医療労働者向けの人材マーケットプレイスが従来の派遣システムより優れている理由

著者紹介:Jeff Fluhr(ジェフ・フルー)氏はCraft Ventures(クラフト・ベンチャーズ)のジェネラルパートナーで、StubHub(スタッブハブ)の元CEO。マーケットプレイス事業を構築する専門家でもある。

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ここ数か月、米国各地では医療需要の激しい変動が続いている。一部の都市の病院には新型コロナウイルス感染症の患者が押し寄せているが、別の都市の病院では患者が待機手術や命に関わらない治療を延期したため閑古鳥が鳴いている(そして財政難にも直面している場合が多い)。多くの都市がわずか数か月の間に比較的安全なゾーンから危険なホットスポットに変わり、また元の状態に戻っている。

この「コロナ大変動」は、医療労働者を派遣する体制が非常に非効率であるという、米国の医療体制において長年にわたりくすぶっていた問題点を浮き彫りにした。医療労働者市場には新たなパラダイムが必要だ。

パンデミックによって明らかになった派遣体制の脆弱性

パンデミックが始まったばかりの頃、ニューヨーク州のAndrew Cuomo(アンドリュー・クオモ)知事の支援要請に応えて他州から駆け付けた多くの医療従事者が、到着するなり「派遣契約はキャンセルされた」と言われたという。病院側が需要を過大に見積もっていたのがその原因だった。パンデミック発生のはるか前から、看護師や医師の過不足状況は州によって異なっていた。しかしそれが、パンデミックの勢いが最高潮に達する中で恐ろしいまでに深刻な問題となった。米国では、医療従事者が自宅待機や一時解雇となった都市もあれば、命を救うために医療従事者が限界まで休みなく働き続けることを余儀なくされた都市もある。ニューヨーク、デトロイト、マイアミ、フェニックス、ロサンゼルスなど、毎月新たなホットスポットが発生し、どのホットスポットも、医療労働者が不足したせいで最悪の事態に陥りそうになった。

新型コロナウイルス感染症への対応はマラソンのような長期戦となり、国民全体に深刻なストレス、うつ、心労をもたらしているが、そのような被害に最も苦しんでいるのが医療サービス従事者だ。医療従事者の燃え尽きはコロナ禍以前にも深刻な問題だったが、最近の数か月でその深刻度が、特に地理的なホットスポットで働く人たちの間で悪化している。

医療労働者は米国全土において、多くの場合は個人用保護具(PPE)の深刻な不足により自身の感染リスクが増大する中、大勢の急性疾患者に対応してきた。同僚が体調を崩したり、時には亡くなったりするのを見てきた医療労働者も多い。患者の治療に優先順位をつけるよう命じられた人もいる。医療の最前線で働く人たちのうつ、心労、不眠、精神的苦痛の症例が増加し、なかには自殺に至った医療従事者もいることが、複数研究によって証明されている。

従来型の人材派遣制度の問題点

パンデミック前から、米国の医療体制は長い間、季節的および地理的な理由による医療需要の変動に対応してきた。例えば、風邪が流行する12月には7月に比べて医療需要が高くなる。また、フロリダ州では6月より2月の医療需要が高い。冬場は北東部州からフロリダ州にやってくる避寒者が増えるためだ。

従来は、派遣や臨時雇用の医療従事者(派遣看護師、日雇い看護師、臨時代理医師)が、季節的および地理的な需要の変動に対応するための労働力を供給してきた。そして、派遣会社がそのような医療従事者と連絡を取り、病院、外来外科センター、長期ケア施設、その他の医療施設の求人案件を紹介してきた。派遣雇用の医療従事者が医療業界の労働力にとって重要な存在であることに、多くの人は気づいていない。推定によると、米国の総看護時間のうち30%以上は補充職員によるものだという。

しかし、時代遅れのツールやプロセスを使い続けている派遣会社では、パンデミックに対応できるほどのスピードと規模を実現できない。派遣会社のリクルート担当者は電話やメールで人材を集めようとするが、当の医療従事者たちは、間が悪く望んでもいないそのような電話やメールを迷惑だと感じていることが多い。より重要なこととして、最近の6か月間のように、異なる地理的地域で医療需要が想定外に急増した場合、そのようなツールを使っていては間に合わない。

時代遅れの規制にも問題がある。看護師への免許交付は州ごとに行われるため、免許が取得できていない州では看護師として働くことができず、それが障害となる。約35の州が、免許の相互承認を可能にする看護師免許協定に加盟しているが、パンデミック初期に大きな被害を受けた大都市がある州(カリフォルニア州、ニューヨーク州、ワシントン州)はこの協定に加盟していない。カリフォルニア州では、他州の看護師が免許を取得するのに平均で6週間かかるが、新型コロナウイルス感染症の感染者が同州で急激に増えているときでさえも、免許取得にかかる時間は変わらなかった。

看護師免許協定に加盟していない州の中には、執行命令や緊急宣言によって他州の看護師が働けるようにしたところもあるが、現在、その多くが有効期限を迎えようとしている。また、そのような命令や宣言はそもそも長期的な解決策として意図されたものではない。パンデミックがきっかけで、新しい規制が必要であることが浮き彫りになった。それは、以下に詳述するように、医療従事者が州をまたいで自由に働けるようにするためだ。実際のところ、カリフォルニア州の患者や病気と、テキサス州の患者や病気との間に、別個の規制基準や免許要件が必要なほど大きな違いなどないはずだ。

