発達障害支援VRのジョリーグッド社長が提言「職場・学校でもソーシャルスキルを学ぶ機会を」

ジョリーグッド代表取締役上路健介氏

少子高齢化に端を発する人手不足が深刻化する中、多様な人材に長く働いてもらうことが重要になってきている。発達障害や精神疾患を抱える人々も例外ではない。医療福祉系VRビジネスを開発・展開するジョリーグッドは、発達障害支援施設向けVRサービス「emou」(エモウ)を提供している。VRゴーグルを装着してバーチャルな環境でコミュニケーションを学ぶサービスだ。VR技術によって障害者支援はどう変わるのか。同社代表取締役の上路健介氏に話を聞いた。

「VRで発達障害支援」が事業化するまで

ジョリーグッドは2014年5月創業の医療VRサービス事業者だ。医師の手術を360度リアルタイムで配信・記録する医療VRサービス「オペラクラウドVR」、発達障害の方の療育をVRコンテンツで行う発達障害支援施設向けVRサービス「emou」、薬などを使わずにうつ病などの病気を治療するデジタル治療VRサービス「VRDTx」(未承認開発中)を中心にビジネスを展開している。

創業者でもある上路氏がテレビ業界出身だったことから、ジョリーグッドはメディアや制作プロダクション向けのVRコンテンツ作りのサポートから事業をスタートした。その後観光業向けのVRブームが起こり、それに関連したVR活用セミナーを開催したところ、医療機器メーカーのジョンソン・エンド・ジョンソンから高い評価を受けた。それがきっかけとなり、2018年11月に同社と医療研修VRを共同開発することを発表。医療VRビジネスを開始した。

そうこうしているうちに、ジョリーグッドの医療VRサービスのことを聞きつけた発達障害支援施設の関係者などから「ジョリーグッドの技術は発達障害の人が苦手とするソーシャルスキルトレーニング(以下、SST)に活用できるはず」と声をかけられ、emouを開発するに至った。

上路氏は「当時の私は発達障害のことをよく知りませんでした。ですが、こうして声をかけていただいて、VR技術の新しい活用方法を開拓することができました」と振り返る。

発達障害とソーシャルスキルトレーニング

では、発達障害とはどんな障害なのか。

厚生労働省によると、発達障害とは「生まれつきみられる脳の働き方の違いにより、幼児のうちから行動面や情緒面に特徴がある状態」だ。自閉スペクトラム症、注意欠如・多動症(ADHD)、学習症(学習障害)、チック症、吃音などが発達障害に含まれる。

発達障害の人はソーシャルスキルに課題を抱えることが多い。ソーシャルスキルとは、社会の中で周りの人と協調して生きていくための能力だ。コミュニケーションを取るためのスキルとも言い換えられる。

「ソーシャルスキルとひと言でいっても、その内容は多岐にわたります。声の大きさ、話し方、会話をしている最中の相手への配慮などが含まれます」と上路氏はいう。

ソーシャルスキルが試される場面は数多くあるが、仕事でミスをした時の対応の仕方、周りの人が噂話をしているときの立ち回りなど「気まずい空気」に対処する時を想像してもらえるとわかりやすいだろう。

さらに同氏によると、ソーシャルスキルを鍛える機会がなかったために、学校や職場などでコミュニケーションに失敗し、その経験がトラウマとなって社会に出たくなくなってしまう発達障害者もいるという。そのため、ソーシャルスキルを身につけ、強化する訓練であるSSTは重要なのだ。

上路氏は「大切なのは、発達障害を抱える人たちが学校や職場などの『社会』で経験するであろうさまざまな場面を事前に予習し、人やコミュニケーションに対する恐怖を取り除くことです。SSTはいわば『社会の予習』なのです。発達障害を抱える人の状況はそれぞれ異なりますし、症状の重さも多様です。『人に向き合うのがもう無理』という方もいます。1人ひとりに合わせて『まずは外の景色を見せる』『動物を見せる』『人を見せる』というように、段階的に、何回でも安全なVR空間でコミュケーションを練習してもらうことがSSTでは重要です」と話す。

