HBOのSF大ヒット作であるWestworldは、人間のように見えるロボットたちが、実世界で私たちのためにできることを刺激的に見せてくれた。現在の技術は、Westworldを現実のものにできるほどには十分に進歩していないが、スタートアップたちは仮想空間における人間とロボットの相互作用を再現しようとしている。
Y Combinatorを卒業したばかりで、先日の発表イベントでTechCrunchの9つのお気に入りに選ばれたrct studioもそのうちの1つだ。テレビシリーズの中で描かれたWestworldは、非常にリアリティのあるアンドロイド(人間型ロボット)たちによって支えられている、はるか未来のテーマパークであり、訪問客たちは英雄的でサディスティックな夢想を、後腐れなく楽しむことができる場所だ。
(将来明かされる秘密の理由で小文字の名称を故意に貫いている)rct studioが、コンピューターによる世界の生成に向かうのにはいくつかの理由がある。技術的な挑戦であることの他に、架空の世界を演じることで、実質的に地理的な制約を逃れることができるからだ。それとは対照的に、Westworldのようなエクスペリエンスは、細心の注意を払って建築された狭い公園内で実現されなければならない。
「Westworldは物理的な世界の中に構築されています。それは、この時代とタイミングでは私たちが関わりたいと思うものではありません」とTechCrunchに語るのは、rctのマーケティングを統括するXinjie Ma氏である。「物理的な環境でそれを実行するのは非常に困難ですが、完全に制御可能な仮想世界を構築することなら可能です」。
このスタートアップはそうした仕事を引き受けるのに適している会社のように思える。なぜなら8人からなるそのチームは、Jesseという通名で知られている29歳のCheng Lyu氏によって率いられているからだ。Lyu氏はBaiduが彼の音声スタートアップ会社Ravenを2017年に買収したあと、Baiduのためにスマートスピーカーをゼロから開発した人物だ。 Ravenのコアメンバーの何人かと一緒に、2018年にLyu氏はBaiduを去り、rctを起業した。
以前Ravenでマーケティングを担当していたMa氏は、次のように述べている。「私たちは、ダイナミックに成長していった期間に、Baiduによって与えられた支援と機会に対して大いに感謝しています」。
AIに脚本を書かせる
登場しつつある分野を、私たちがどのように分類するのかによるが、没入型映画やゲームは既に、選択可能な記述済の脚本と共に提供されている。rctは、シナリオ作成のために人工知能を採用することによって、既存のエクスペリエンスを次のレベルに引き上げたいと考えている。
プロジェクトの中心にあるのは、同社独自のエンジンであるMorpheusだ。rctは、人間が書いたストーリーに基づいた大量のデータをそのエンジンに提供するので、その力を与えられたキャラクターは、リアルタイムで状況に適応する方法を知っている。コードが十分に洗練された暁には、エンジンが自己学習を行い、それ自身のアイデアを定式化することができるようになることrctは望んでいる。
「人間が物語のロジックを考え出すためには、膨大な時間と労力が必要です。機械を使えば、無限の数の物語の選択肢を素早く生み出すことができるのです」はMa氏は言う。
rctの没入型の世界を探検するためには、ユーザーはバーチャルリアリティヘッドセットを着用し、音声を使ってシミュレートされた自分自身を制御する。チームが自然言語処理の経験を積んできたことを考えると、音声の選択は自然なステップだったが、スタートアップはより現実に近いエクスペリエンスのために、新しいデバイスを開発する機会もよろこんで受け入れるつもりだ。
「それは映画Ready Player Oneが、仮想世界のための独自のガジェットを構築したやり方に似ています。あるいはAppleは、優れたソフトウェアエクスペリエンスを実現するために、独自のデバイスを設計しています」とMa氏は説明した。
クリエイティブな面では、rctはMorpheusが映画製作者のための生産性向上ツールになり得ると信じている。なぜならそれは物語の一部を読み込んで、数秒以内に意思決定木として分析することが可能だからだ。エンジンはテキストを3D画像にレンダリングすることもできるので、もし映画制作者が「その男がソファの後ろにある机にカップを投つける」というテキストを入力すると、コンピュータは即座に対応するアニメーションを生成することができる。
収益化への道
投資家たちは、rctの成果に期待している。このスタートアップは、Y Combinatorと中国のベンチャーキャピタルSkysagaからのシードマネーを銀行に預けてから、数カ月後にはもうシリーズAの資金調達ラウンドをクローズしようとしているということを、TechCrunchに語った。
Westworldの夢を成し遂げるためには、同社はいくつかの差し迫った課題を抱えている。一つには、脚本データでMorpheusを訓練するために、多くの技術的な才能を必要としているということだ。映画制作の経験を持つものがチームの中にいなかったので、彼らはAIの映画への応用を高く評価してくれるクリエイティブのヘッドを探している。
「私たちがアプローチする映画制作者の皆が、私たちのアプローチを気に入ってくれるわけではありません。映画業界はとても成熟していますからそうした態度も理解できます。しかしその一方で技術の可能性に興奮してくれる人たちもいるのです」とMa氏は語る。
スタートアップの、映画によるフィクションの世界への参入は、実世界をAIで大いに揺さぶろうという当初の情熱に比べれば弱いものだった。スマートスピーカーは最初の試みだったが、人びとが既に慣れ親しんでいる実際の物体を変えることは、難しいということが証明された。音声によって制御されるスピーカーにはある程度の関心が寄せられているものの、彼らが世界のあらゆる場所に存在する日はまだ遠い。そんなときに映画がチームの心をよぎったのだ。
「AIを利用するには、主に2つの方法があります。 1つは自動車やスピーカーのような特定の製品をターゲットにすることですが、これらには物理的な制約があります。そうではないAlpha Goのようなアプリケーションは、主に研究室の中にあるだけです。私たちは、物理的な制約がなく、商業的な可能性を秘めたものを望んでいたのです」。
北京とロサンゼルスを拠点とするスタートアップは、ソフトウェアを作るだけでは満足できないのだ。最終的には、それは自分自身の映画を公開したいと考えている。同社は、Hugo賞を受賞したCixin Liu氏を始めとして、約200人の作家と関係を持つ中国のSF出版社、 Future Affairs Administrationとの長期パートナーシップ契約を結んだ。両社は、1年以内にインタラクティブ映画の共同制作を開始する予定である。
rctの進もうとする道は、先行するある巨人を彷彿とさせる。そうピクサー・アニメーション・スタジオだ。この中国の会社は、必ずしもカリフォルニア拠点のスタジオにインスピレーションを求めていたわけではなかったが、その類似性は投資家たちへ売り込むためには便利な方便を与えてくれた。
「自信に溢れる会社は、他社との類似性をわざわざ述べたりはしませんが、私たちには本当にピクサーとの共通点があるのです。ピクサーもテック企業としてスタートし、やがて自分自身の映画をリリースしました。そして独自のエンジンも開発しています」とMa氏は語った。「多くのスタジオが私たちのエンジンの価格を尋ねて来ますが、私たちはがターゲットにしているのは消費者市場 なのです。私たち自身の映画を作ることは、単にソフトウェアを販売することよりもはるかに多くの可能性をもたらしてくれるでしょう」。
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(翻訳:sako)