消費財業界で起きようとしているM&Aの雪崩

Small avalanches forming on the snow covered slopes

【編集部注】執筆者のRyan Caldbeckは、消費財・小売企業の投資マーケットプレイス、CircleUpのファウンダー兼CEO。

もしもあなたが、「イノベーションか死か」という決まり文句を信じているとしたら、大手の消費財・小売企業のことを末期患者のように考えているかもしれない。KraftやCloroxなどの大手企業は全て、イノベーションを起こすには動きが遅すぎ、株主の言いなりになってしまっているように映る。同時に、彼らのような企業は潰れるには規模が大きするような気もする。少なくとも今の段階では。

現在、消費財業界ではM&Aの雪崩が起きようとしているのだ。

主要な消費財(Consumer Packaged Good=CPG)メーカーは、新世代の消費者の獲得に苦しんでいる。さまざまな製品の売上を見てみると、有名ブランドの売上が段々低下してきていることがわかる。Jefferiesによれば、食品業界で重要視されているトップ54カテゴリーのうち42カテゴリーについて、過去5年の間に小企業が大企業のマーケットシェアを上回ったことがわかっている。消費財のほぼあらゆる分野で、これまでの業界構造が崩壊しようとしているのだ。

自分たちの好みに合った、ユニークで信頼できるブランドを消費者が次第に求めるようになった結果、消費財メーカーがマーケティングや流通にかけるお金は劇的に減ってきている。つまり、消費者は製品広告に反応するのではなく、自分で欲しいものをリサーチし探し求めるようになったのだ。

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出典: CircleUp

大手消費財メーカーは、何十億ドル分ものマーケットシェアシェアを失う一方で、現状を打開するような対策を積極的にとっているわけではない。誰かの目にとまるような革新的な製品が、最後に有名な消費財メーカーからリリースされたのはどのくらい前のことだろうか?研究開発はこれまでにないほど重要なはずだが、実際には過小評価されてしまっている。

消費財メーカーの研究開発に関する問題の深刻さ

CircleUpでは、消費財業界における研究開発軽視の問題を物語るようなデータを最近発見した。このデータによれば、大手消費財メーカーは平均して、売上の2%未満しか研究開発に使っていない一方で、マーケティング・広告には売上の約15%にあたる資金を投じていることがわかったのだ。なお、イノベーション第一のテック業界ではこの数字がほぼ逆転し、売上の約13%が研究開発に、2%がマーケティング・広告に使われている。

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出典: CircleUp

大企業も自分たちの課題には気づいている。それでは何故彼らは新製品の開発に投資しないのだろうか?

大企業にはこれまでイノベーションの必要がなかった

大企業は何十年にもわたって、消費財業界の資金的な参入障壁に守られてきた。ソーシャルメディアやAmazonが存在しなかった頃、流通網の確保や製品の宣伝というのは小企業には手の届かないものだった。そのため、消費者は小売店で毎回同じ商品を見かけても何とも思わず、イノベーション自体に対する需要も極めて低かった。

イノベーションにはリスクが伴う

製品を開発して、それをテストして、市場の反応を測る、というイノベーションが誕生するまでのプロセスはリスク以外の何物でもない。イノベーションを追求すれば、四半期や年間の業績が赤字になるかもしれないばかりか、新たな製品が売上に貢献するまでには何年もかかる(そもそも売上が立てばの話だが)。そのため、研究開発部門のマネージャーにはリスクをとらないという、短期的なインセンティブが働きがちだ。四半期の目標達成を目指した方がいいのか、何年後かに自分が他の部署に異動するタイミングまで売上に貢献しないような新製品を開発した方がいいのか、という問いが彼らの頭を駆け巡っているのだ。

大企業には変化を起こす力を持った社員がいない

これまで何かを変えるためのインセンティブがほぼ無かったことから、ほとんどの大手消費財メーカーは、しっかりとした研究開発チームや十分な経験を持っていない。単に彼らには、市場の動向を見て素晴らしい製品を生み出すために必要なものが揃っていないのだ。

さらに、このような企業には何十年もの(ときには1世紀近い)歴史があり、彼らは変化に慣れていない。この時間のスケールを考えると、ダンスフロアで踊る若かりしころの祖父の姿や、このトレンドを指摘していたClay Christensenの「イノベーションのジレンマ」が頭に浮かんでくるかもしれない。大企業は既存の製品を売るのに必死で、将来のことを考えることができず、結果的に自分たちが不得意な分野にシフトしようと苦しむのだ。

