聞いている人物、それが山崎氏だった。結局、それはRubyのオブジェクトの生成コスト自体の問題からRubyレベルでは解決不能だと分かり、独自実装のC拡張を作ることとなった。そのモジュールを作ったのは、現在グーグルで活躍するRubyistとして知られる園田裕貴(yugui)氏だ。20分の処理が1分になった。

「経理も経営も全部やらなきゃいけないので、創業以来、常に勉強、勉強でした。苦労だらけだった中で、唯一苦労しなかったのは、最初に設計した配信エンジンのアーキテクチャとエンジニアの採用ですね」と山崎氏は笑う。腕の立つエンジニア達と仕事ができたのは東京の活発なエンジニアコミュニティの存在のおかげで、「Rubyのコミュニティに助けてもらった。お返ししたいという思いがある」という。一方で、エンジニアとして成功した自身の経験から、エンジニアたちに次のようなメッセージを発してもいる。

「例えばSIer業界にも、まだまだエッジな人材がいると思いますが、そういう人たちにも、もっとビジネス側の人とあってほしい。海外のスタートアップを見て感心してる場合じゃなくて、そういうプレイヤーになれると自覚してほしい。資本規模を抜きにすると、われわれもアメリカにも負けない感じになってきている。アプリ開発のフレームワークやミドルウェアが進化していて、1人とか2人で世界で戦えるプロダクトがいきなり作れる時代なんです。エンジニアにやれることはいっぱいある。だからもっとビジネス側に目を向けて、自分たちが変えるんだという気概をもってやってほしい」

「かつての我々と同様に、高い技術力があるのに伸び悩んでいる会社がある。メンタリングとか大げさな話ではなく、今後はそうした会社を引き上げるようなことができればということも思っています。自分はエンジニア側の人間と見られているので、エンジニアリングとビジネスの架け橋になりたいですね」。


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TechCrunch Japan

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