解決策:医療労働者向けの人材マーケットプレイス

迅速な対応、医療従事者にとっての利便性、効率的なマッチングの面で改善を図りたいなら、昔ながらの人材派遣会社の手法から抜け出す必要がある。喜ばしいのは、ソフトウェア中心型のモデル、すなわち、医療労働者向けの人材マーケットプレイスという方法でこの問題を解決しようと取り組んでいる企業が出てきていることだ。このようなマーケットプレイスを運営している企業には、例えば、Trusted Health(トラステッド・ヘルス)Nomad Health(ノマド・ヘルス)などがある。

筆者が20年前に起業したStubHub(スタッブハブ)と同じように、前述のようなマーケットプレイスはインターネットの力を活用して供給と需要を結びつける。医療労働者向けの人材マーケットプレイスの場合、医療従事者が供給側、病院や他の医療施設が需要側となる。医療従事者は、各病院の求人情報をつぶさに見て回ったり、リクルート担当者からの電話をさばいたりせずとも、自分のスキルや経験に合う求人情報をすべて一度に見ることができ、給与や職務内容に関する情報も得られる。自分の都合の良いときにマーケットプレイスをチェックできるので、大量の電話やメールにわずらわされることがない。

医療従事者は、好きなタイミングで労働力プールに出入りできる。これは、ストレスの軽減や、ワークライフバランスを向上させて燃え尽きを防ぐのに役立つ。例えば、看護師の場合、冬の間はフロリダの避寒者に対応したいと考えてマーケットプレイスを利用することもできるし、夏は休暇を取り、風邪が流行する季節に働くことを選ぶこともできる。マーケットプレイスを使えば、十分に活用されていない医療従事者を需要がある地理的地域や病院に配置でき、彼らに所得を得る機会を与えることが可能だ。病院や他の医療サービス施設にとっても、このようにシンプルなクラウドベースのマーケットプレイスは、増員が最も必要なタイミングで迅速に労働力を手配するための有効な手段となる。

マーケットプレイスにはもっと多くの臨時雇用者が必要

人材派遣会社というパラダイムの場合、ある病院で需要が急増したときに、その病院は人材派遣会社に連絡して派遣雇用の医療従事者を手配してもらわなければならない。複数の病院で構成されるシステムであれば、予期せぬ需要増に直面している病院へ、同じシステム内にある需要の低い病院から医療従事者を動かすことができる。これが全国規模のマーケットプレイスとなれば、理論上はもっと大きなメリットが見込める。なぜなら、より多くの病院の状況が把握できるため、人員に余力のある病院から最も需要が高い病院へと(病院間に連携関係がない場合でも)リソースを動かすことが可能になるからだ。

パンデミック時には、医療需要が高い地域に自らボランティアとして出向いた勇敢な医師や看護師がいた。しかし実際には、病院にも医療制度にも、医師や看護婦を何の提携関係もない病院へ貸し出すインセンティブはない。そのため、マーケットプレイスには、より多くの医療従事者が(派遣看護師や日雇い看護師などのような)臨時雇用者となることが必要だ。臨時雇用の看護師と正規雇用の看護師の割合が3対7ではなく7対3であれば、リソースの大部分がより多数の病院間で共有されるため、需要の変動にもっと容易に対応できるようになる。このマーケットプレイスが我々の社会に与える影響はさらに大きなものとなるだろう。なぜなら、緊急の必要性が最も高い病院により多くのリソースを配置できるようになるためだ。

臨時雇用者の増加を見込める状況は2つある。1つ目は、正規雇用の医療労働者が、より融通が利くことに魅力を感じて臨時雇用労働者になりたいと考え、単一の病院または医療制度との契約を解除する場合だ。2つ目は、他の業界の労働者が、より多くの臨時雇用案件があるという理由で医療業界へ転職する場合である。どんな経緯にしろ、臨時雇用の医療労働者の供給力強化は、マーケットプレイスという解決策に欠かせない部分だ。

副効用:病院の財政状況の強化

パンデミックの間、米国各地で、病院でコロナウイルスに感染することを恐れた患者たちが待機手術や命に関わらない治療を延期した。その結果、病院は利益率の高い待機手術からの収入を失った。病院の固定費は膨大(大部分は給与)であるため、財政難に苦しむ病院には、政府が何百億ドルもの緊急対策費を給付した。

医療労働者向けの人材マーケットプレイスをより広く導入することには、前述したすべてのメリットに加えて、医療従事者の人件費を固定費から変動費へと移行させて病院の財政的負担を軽減できるというメリットもある。病院では正規雇用職員の数が減り、派遣の臨時雇用労働者の数が増えることになる。需要が減少したら、病院は臨時雇用の医療従事者を減らせばよい。需要が増えたら、マーケットプレイスを利用して人員を増強できる。

米国の医療体制と医療従事者のためにマーケットプレイスという対策を整備することは、長年の懸案だった。パンデミックがきっかけで現体制の脆弱性が浮き彫りになったとはいえ、課題はずっと前からそこにあったのである。他の多くの業界で効率性の向上に貢献してきたテクノロジーとマーケットプレイスというパラダイムを活用すれば、医療体制や、医療従事者のクオリティーオブライフだけでなく、病院の財政状態も改善できる。新型コロナウイルス感染症がもたらした苦難にショック療法を施して、すべての人に役立つより効率的なモデルを開拓する力に変えてしまおう。

* クラフト・ベンチャーズはトラステッド・ヘルスに投資している。

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カテゴリー:HRテック

タグ:医療 コラム

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(翻訳:Dragonfly)

投稿者:

TechCrunch Japan

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