「発達障害者支援」の課題

「VRでSSTを行う」と聞くと、それだけで画期的に聞こえる。しかし、実際のところ、発達障害支援施設ではVRを必要としているのだろうか。発達障害支援施設にはどんな課題があるのだろうか。

上路氏は「支援施設ではSSTを行いたくても、SSTのマニュアルがなかったり、カリキュラムがなかったりする施設は珍しくありません。また、SSTを行う指導員の育成にも時間がかかります。VRを使用しないSSTは、指導員による寸劇や紙芝居で行われます。『Aさんがこんな行動に出ました。Bさんがこんなことを言っています。あなたはどうしますか?』という具合に、特定の状況を再現し、適切な対応を学んでいきます。この時、発達障害を抱える方は想像することが苦手なため、受講者の理解の深さは指導員の演技力や個人の能力に依存してしまいます」と問題を指摘する。

それだけではない。寸劇や紙芝居でのSSTは、現実に起きるであろうあらゆるシチュエーションを発達障害者に見せ、イメージさせることで、実際の「その場面」に備えさせるものだ。しかし「その場面」にまだ遭遇していない発達障害者にとっては、イメージすること自体が非常に難しい。

「中にはイメージ作業そのものが負担になり、SSTを嫌いになってしまう方もいるんです」と上路氏。

だが、VRを使ったSSTでは、発達障害者はVRを通して「その場面」を擬似的に体験できるため「イメージする」という作業がなくなる。さらに、没入感の強いバーチャル空間をゲーム感覚で体験することもでき、SSTを楽しむ人もいるという。

支援施設の課題はSSTだけではない。発達障害支援施設の数は年々増しており、当事者やその家族がより良い施設を選ぼうとしているのだ。施設間の差別化や競争が始まっている。

「現状、支援施設は独自のツールとノウハウでSSTを行っています。そのため、支援施設の違いや個性が見えにくかったり、指導員の質にばらつきが出ます。emouのようなVRとSSTコンテンツがセットになったものを使えば、同じクオリティのコンテンツで何人もの施設利用者にSSTを行えます。指導員の教育コストを下げることもできます。さらに、『VRを活用している』ということでプロモーションにもなります。実際、emouを導入した支援施設で、導入をきっかけにメディアに取り上げられたところもあります。支援施設のビジネスというのは、定員を満たさないと十分な利益が出せません。なので、プロモーションや差別化というのは非常に重要な問題なのです」と上路氏はいう。

コミュニケーションで問題を抱えているのは障害者だけ?

emouは、SSTコンテンツのサブスクリプションサービスだ。360度のVR空間で「挨拶」「自己紹介」「うまく断る」「自分を大事にする」「気持ちを理解し行動する」「仲間に誘う」「仲間に入る」「頼み事をする」「トラブルの解決策を考える」など、100以上のコンテンツを利用することができる。

emouには指導員向けの進行マニュアルと導入マニュアルも含まれており、SSTの実績がない施設や、SSTの経験が浅い人材でも一定の質でSSTを実施できる。

導入開始時に導入初期費(5万5000円)、VRゴーグルにかかる機材費(3台で19万8000円、こちらは導入施設が買取る)、月々5万5000円のサービス利用費がかかる。翌月からはサービス利用費の支払いだけで良い。導入施設で準備するのはコンテンツ管理 / SSTの進行管理のためのiPadのみとなる。

ここまで見てきたように、emouは発達障害者の支援のために開発されたサービスだ。しかし、emouの開発と活用が進むにつれ「SSTが必要なのは発達障害を抱える人だけではない」と上路氏は気づいた。

「うまく断るとか、自分を大事にするとか、頼み事をするとか、トラブルの解決策を考えるというのは、発達障害を持っていない人でも十分に難しいですよね。胸を張って『得意です』といえる人は多くないと思います。また、今はコロナ禍で学校に通えない子どももいます。これまでは学校がソーシャルスキルを学ぶ場として機能してきましたが、そうもいかなくなってきています。ソーシャルスキルは今や発達障害を抱える人だけではない、大人も子どもも巻き込んだ課題なのです。なので、企業の研修や、学校教育の一環として、emouが役に立つ可能性もあると思っています」と上路氏。

