NASAの雑誌「Spinoff」は宇宙生まれの技術の民間企業転用例を紹介

NASA(米航空宇宙局)の「Spinoff」は、筆者が毎年楽しみに読んでいる雑誌の1つだ。NASAの研究は、驚くべき、そして興味深い方法で世界に浸透しており、その内容が年に1度発刊される雑誌の中で追跡・収集されている。2022年も、ハイキング用のガジェットから重工業、そしておもしろいことに宇宙まで、あらゆるところでNASAの技術に出会うことができる。

2022年度版でも、さまざまな場所で日常的に使われるようになった技術が多数紹介されており、こちらから閲覧できる(約60ページあるので、コーヒーでも飲みながら、ゆっくりご覧いただきたい)。

筆者は、NASAの技術移転プログラムの責任者であるDaniel Lockney(ダニエル・ロックニー)氏に話を聞いた。同氏は、NASAの技術や研究を有効活用しようとする地上の企業に展開する活動を統括している。

「一般的には、次のようなことが起こります。NASAが何かを開発すると、私のオフィスに報告します。私たちはそれを見て、まず、それがうまくいくかどうかを考えます。そして次に、誰がそれを使うのか、もし使える人がいれば、その人に届ける方法を考えるのです」とロックニー氏は説明した。「私は、できる限り無料で提供するよう試みます。収益を上げるとか、米財務省に何かを還元するとか、そういう方針は持っていません。1958年にNASAが制定した法律には、我々の仕事を普及させるようにと書かれていますが、そこには金儲けについては何も書かれていません」。

その結果、コンパクトで長持ちする浄水器や珍しい機械部品など、宇宙や打ち上げのために必要だったが、地上で再利用できるかもしれない興味深い技術が、安価または無料で利用を許諾されることになった。

ロックニー氏は、最新のライセンス契約の中で、特に興味深いと思ったものを2つ紹介した。

「GM(ゼネラルモーターズ)との提携で『Robo-Glove(ロボグローブ)』を開発しました。これは、宇宙飛行士が着用する機能性グローブで、反復作業時の負担を軽減し、握力を高めます」と同氏は語った。「宇宙遊泳で何かを握ったりするのは、2、3回ならできますが、午後ずっと工具を握っているとなれば負担になります。そうした作業を補助するためにこのグローブを開発しました。今では世界中の工場で使われています」。

画像クレジット:Bioservo Technologies

スイスのBioservo(ビオサーボ)は、ロボグローブのNASA特許のライセンス供与を受け、何年も前からそのコンセプトに基づき試行錯誤を重ね、2021年夏には最新版のアイアンハンドを発表した。その最も一般的な使用例は、手に怪我を負ったために仕事を失うかもしれない従業員が、この手袋を使うことでより早く仕事に復帰でき、また痛み止め薬の服用も減らせるというものだ。

技術供与を受けるのが1社だけとは限らない。ロックニー氏は、NASAが完全に人工的な条件下での精密農業における問題を調べた最初の組織だと指摘した。

「NASAは、長距離宇宙飛行でクルーの健康を維持するために、多くの実験を行っています。その1つが、自分たちの食べ物を育てることです。植物を見ることによる心理的なメリットもあります」と同氏はいう。「しかし、土や水耕栽培のような重い培地を使わずに作物を栽培する方法を見つける必要がありました。水はかなり 重く、大変貴重なものです。また、照明も適切でなければなりませんが、エネルギーを使いすぎるのもよくありません。そこで私たちは、小さなスペースでたくさんの植物を栽培するための農業技術を開発しました。植物のストレスをコントロールすれば、生育条件を正確に調整でき、収穫量も向上します。実際に、根を覆う栄養フィルム、適切なスペクトルの光を照射するLED、そしてもちろん、あらゆるところにセンサーを設置しています」。

「都市部でも同じような状況です。農地の資源を浪費せずに、どうやってこの人口に食料を供給するのでしょうか。しかし、私たちがこの研究を主導したのは、誰もその必要性を感じていなかったからです。結局、宇宙飛行での必要性が直接のきっかけとなったのです。そして今、都会の密集地で垂直農法を行い、実際に野菜を食料品店に提供している会社がいくつかあります」と同氏は続けた。

ここで実際に取り上げた例は、取り組みが始まってまだ日が浅い。しかし、消費者と投資家の双方にとって、海外から何千キロもかけて輸送されたものよりも、数ブロック以内で効率的に栽培された食品を手に入れたいという欲求は明らかに存在する。

NASAの仕事は、生命維持のための産業だけでなく、レジャーにも道を開いている。2022年の「Spinoff」に掲載されたもののうち、少なくとも3つのアイテムは、ハイキングやキャンプなどのアウトドア活動に関連している。1つは、もともと宇宙船の外壁に使われていた薄膜の放射防止材が、超軽量の断熱層として13-Oneなどのジャケットに採用された。90年代に研究されたエアロジェルは、シアトルに本社を置くOutdoor Research(このブランドは、店の前を通るとついつい買ってしまう)の新しいギアに採用された。また、NanoCeram(ナノセラム)と呼ばれる素材は、新しい携帯用浄水器ボトルに使用されている。

スピンオフした技術に関する出版物に載っているとは思えないような新しい応用例として、Astrobotic(アストロボティック)の月着陸船「Peregrine」がある。これまで、このような技術は国が支援するプログラムに限定されていたが、商業宇宙分野が急速に拡大する中、NASAの技術は宇宙を目指す企業にとっても貴重なものになっている。

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新しいものばかりではない。中には、何十年も前に開発され、今もなお新しい用途やライセンス先が見つかっていないものもある。

「私たちがすべての作業を終え、商業的なもの、製造やマーケティング、または次の新しい何かを行うパートナーを見つけるまでに、10年はかかります」とロックニー氏はいう。「研究開発のタイムラインは長く、商品化のタイムラインも長いのです。

しかしそれは、たとえ何年も前の論文や材料であっても、常に新鮮なものが出てくることを意味する。2022年の「Spinoff」には、さらに多くの注目すべき技術や企業が掲載されているので、ぜひ一読して欲しい。そして、時間があれば、アーカイブもどうぞ

画像クレジット:NASA/nkd Life

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(文:Devin Coldewey、翻訳:Nariko Mizoguchi

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TechCrunch Japan

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