貴金属や複雑なデバイス構造の必要なく磁気回転効果で磁性体からの起電力取り出しに成功、スピントロニクス応用に道

貴金属や複雑なデバイス構造の必要なく磁気回転効果で磁性体からの起電力取り出しに成功、音波を用いたスピントロニクス応用に道

音波の磁気回転効果に由来する、起電力発生メカニズムの模式図。強磁性体の磁気には弾性変形による磁気弾性効果が、また自由電子スピンには回転変形による磁気回転効果が働く。これら2つの効果が組み合わさることで、貴金属や複雑なデバイス構造を必要とせずに、磁気回転効果に由来する起電力が発生する

慶應義塾大学中国科学院大学は2月21日、磁石に音波を注入すると、磁気回転効果によって起電力が発生することを理論的に示した。貴金属や複雑なデバイスを必要としないため、これまで困難とされてきた磁気回転効果のスピントロニクスへの応用に道が拓かれるという。

「磁気回転効果」とは、ミクロな角運動量(回転の方向と大きさを表す量)である電子スピンが、力学的な回転運動(マクロな角運動量)と互いに変換可能であるという、物質の磁気と回転との関係を示す現象のこと。アインシュタインとドハースが実験により証明した、磁石の磁気量を変化させると磁石が回転し始める「アインシュタイン・ドハース効果」や、バーネットが発見した、磁石を回転させると磁気量が変化(アインシュタイン・ドハース効果とは逆)する「バーネット効果」で知られる。

物質を高速で回転させるほど磁気回転効果は大きくなるが、最先端技術で可能な毎秒1万回転程度でも、得られる効果は非常に小さく、スピントロニクス分野での応用は進んでいなかった。

しかし、慶応義塾大学能崎幸雄教授ら研究グループは近年、物質の表面を伝搬する音波「表面弾性波」を用いて結晶格子点を1秒間に10億回以上回転させ、磁気回転効果によるスピンの流れを生み出せることを実証。表面弾性波を非磁性金属の銅と強磁性体を複合した材料に注入して交流のスピン流を生み出し、隣接する強磁性体に作用させることによって磁気の波を起こすことに成功した。その後同グループは、白金を銅と強磁性体の複合材料へ接合させることで、磁気回転効果によって生み出された交流スピン流を起電力に変換させ、それを電気的に検出することに成功した。しかし、このスピン流を利用するには、白金などの貴金属や複雑なデバイスが必要となるため、スピントロニクスへの応用にはまだ制限があった。

そこで慶應義塾大学グローバルリサーチインスティテュートの船戸匠特任助教と、中国科学院大学カブリ理論科学研究所の松尾衛准教授による研究グループは、「強磁性金属の単膜というシンプルなデバイス構造において磁気回転効果に由来した起電力が発生する」ことを理論的に提案した。

強磁性金属へ表面弾性波を注入すると、強磁性体内の自由電子スピンには格子の回転変形に伴う磁気回転効果が働き、同時に、強磁性体の磁気には弾性変形に伴って向きが変化する効果(磁気弾性効果)が働いて磁気の波が励起され、自由電子スピンに作用することで起電力が生まれる。この2つの効果を組み合わせることで、貴金属や複雑なデバイスを用いずとも、磁気回転効果に由来する起電力が得られることを発見した。

この発見により、「音波さえ生み出すことができれば、他に制限を受けることなく幅広いスピンデバイスへ磁気回転効果を応用することが可能」になったとのこと。「ジュール熱を伴う電流に比べてエネルギー損失の少ない音波を用いているために磁気デバイスの高性能化・省電力化することができるだけでなく、貴金属を必要としないため安価なレアメタルフリー技術として大きく貢献できます」と研究グループは話している。

東北大学が電子のスピンをナノモーターの駆動力として提案、アインシュタインらによる実験で発見された磁気回転効果利用

東北大学が電子の「スピン」をナノモーターの駆動力として提案、アインシュタインが唯一かかわった実験で発見した磁気回転効果利用

東北大学は1月5日、アインシュタインが生涯で唯一かかわった実験で発見された磁気回転効果が、ナノモーターの動作原理に利用できることを量子論によって解明したと発表した。カーボンナノチューブと強磁性電極のハイブリッド構造で、ナノモーターの実現を目指すとしている。

ナノモーター(ナノ回転子)とは、電気モーターのように軸が回転するナノサイズの機構のこと。2層のカーボンナノチューブの外側のナノチューブを軸受けに、内側のナノチューブを軸にして回転させることでナノモーターを作る方法は以前から提案されていたが、その駆動方法については研究が進んでいなかった。そこで東北大学大学院理学研究科の泉田渉助教らによる研究グループは、磁気回転効果に着目した。

磁気回転効果は、20世紀初頭アインシュタインらにより検証・発見されたもので、磁石の磁気量を変えると、その変化量に応じて回転運動が生じるという現象。古典物理学では説明がつかず、後に量子論によって解明され、さらにそこから、電子には「スピン」という角運動量(回転の方向と大きさを表す量)があることがわかった。つまり電子は自転ができるということだ。量子力学的には、磁気回転効果は「電子の持つミクロな角運動量であるスピンと、マクロな物体の回転運動が相互変換される現象」となる。研究グループが提案したのは、2層構造のカーボンナノチューブと強磁性金属の電極を組み合わせ、電流を使ってスピンを回転運動に連続的に変換するという構造だ。

この機構は、ナノスケールの電気機械を回転駆動させるものだが、カーボンナノチューブだけでなく、小さな物体を回転させる技術に広く応用できるという。研究グループには、明治大学理工学部の奥山倫助教、仙台高等専門学校総合工学科の佐藤健太郎准教授、東京大学物性研究所の加藤岳生准教授、中国科学院大学カブリ理論科学研究所の松尾衛准教授が参加している。