Startup Step-By-Step 「闘い」

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編集部注:この記事はFreemitのCEOであり、TechCrunchの元ライターであるJohn Biggsにより執筆された。

勝兵は先ず勝ちて而る後に戦いを求める。(Every battle is won or lost before it is fought. )この、自己啓発セミナーでよく耳にする孫子の知恵は、意欲的な起業家の世代に対する禅の公案だ。だが、この言葉にはもう少し地味なバージョンもある。

「Every battle is won or lost before it is fought.」
活気に満ちた起業家の物語での重要な部分は、誰も口にしない部分だ。それは、起業家が誰にも相手にされず、カップラーメンをすする場面だ。世界がきらびやかに輝やく一方で、その起業家がVCに会うために各地を飛び回るという場面だ。敗北の物語は決して語られることはない。

これは、敗北の物語だ。

カルフォルニアで誕生

私が最初にFreemitに関する記事を執筆した当時、私たちの状況は今とは違っていた。私たちのチームは10名ほどで構成されていた。東ヨーロッパ出身の2人のプログラマー、コロラド出身のビックデータ専門家、若い弁護士、そしてユーザーエクスペリエンスが専門の若者、そして、共同創業者たちというメンバーだった。共同創業者は、私の大学時代からの友人であり技術家のRichard Svinkin、ラマーズ法のクラスで出会ったPaul、そして私の3人だ。私たちは、有望な企業を探していたエンジェル投資家から多少の資金を獲得し、Alchemist Acceleratorに参加することになった。Richardは数カ月のあいだシリコンバレーに滞在し、ピッチのやり方を学んだり、ビジネス拡大の方法論などを学ぶことになった。その一方で、残りのメンバーはVCと面接するために各地を転々とし、たくさんの成果を残すことになった。

私たちは送金アプリを製作しようとしていた。それは、ビットコイン・ベースのシステムにM.Night Shayamalan流のアレンジを加えたアプリケーションだ。ビットコインのシステムに存在する「不均衡性」が利益をあげるツールとして利用されており、私たちはそれに目を付けた。ある通貨でビットコインを購入し、それを別の通貨に換金する。すると、その時に適応される為替レートは、従来の金融機関が提供する為替レートに比べて有利になることが多い。私たちはこのビジネスモデルをテストし、構築し、そして拡大することにしたのだ。

スタートアップの生活

Alchemist Acceleratorから学んだことの1つに、スタートアップは仮想実験のマシーンであるという考え方がある。実験をし、数字が結果として現れ、そしてまた別の実験をする。成果を示すためには、それを見せるための何かが必要だ。2010年から2014年に限っては、この考え方は正しかった。VCたちがClinkleのようなバカげたアイデアに対して多額の金額をつぎ込んでいた時代だ。私たちが資金調達を試みた2016年は、ビットコイン系の投資が落ち込み、ユニコーンと呼ばれるIT系スタートアップに対して再評価が行われる時代だ。VCが探していたのは、人を惹きつける力を持ち、売り上げや利益をあげているスタートアップだった。私たちはそのすべてを持ち合わせていなかった。

唯一、私たちが持っていたのは夢だった。ビットコインの価格を最適化すれば、マーケットに打ち勝つことができ、この業界のメインプレイヤーたちにも勝てるという夢だ(このどちらとも、私たちは本気でそう思っていた)。そして、世界中に存在する従来の送金サービスや、非ブロックチェーンの送金サービスに比べて有利なレートでの送金を可能にできるという夢だ。しかし、投資家を納得させるためには、このビジネスモデルを支えるだけの流動性が、はたしてビットコインにあるのかどうかを示す必要があった。それから優秀なVCたちとの会話を経て、私たちはあることを痛感した。今後短期間でビットコインがもつ流動性が十分なレベルまで達する可能性は低く、このビジネスモデルで生き残ることは不可能だということだ。

しかし私たちは闘った。何度もVCのもとに足を運び、私たちのビジネスモデルを説明して回った。私たちは、ビットコイン市場の成熟度が私たちのビジネスモデルにいずれ追いつくことに賭けたのだ。このビジネスモデルを成立させるだけの取引量は存在するし、それがもつハイスピードな送金機能は魅力的であるはずだ。そして、私たちはビジネスのターゲットを送金者から旅行者に変更することも説明した。マドリードへの旅行中に友人にユーロを渡す必要があるとき、Freemitを使えば、数分でその友人に直接ユーロを送金することができる。ポーランドに旅行中、花屋ですてきな花を見つけ、それをおばあちゃんへプレゼントしたければ、Freemitを使って60ズロチを花屋に送金すればいい。Freemitは速く、無料で、シームレスなシステムだ。Freemitのインド企業パートナーを利用すれば、現地でルピーを引き出すことだってできる。これは素晴らしいアイデアだった。

私たちが失敗した理由は3つある。まず第一に、ビットコイン市場は私たちの夢を支えられるほど成熟していなかった。私たちのビジネスに必要なビットコインの量は多い。その量を実際に売り買いすれば、マーケットに多大な影響を与えてしまう。ボウリングのボールを湯船に投げ込むようなものだ。その影響は破滅的なものにもなりかねない。第二に、アメリカ人VCが私たちのビジネスモデルを理解することは難しい。彼らは裕福で、旅行中のお金のことなど気にしたことがないからだ。アメックスのプラチナムカードを持っている彼らが、私たちのサービスなど必要とするだろうか?最後に、私たちは規制によって羽交い絞めにされていた。当時、無許可で送金ビジネスを運営したとして逮捕されるものがいた。そのため、私たちは資金調達なしではサービスを開始することができず、サービスを開始することなしでは資金調達することもできなかったのだ。

