宇宙飛行士の作業をロボットで代替し作業コスト100分の1以下へ、GITAIが約4.5億円調達

1時間で約500万円(5万ドル)——。これは1人の宇宙飛行士が1時間宇宙で作業を行う際に発生すると言われているおおよそのコストだ。

ここ数年、世界的に宇宙開発の競争が加熱するに伴い宇宙での作業ニーズが高まっている。国際宇宙ステーション(ISS)の商業化が検討されているほか、米国民間企業を中心に宇宙ホテルや商用宇宙ステーションの建設が進められていることからも、今後さらにその需要は急増していく可能性が高い。

その際にネックになるのが冒頭でも触れた宇宙飛行士のコストや安全面のリスク。今回はこの課題に対して「地上から遠隔操作できる宇宙用作業代替ロボット」というアプローチによって作業コストを100分の1に下げる挑戦をしているスタートアップ・GITAIを紹介したい。

同社は8月20日、Spiral Ventures Japan、DBJ Capital、J-Power、500 Startups Japan(現Coral Capital)より総額で410万ドル(約4億5千万円)の資金調達を実施したことを明らかにした。

GITAIは2016年9月にエンジェルラウンドでSkyland Venturesから約1500万円、2017年12月にシードラウンドでANRIと500 Startups Japanから約1.4億円を調達していて、今回はそれに続くシリーズAラウンドという位置付け。

調達した資金はGITAIロボットの開発費用として活用するほか、2020年末に予定するISSへの実証実験機の打ち上げ費用に使う計画だ。

なお本ラウンドは6月末に実施したものであり、GITAI創業者兼CEOの中ノ瀬翔氏によると年内を目処に追加調達も検討しているとのこと。その場合はトータルで最大10億円規模となる見込みだという。

宇宙飛行士の「運用メンテナンス」の多くは代替できる

GITAIはユーザーがVR端末やグリップを装着することで、離れた場所にあるロボット(アバター)を自分の身体のように制御できる「テレプレゼンスロボット」を開発するスタートアップだ。

360度カメラを搭載したロボットの視界がディスプレイ越しに共有されるほか、ロボットの腕の動きや触覚の一部もグリップを通じて共有することが可能。前回「フレームレートと解像度を維持しながらユーザーとロボット感の遅延を抑える低遅延通信技術」を1つの特徴と紹介したが、最新の6号機ではそれに加えてデータ削減・圧縮技術や負荷低減技術を始め、専門性の高いメンバーが各分野の技術を結集させた高性能なロボットとしてパワーアップしている。

宇宙ステーションの限定的なネットワーク環境を前提に、スイッチ操作や工具操作、柔軟物操作など従来のロボットでは難しかった汎用的な作業を1台のロボットで実施できるレベルに至っているそう。このロボットをまずはISSへと送り込み、地球にいるオペレーターが遠隔制御することで宇宙飛行士が担ってきた汎用的な作業を代替しようというのがGITAIの取り組みだ。

「宇宙飛行士のコストの8割以上が交通費。つまりロケットの1回あたり打ち上げコスト×打ち上げ回数でここがほとんどを占める。(宇宙放射線の影響があるため)だいたい3ヶ月に1回くらいの頻度で地球と宇宙を人が行き来しているほか、その倍くらいの頻度で補給物資が送られている」(中ノ瀬氏)

この一部がロボットに変わるとどうなるか。まず宇宙ステーションに送り込むのが人からロボットに変わるだけで、安全の審査や訓練などが不要になり1回あたりの打ち上げコストを大きく抑えられる。加えてロボットの耐久性があることが条件にはなるが、放射線の影響も受けないので地球と宇宙の間を行き来する回数を減らせるのはもちろん、物資の補給回数も減らせるため全体の打ち上げ回数自体も削減できる。

生身の宇宙飛行士であれば1日に作業できる時間は約6.5時間と限られるが、ロボットであればオペレーターを交代制にすれば24時間働き続けることも可能。これらの組み合わせによって宇宙での作業コストを100分の1以下まで減らせるという。

もちろんこれはGITAIロボットが宇宙飛行士の作業を代替できることが前提だ。

「実は極めて重要な宇宙飛行士の作業時間の内、だいたい8割くらいの時間が掃除を始めとした『運用メンテナンス』に費やされている。その多くは人間じゃないとできない作業ではなくロボットでも代替できるもの。これが進めば科学実験や広報など、宇宙飛行士が人間にしかできない仕事にもっと多くの時間を使えるようにもなる」(中ノ瀬氏)

GITAIでは2018年12月にJAXAと共同研究契約を締結し、GITAIロボットによる宇宙飛行士の作業代替実験に取り組んできた。3月時点で主要作業18個のうち72%(13個)は代替に成功したと紹介したが、現在は部分的にではあるものの18個全てを代替できるようになった。

「現時点では人間が1分でできる作業をこなすのに3〜10分かかるようなものもあり、実用化できる段階までには達していない。少なくともそれを3分以内に、なおかつ100回やれば100回成功する精度まで上げていくことが必要だ」(中ノ瀬氏)