こうして発達障害者ではない層にも目を向ける中で、今上路氏が注目しているのがリワーク市場だ。

2020年に内閣府が発表した『令和2年版 障害者白書』によると、精神障害者数(医療機関を利用した精神疾患のある患者数)は2002年から2017年まで増加傾向が続いている。さらに、精神疾患による休職者のうち、職場に復帰できているのは半数以下だ。

上路氏は「復職者支援のために1企業にemouを1セット設置したり、emouのノウハウを生かしてVR産業医のようなサービスを展開することで、ソーシャルスキルに関わる課題を抱える人を助けることができるかもしれません。今後はリワーク市場を視野にサービスを充実させていきたいですね」と語った。

人前で話すことから声帯麻痺まで、Expressableは5億円を投じて遠隔での言語聴覚療法を提供

全米では少なくとも4000万人が言語に障害を抱えているが、このたび新しいスタートアップが大規模な解決策を打ち出す。オースティンを拠点とするExpressable(エクスプレッサブル)は、新たにシードラウンドで450万ドル(約5億円)を資金調達し、患者と言語聴覚士(SLP)を遠隔医療サービスと非同期サポートで結びつけるデジタル言語聴覚療法(スピーチセラピー)を展開する。

Expressableは、米国でコミュニケーション障害を抱える約500万人の子どもたちにサービスを提供することに重点を置いて、早期にセラピーを開始して子どもたちの将来を守ることを目指している。最初は吃音が時々あるだけだったとしても、時間が経てばコミュニケーション障害になってしまう可能性があるからだ。

共同創設者(かつ夫婦)であるNicholas Barbara(ニコラス・バーバラ)Leanne Sherred(リーエン・シェアード)が2019年に立ち上げたExpressableは、これまでに数千もの家庭にサービスを提供してきた。彼らは米国時間5月7日、Lerer Hippeau(レラーヒッポー)とNextView Ventures(ネクストビューベンチャーズ)が共同で主導し、Amplifyher Ventures(アンプリファイハーベンチャーズ)が参加するシードラウンドで資金調達することを発表する。この資金は、プロバイダーネットワークの拡大、ネットワーク化、EdTechサービスへの取り組みに使用されることになる。

事業内容

Expressableが提供するのは、子どもたちが言語聴覚士のセラピーを定期的に受けられるサービスだ。セラピーは、医療向けZoomを介して、Expressssableがフルタイムで雇用している資格を持つ専門家がライブで行う。人前で話すことから声帯麻痺まで、クライアントが必要とする分野の言語聴覚士がマッチングされる。保護者は、安全なSMSを通じて、言語聴覚士と連絡を取り、セラピーの調整や質問、スケジュールの変更などを行うことができる。

Expressableでは、リアルタイムのサポートに加えて、非同期型のサービスも用意されている。言語聴覚士が用意した宿題やレッスンをSMSで提供するeラーニングプラットフォームが構築され、言語訓練プランを強化することができる。

クルマで買い物に行くとき、夕食を作るとき、庭で遊ぶときなどに使える小さく分割されたアクティビティは、子どもとの対話に合わせて作成されている。レッスンは、子どもがジュースを頼む場面を作ったり、まねっこゲームで二語発話を練習したりといった簡単なものから始まる。

Expressableによる安全なSMSのデモ画面(画像クレジット:Expressable)

ExpressableのこのユニークなEdTechは、セラピーのプロセスに保護者が大きく関与することを求めている。保護者の協力がプラスの結果につながることはわかっているが、低所得者や労働者階級の家族が置き去りにされてしまうことがある。サービスの価格は平均して週に59ドル(約6400円)。現在は保険による補助がなく、全額自己負担となっている。

「言語聴覚士による言語聴覚士のためのコンテンツはたくさんありますが、言語聴覚士による保護者のための使いやすいコンテンツはあまりありません。これは大きなチャンスであり、市場のギャップであると感じました」とバーバラ氏は話す。