「Every battle is won or lost before it is fought.」
その時、私たちの闘いは始まったばかりだった。しかし、私たちはその時すでに敗北していたのだ。

4月は最も過酷な月

私たちは約50社のVCに対してピッチをおこなった。そして、その答えはすべて同じものだった。たった一つの答えを除いて。前CFOの元同僚が、はみ出し者の寄せ集めともいえる私たちのチームに何かを見出してくれたのだ。私たちにとっては最後のチャンスだった。

Keith Teareが「Valley of Death」と呼んだ場所に、私たちは足を踏み入れた。エネルギーいっぱいで、資金があり、従業員も揃っているという時期を意味するインキュベーション。その後にくるステージに、私たちは立っていた。VCの元に足を運び、彼らが私たちのビジネスに投資するかどうか判断する。審判の時だ。結局、私たちが得た答えは「No」だった。

時間が経つにつれて、私たちはチームを編成し直すことを決めた。それまで半年間連れ添ってきたチームメンバーをすべて解雇し、プログラミングは私たち自身で行った。競合企業が私たちのビジョンに追いつき、RevolutやCircleといった企業が私たちのものと似たサービスをローンチした。彼らは、私たちのビジネスモデルが他の方法でも実現可能なことを示したが、同時にそれが持つ制約も浮き彫りにした。地理的、法的、そして経済的な制約だ。

私たちの技術リーダーもCFOもチームを離れた。友情に緊張が走り、ぐらついた。厳しい時期だった。起業家に必要な自信、パワー、積極的な姿勢がすべて吹き飛んだ。完全なる社会不適合者でもなければ、この状況は耐え難いものだろう。病気になった。体重が約10キロ増えた。腰痛とパニック発作に苦しめられた。スタートアップを創りあげることと、精神的な病のあいだには明確な関係が存在する。感受性の高い起業家が壁にぶち当たることを防ぐため、そのことについて話すのは意義のあることだろう。しかし、それはまた別の記事で述べることにする。

Ash RustHans Reisgies、Ravi Belani、Edith Harbaughから学んだ事がある。それは、ある仮説が間違いだったからといって、すべてが間違っているわけではないということだ。それは、間違った質問に答えようとしているだけに過ぎない。

Richardと私は毎日お互いの家で働き、色々な数値の組み合わせを試して最良の道を見つけようとしていた。ビットコインに頼らなくてもビジネスモデルを実現できる技術をもつ人物を新たに技術リーダーとしてチームに招いた。私とRichardは、ビットコインとブロックチェーンの世界が向かう先を知ろうとした。当初のビジネスモデルには多くの変更が加えられ、新しいアイデアが生まれた。

必要は発明の母である。新しい技術的なソリューションを試している途中、私たちはある重大な壁に突き当たった。そこで立ち止まったが、それは短い間だった。5月にメンバー同士で話し合いをしていたとき、議論は白熱し、チームはバラバラになる寸前だった。その時、Richardが動きを止め、彼独特のブルックリンのアイルランド訛りで、ある言葉を発した。起業家にとっては、最高の一言だ。

「ちょっと待ってくれ。いい手が浮かんだぞ。」

闘い、戦争

私たちはまだ完全にやられたわけではない。しかし、これはスタートアップの復活劇でもない。今のところは。この記事は、最初のアイデアを賞賛するものではなく、葬るためのものだ。未来は予測不能であるが、その未来は常に、私たちの会社のようなビジネスと関わりあいながら形成される。私たちのビジネスに起こったことや、現代のスタートアップのあり方について説明するのは意義のあることだ。

現代のスタートアップは以下のように機能する。データを一通り集めたあと、上手くいかない物事を素直に認めて、先に必要があるのだ。「上手くいかない」という言葉が意味するのは、あなたの力が足りないということだ。「上手くいかない」が意味するのは、もう一度チャレンジするということだ。

スタートアップの王道ともいえる、このプロセスを繰り返すことで、ある失敗のアイデアが成功のアイデアに結びつく可能性もある。1日1歩、3日で3歩、3歩進んで2歩下がる。それでも、歩き続けるのだ。


この記事は、「Startup Step-By-Step」の第三話である。残りの記事はここで読むことができる。

[原文]

(翻訳: 木村 拓哉 /Website /Twitter /Facebook

投稿者:

TechCrunch Japan

TechCrunchは2005年にシリコンバレーでスタートし、スタートアップ企業の紹介やインターネットの新しいプロダクトのレビュー、そして業界の重要なニュースを扱うテクノロジーメディアとして成長してきました。現在、米国を始め、欧州、アジア地域のテクノロジー業界の話題をカバーしています。そして、米国では2010年9月に世界的なオンラインメディア企業のAOLの傘下となりその運営が続けられています。 日本では2006年6月から翻訳版となるTechCrunch Japanが産声を上げてスタートしています。その後、日本でのオリジナル記事の投稿やイベントなどを開催しています。なお、TechCrunch Japanも2011年4月1日より米国と同様に米AOLの日本法人AOLオンライン・ジャパンにより運営されています。