【編集部注】執筆者のJoanna GlasnerはCrunchbaseのリポーター。
目まぐるしく変化するテクノロジー集約型のビジネスを行っている大企業が、スタートアップを買収するというのはよく見る光景だ。結局のところ彼らは、新市場に参入するためや革新的であり続けるために起業家精神溢れる人材を必要としており、そのために必要なお金も持っている。
これがベンチャーキャピタルやスタートアップの界隈でのM&Aに関する通説だ。もっと言えば、これこそがベンチャービジネスの在り方なのだ。IPOの方が注目を集めがちな一方で、事業売却がスタートアップのエグジット、そしてベンチャー投資のリターンの大半を占めている。
しかし、もしもこの考え方が間違っているとしたらどうだろうか?もしも血気盛んなスタートアップを買収することなく、日々変化する環境にうまく順応しながら競合に打ち勝ち、巨額の時価総額を維持することができるとしたら……
この仮説を検証するため、私たちはCrunchbaseのデータを使い、買収した企業の数が少ない大企業をリストアップした。なお、リストの作成にあたってはテック企業にフォーカスを当てながらも、テクノロジーへの投資を積極的に行なっている企業であれば、小売や消費財、物流など業界を問わず調査の対象とした。
調査結果からは、革新的だとされている企業の多くが、実際はあまりM&Aを行なっていないということが明らかになった。中には以前M&Aを行なっていた企業もあったが、彼らも最近ではその数を減らしているか、もしくは全く企業買収を行わなくなっている。さらに、これまでに一度も他社を買収しようという動きさえ見られない企業も存在した。
以下が、あなたのスタートアップを買収する可能性が少ない大企業のリストに含まれている有名企業の例だ。
Netflix
どちらかと言えば、Netflixはたくさん企業を買収していそうな感じがする。600億ドルの時価総額や革新的でリスクを恐れない企業文化に加え、さらに彼らには利益の何倍もの価格で株式を売買する投資家がついている。それでもCrunchbaseのデータによれば、カリフォルニア州ロスガトスに拠点を置く動画ストリーミングサービス大手の同社は、これまで一度もスタートアップを買収したことがない(少なくとも公開されている情報をもとにすると)。
Netflixは企業買収を行っていない一方で、コンテンツやライセンス関連の契約には多額のお金をつぎ込んでおり、4月にはストリーミングプラットフォームのiQIYIと、中国初のライセンス契約を締結した。さらに彼らは、NBC Universalを含むハリウッドのスタジオとも多数のライセンス契約を結んでいる。
Nvidia
昨年グラフィックチップメーカーの株価が急騰し、Nvidiaの時価総額も最近600億ドルを超えた。
しかし同社が過去6年間で買収した企業の数はたった1社だ。それ以前は1年に1社のペースでM&Aを行っていたNvidiaだが、公開されている情報のかぎりだと、最後に企業を買収したのは2015年のことで、しかもその内容は、TransGamingと呼ばれるシードステージのクラウド・ゲーム・スタートアップを375万ドルで買収したという小規模なものだった。
Crunchbaseの情報によれば、Nvidiaは2002年から2011年の間に、大型買収を含め1年に1回M&Aを行っていた。最後の大型案件は2011年のことで、彼らはモバイル・ブロードバンド・モデムを開発するIceraを3億6700万ドルで買収していた。
もしもスタートアップを買収していなかったらNvidiaの競争力に悪影響が出ていたかどうかというのは、なかなか証明するのが難しい。最新の収益報告書によれば、同社は2クォーター連続で売上が50%伸びており、昨年の純利益は約17億ドルだった。
Texas Instruments
Texas Instrumentsは、シリコンバレーで話題にあがらない企業のひとつだ。おそらくこれには、ダラスに拠点を置いているということや、同社が1950年代から営業しており、1970年代にリリースされた計算機のブランドとしてよく知られていることが関係しているのだろう。とは言っても、Texas Instrumentsはセミコンダクターの分野では一大企業であり、時価総額は約800億ドル、年間利益は約80億ドルを記録している。彼らも最近はM&Aに消極的だ。
最後にTexas Instrumentsが企業を買収したのは、2011年のことだとCrunchbaseには記されている。当時同社はNational Semiconductorを65億ドルで買収しており、もしかしたら彼らは未だにこの大型買収を消化している最中なのかもしれない。それ以前は、Texas Instrumentsもある程度M&Aを行っており、2002年から2011年の間には、VCから投資を受けたスタートアップを含め10社を買収している。しかし、しばらくの間彼らはM&Aの世界には戻ってきていない。
Applied Materials
Applied Materialsも昔は積極的にM&Aを行っていたが、しばらくの間新しい企業買収の話を聞かない。Texas Instruments同様、彼らの最後の買収はかなり規模の大きなもので、2011年にセミコンダクターの加工機器を製造するVarian Semiconductorを49億ドルで買収した。もともと彼らのM&Aの数は、時価総額が400億ドル強の企業としては多い方ではないが、それにしても6年間というのは長い休息期間だ。
しかしスタートアップを買収しない一方で、Applied Materialsはスタートアップへの投資は行っている。同社の傘下でVC事業を行うApplied Venturesは、2006年以降少なくとも46回も投資ラウンドに参加しており、昨年だけでも数件の投資案件に関わっている。
The Home Depot
The Home Depotといえば、フローリングやドリルをはじめとする各種ツールを販売している企業として知られているため、同社が量子コンピューティングのスタートアップを買収するとは誰も思っていない。しかし、小売業界でイノベーションを起こそうとしてるスタートアップはたくさん存在するため、1800億ドルの時価総額がついている小売企業が、競争力を保つためにスタートアップを数社買収していてもおかしくないと思う人もいるだろう。
しかし実際はそうではない。Crunchbaseによれば、最後にThe Home Depotがスタートアップを買収したのは5年前のことだった。そのとき同社はBlackLocusと呼ばれる、それまでに数百万ドルの資金を調達していた、値決めソフトを開発するアーリーステージのスタートアップを買収した。さらに同年The Home Depotは、Redbeaconという業者探し・見積もりサイトを買収している。
その他に時価総額が大きいながらも最近スタートアップを買収していない企業としては、UPSやProcter & Gamble、Citigroupなどが挙げられる。どの企業もM&Aに必要な資本はあるが、単純に企業買収に積極的ではないのだ。
M&Aを積極的に行っていない企業の情報から分かるのは、スタートアップの買収はあくまで戦略上のオプションであり、必ずしも必要ではないということだ。つまり、GoogleやMicrosoft、Oracle、Facebookといった時価総額の大きな企業が、多数のスタートアップを買収しながら株価を保持している一方で、M&Aがトップの座を守るための唯一の方法ではないということだ。
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(翻訳:Atsushi Yukutake/ Twitter)