今は1秒間の遅延が発生しても人間が遠隔から制御した方がスムーズな作業が多いため、動作の約9割を遠隔から操作し、残りを自律化して対応しているそう。中ノ瀬氏の話では遠隔制御と自律化のハイブリッドが最もパフォーマンスが上がると考えていて、本番環境では半分くらいの作業を自律化することを見据えている。

量産化ではなく高単価一点物、人件費よりも交通費に着目

GITAIはもともと中ノ瀬氏の個人プロジェクトを法人化したものだ。最初から宇宙領域にフォーカスしていた訳ではなく、マーケットリサーチやユーザーヒアリングを進める中で「最もビジネスとして成立するチャンスがあると考え宇宙領域に絞った」(中ノ瀬氏)という。

技術的な観点では今の段階で性能の高い汎用的なロボットを実現するのは難しく、ましてや完全自律型となると世間で期待されているようなことはまだ全然できていない。それでもコストは数千万円規模になり量産化のハードルはものすごく高い。そのレベルではビジネスとして成立しないが、オペレーターが裏側いる『半遠隔・半自律型』であれば性能が上がり解決策として機能すると考え、このテーマでに取り組み始めた」(中ノ瀬氏)

その上で領域を絞るにあたり中ノ瀬氏が着目したのが「交通費」だ。ロボット企業の中にはロボットを人件費削減のソリューションとして期待するケースも多いが、性能が低く単価の高いロボットが今の段階で人を置き換えられる可能性は低い。むしろ交通費が非常に高い業界や、人間が行くにはとても危ない領域にロボットを持ち込めば人間が行く必要がなくなり、ビジネスになると考えたそうだ。

合わせて「量産化はしない」ことを決断。量産化を目指せば結局性能が下がってしまい、量産機のコストも数千万円規模になるのでビジネスとして成り立ちにくい。そうではなく高単価一点物で成り立つ領域に定めることにした。

「それらの条件に唯一合致したのが宇宙。もともと交通費が何百億とかかっているので、仮にロボットが1台1億円しても十分成立する。特に宇宙ステーションが民営化されていく流れがあり、民間の宇宙ステーションも増えている状況だったので、まずここに絞って半遠隔のロボットを投入すれば技術的にもビジネス的にも実現できると確信を持った」(中ノ瀬氏)

GITAIには今年の3月にSCHAFTの創業者で元CEOの中西雄飛氏が新たにCOOとして加わった。中西氏は同社をGoogleに売却後も継続して二足歩行ロボットの実用化に向けたプロジェクトに携わっていた人物。2018年末でSCHAFTはGoogle社内で解散となったが、新たなチャレンジの場としてGITAIを選んだ。

「中西自身もSCHAFTで自分たちと同じ結論にたどり着いた。彼はGoogle内で大規模な予算と優秀なメンバーとともに完全自律型の量産機の実現を目指したが、現在の技術水準では実用化に至らなかった経緯がある。でも裏にオペレーターがいてもよく、高単価一点物の領域であれば解決策になりうる。ちょうどタイミングが合ってオフィスに遊びに来てもらった時にGITAIの構想やチームに共感してもらい、一緒にチャレンジすることになった」(中ノ瀬氏)

中ノ瀬氏が「各領域に詳しい世界クラスのメンバーが集まっていて、チームの総合力の高さは1番の強み」と話すように、9人のフルタイムメンバーのうち6名は博士号の取得者。そのうち5名は東京大学情報システム工学研究室(JSK)の出身で、各自が磨いてきた技術を持ち寄り1台のロボット開発に取り組んでいる。

2023年を目処にISS内でサービスイン目指す

今後GITAIでは2020年末にISSへの実証実験機打ち上げを予定しているほか、2023年を目処にISS内での汎用作業代替ロボットサービスのリリースも計画中。まずは宇宙機関からスタートし、徐々に民間の宇宙ステーションにもターゲットを広げていく戦略だ。

「ビジネスモデルとしてはロボットを売るわけではなく、ロボットによる作業代行サービスを宇宙で提供する。1時間で500万円かかっていた作業を1時間50万円で実現するイメージだ。初期の顧客層はNASAを中心とした宇宙機関。宇宙飛行士の単純作業に多額の税金がかかっているので、それを民間にアウトソースする流れ自体はすでにある。まずはそこをロボットで代替していく」(中ノ瀬氏)

実用化に向けては「1秒遅延環境での自律化の推進」「無重力環境下でも動くための『脚』の開発」「2年間現地で働けるレベルの耐久性の実現」などクリアしなければならない課題も残っていて、引き続きプロダクトの改良を進めていくという。

宇宙市場は30兆円を超える巨大なマーケットであり、宇宙ステーションの中に限らず事業を拡大できるポテンシャルも大きい。GITAIでも宇宙ステーションの検査・修理、小型衛星の燃料補給、デブリ回収などの作業を代替するロボットや月面基地建設ロボットなど、宇宙領域での横展開も視野に入れているようだ。

「今宇宙では汎用的な作業ができるようなロボットが求めらているが、そこで必要とされるのはロボット技術者。自分たちの特徴はそこに強みを持つメンバーが中心となって開発していること。自分たちがやろうとしているのは地上の汎用的なロボット技術を宇宙に持っていくことであり、そういった観点から見るとやれることはたくさんあると感じている」(中ノ瀬氏)

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TechCrunch Japan

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