現状よりも優れている、というのはExpressableの価値の一部だが、現状には驚くほど無意味なものが多い。米国国立聴覚障害研究所によると、米国内の子どもの約8~9%が構音障害を持っているとされているが、実際に治療を受けているのは半数程度。Expressableが、子どもたちの将来を守るために早期にセラピーを受けさせたいと考える理由は、時折の吃音から始まる障害は、時間の経過とともにコミュニケーション障害に変わる可能性があるからだ。

「公立学校は小児言語学の第一の提供者ですが、残念ながら資金不足であることはご存じでしょう」とシェアード氏は話す。学校で言語サービスを受けることができた子どもたちはラッキーだが、グループでのレッスンでは上達するまでに時間がかかってしまう、と同氏は続ける。

シェアード氏は言語療法士として、学校でのセラピーのギャップがもたらす「信じられないほどのフラストレーションの連鎖」を身をもって体験している。同氏はキャリアの大半を在宅医療に費やし、家庭やデイケアで子どもたちと直接関わる仕事をしてきた。

Expressableのユーザーの多くは子どもだが、約35%は大人で、言葉の問題が大人になっても続くことがわかる。

Lerer HippeauとExpressabbleの取引を仲介したMeagan Loyst(ミーガン・ロイスト)はその一例だ。ロイスト氏は、2020年後半に言語と音声に問題があると診断され、リモートの言語療法サービスを見つける必要があったが、その際に質の高い言語療法士を見つけることの難しさを知ることになった。

「Expressable以前には、コミュニケーション障害を持つ個人のためにこれらの課題を解決する消費者向けのサービスは存在しませんでした」とロイスト氏は話す。「Expressableはすでに最高の言語療法士を雇用し、子どもたちがより良い結果を出せるように保護者や教育をプロセスに組み込んでいます。さらにこれらをバーチャルにすることで、コスト効率の高い手軽な方法を提供しています」。

工夫を凝らした遠隔医療

遠隔医療の利用率はパンデミック前の水準を上回っているが、訪問診療は減少傾向にある。Expressableに限らず、デジタル遠隔医療の新興企業にとっての課題は、パンデミック後に、医療や介護を完全にバーチャル化することをいかに説得力を持って提案できるかということだ。

Expressableの共同設立者たちは、競争上の優位性として、社内外での一貫性を挙げている。

まず、言語セラピーは、多くの患者が週に一度、毎月、何年にもわたって利用する継続的なサービスである。バーバラ氏は「他の遠隔医療サービスの多くは、迅速で簡単かつ直接的なプライマリーケアを提供するものです」「私たちは、提供者と患者の密接な関係を必要とする、より長期的な治療計画を提供しています」と話す。

第二に、多くの遠隔医療関連の新興企業とは異なり、Expressableは専門家を正規の従業員としてフルタイムで雇用する。同社には、現在50名の正規雇用の言語療法士が在籍しているが、言語療法士との長期的な関係を顧客に保証するための戦略的な選択である。

「私たちは、言語療法士のキャリアパスを構築し、言語聴覚士に対価として得られる価値を提供しています。彼らは自宅で時間を設定しながら仕事ができ、全国平均を上回る報酬を得られ、業務委託では得られないような福利厚生も受けられます」。

従来の業務委託モデルに依存しないことは差別化につながるかもしれないが、課題にもなり得る。Expressableはさまざまな言語の問題に対応できる言語療法士を迅速に(そして効率的に)採用する必要があり、新しい市場に進出する際は、個々の療法士の免許を取らずに類似企業のスタッフを支援するというホワイトラベルの手法を利用するのではなく、地域ごとの免許要件という面倒な法的プロセスを経る必要がある。

Expressableは、現在は15の州で事業を展開。そのすべての州で免許を持つ言語療法士を雇用し、今後全米規模の事業になることを目指している。

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カテゴリー:EdTech
タグ:言語聴覚療法Expressable遠隔医療コミュニケーション障害資金調達言語

画像クレジット:Bryce Durbin / TechCrunch

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(文:Natasha Mascarenhas、翻訳:Dragonfly)