世界的に見ても、かっとんだ──失礼、非常に早い段階にある取り組みといえるだろう。ビットコインのパブリックブロックチェーンの2nd Layer(第2層)に当たるLightning Networkを使い、電気自動車に充電するための電力をオンデマンドで販売する実証実験が、この2018年3月1日から行われている。IoT(Internet of Things)とLightning Networkの組み合わせは、おそらく世界でも最も早い段階の取り組みとなる。
実証実験に取り組んでいるのは中部電力(プレスリリース)、インフォテリア、Nayutaの3社。Lightning Networkの実装は複数あるが、今回の実験ではNayutaが独自にオープンソースソフトウェアとして開発を進めているソフトウェアを利用する(同社の取り組みは以前に紹介しているが、今回はLightning Networkへの対応を果たしている点が大きく異なる。同社は2017年7月にジャフコらから1.4億円の資金調達を行っている)。
オンデマンドで電気自動車を充電する実証実験で実用性を確認
今回の実証実験の内容は、次のようになる。まず中部電力が電気自動車などの充電に関わる集合住宅向けの新サービスを構想。それを実現する形で、インフォテリアがビットコインのパブリックブロックチェーンを活用したスマートフォンアプリケーションを構築した。Nayutaは2種類のスマートコンセントを実験に提供する。スマートコンセントのうち1台は、ビットコインのパブリックブロックチェーンを活用して充電を制御、その履歴を管理する。もう1台は、Lightning Networkによる支払いを受けて充電を制御する。つまり1st Layer(パブリックブロックチェーン)と2nd Layer(Lightning Network)の2種類の実験が同時に行われている形となる。
実証実験での2種類の技術を使う意味だが、まずビットコインのパブリックブロックチェーンはすでに実用段階にあり、知識も普及しつつある点が開発者、利用者を集める上で有利だ。ただしパブリックブロックチェーンを普通に使う場合にはリアルタイム性は実現できない。そこでよく使われる手法は「Zero Confirmation」だ。この手法はビックカメラ店頭のビットコイン決済などですでに使われていて実績がある。ただし、Zero Confirmationではブロックチェーンの本来の性質である耐改ざん性(二重支払いの防止)のメリットを享受することはできず、別のやり方で安全性を保証することになる。
2nd LayerのLightning Networkは、複数の技術(マイクロペイメントチャネルと)の組み合わせにより、リアルタイムかつセキュアな決済を可能とする。まだ登場間もない新しい技術なので、今のところ複数の実装による相互運用性のテストが行われている段階である。新しい技術なので普及の前段階といえるが、ビットコインの将来動向を考える上では非常に重要な技術だ。登場後間もないこの段階で電気自動車への充電という実証実験を行う事例は、前述したように世界でも珍しい。
電気自動車への充電にLightning Networkを使うと、何がうれしいのか? Nayuta代表取締役の栗元憲一氏によれば「リアルタイム性と、膨大な取引をこなせる」ことだ。以下は、もう少し詳しく栗元氏の話を聞いてみた上で、筆者がまとめた内容となる。
Lightning Networkはブロックチェーンのジレンマを解決する
ブロックチェーン技術に関する技術的な議論はあちらこちらで繰り広げられている。だが、2nd Layerによって課題の種類と解決法が大きく変わることは、まだ周知が進んでいないようだ。
ブロックチェーン技術では、(1)セキュアかつ第三者への信頼を前提としない取引、(2)少額の手数料、(3)スケーラビリティ、(4)リアルタイム性(高速な取引の確定)、(5)P2Pの柔軟性、これらのすべての特性を満たすことは難しい。トレードオフの関係にある複数の要素のどれかを選ばないといけない。
これらの特性の中でも、リアルタイム性はブロックチェーン技術とは相性が悪いことで知られている。特にビットコインのパブリックブロックチェーン上の取引は、「取引が覆る確率が時間と共に0に収束する」という確率的な挙動をする。金融分野ではこの挙動を指して「決済の確定性(ファイナリティ)がない」と否定的に解釈される場合もある。IoT分野でもリアルタイム性は必ず求められる性質だ。
また、ブロックチェーン技術はスケーラビリティでも不利だ。現在のビットコインのブロックチェーンはすべての取引を1つの台帳に記録し、それをすべてのノード上で共有する。処理を分散する設計思想は取り入れられていない。したがってスケーラビリティ(規模拡大性)には限界がある。
Lightning Networkでは「取引に参加する者が、パブリックブロックチェーンの上で確率的な承認に合意し、Lightning Networkを構成する基本的なプロトコルであるMicro Payment ChannelとHTLc(Hashed Time-Lock contracts)に基づく手続きを行う」という条件のもとで、上記すべての条件を共存させることが可能となる。例えばビットコインのブロックチェーン上の支払いが「挙動は確率的であることを知った上で、6承認で決済確定とみなす」というルールに納得している人どうしであれば、Lightning Networkによる取引は事実上リアルタイムであるとみなすことができる。
そしてLightning Networkは、高速高頻度の取引をあちらこちらで独立に同時並行で進めることが可能だ。この仕組みは大きな可能性を秘めている。「IoT分野ではものすごい数のトランザクションが発生する。それをクラウドで処理するよりも、Lightning Networkを使う方が、より大きな数のトランザクションを処理できる可能性がある」(栗元氏)。ブロックチェーンは処理性能の上限が低いとよく指摘されるが、その2nd LayerであるLightning Networkではブロックチェーンどころか既存技術を上回るスケーラビリティを実現できる可能性があるというのだ。
このような可能性を秘めているLightning Networkだが、今回の実証実験で取り上げた電力系サービスへの活用には大きな期待がかかっている。「電力、シェアエリングエコノミー、ブロックチェーン」という3題噺は、世界中で検討が進んでいるテーマだ。太陽光発電の設備や大容量の充電池搭載の電気自動車などを結び、peer-to-peer(P2P)で電力売買を行う構想が世界中で同時並行で進んでいる。このような構想をVPP(Virtual Power Plant、分散したリソースを統合制御して一つの仮想的な発電所のように機能させるシステム)と呼ぶ。このVPPを作り上げるために「信用できる第三者機関を必要とせず取引する技術」であるブロックチェーン技術を使うアイデアが出てくるのは自然なことだ。実際、世界各地で同時並行的にブロックチェーンを利用したP2P電力プラットフォーム取り組みが進んでいる。そして、ここにリアルタイム性とスケーラビリティというブロックチェーンの弱点を解決できるLightning Networkを適用できたなら、世界を変える発明になるかもしれないのだ。