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出典: CircleUp

研究開発の代わりとしてのM&A

M&Aは、実質的に大手消費財メーカーの研究開発を代替している。シェアの急激な減少や成長の鈍化、潤沢な現金資産を背景に、大手メーカーによるM&Aの件数が今後も増加していくのは確実だ。さらに、企業の成長過程に関わっていけるよう、アーリーステージの企業への投資も今後増えてくるだろう。

Unileverの昨年の研究開発費は売上の1.9%でしかなかったが、買収にはためらうことなく資金を投じ、Dollar Shave ClubSeventh Generationをそれぞれ10億ドル、7億ドルで買収した。スタートアップを出し抜くことのできない大手消費財メーカーは、イノベーションを生み出すことが仕事と言って良いスタートアップに、研究開発をアウトソースし、さらにはそのリスクを負わせようと、M&Aに積極的に取り組んでいる

このトレンドは、製薬業界には既に深く根を下ろしている。製薬業界のコングロマリットは、研究開発のほぼ全体をスキップして、新薬の権利を狂ったように購入している。そして、自分たちがもつ広範な流通網に新製品を流し込み、その合間に広告を打ったり、規制対応を行ったりしているのだ。消費財企業も彼らと同じ道を辿ろうとしている。

しかし、大企業が新たな製品や企業を買収した際に重要なのが、どれだけ上手く買収したブランドのキャラクターや信頼性を保つことができるかということで、まだこれについてはハッキリわかっていない。オーガニックであれ、環境の持続可能性であれ、フェアトレードや民族の多様性であれ、人々は次第に、自分にぴったり合った商品を求めるようになっている。シンプルに見える洗剤選びでさえ、今や一種の自己表現なのだ。そのため、主要消費財メーカーが、もしも買収先のオリジナリティを保てなければ、その買収資金は無駄になってしまう。

M&Aの雪崩は一夜にして起きるわけではなく、その気運は何年もの期間を経て高まってきた。昨年だけで消費財・小売業界のM&A合計額は2380億ドルに達し、これはテック業界に比べ2倍近い規模だ。このようにM&Aの雪崩の兆候はすでに見られており、今後はそれが顕著になっていく一方だ。この波に乗り遅れないように。

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(翻訳:Atsushi Yukutake/ Twitter

Unileverが10億ドルでDollar Shave Clubを買収した理由

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【編集部注】執筆者のRyan Caldbeckは、消費財・小売企業の投資プラットフォームCircleUpの設立者兼CEO。

また新たな巨大消費財企業が、イノベーションではなく買収を頼りに成功を目論むという、デジャヴのような出来事だった。

今週、Unileverが設立5年のDollar Shave Clubを10億ドルで買収するというニュースが舞い込んできたのだ。先週は、設立から100年近く経っているDanoneによるWhiteWave Foodsの買収が発表された。Oreoを生産するMondelezHersheyCadburyの入札に参加するなど、今四半期だけとは言わずとも、今年中にはさらに同様のニュースを耳にすることになるだろう。

パーソナルケア用品、食料品、飲料品と、次々と異なるカテゴリーで同じパターンの現象が起きており、その様子はR&D機能をシステマチックに市場へアウトソースしているように映る。このモデルは、特に製薬業界でハッキリと見られ、The Economistが最近指摘していたように、大企業は自分たちで新薬の開発を行わず、他の企業を買収し、ディストリビューションや規制対応、統合処理などを行っている。

コスト削減:崩壊したシステムへの絆創膏

利益を生み出すためのコスト削減の分かりやすい例として、ブラジルでプライベート・エクイティ事業を行う投資会社3G Capital Partners LLPが、2013年にHeinzを買収し、その後HeinzがさらにKraftを490億ドルで買収していた。

昨年のHeinzによるKraftの買収以後、Kraft Heinzは15億ドル規模のコスト削減活動として、5000人以上の人員削減を行い、複数の工場を閉鎖したのだ。現在、3GはGeneral Millsの買収を目論んでいるとも噂されている。そして、Anheuser-Busch InBev NVがSABMiller Plcに対して行った買収提案も前進している。これらの企業は、成長ではなく、コスト削減による株主価値の最大化を狙っているのだ。

確かに、合併や統合によってコストを削減することで、短期的には株主価値が向上する。しかし、一度無駄を削減し終わったら、株主の手元には何が残るだろうか?そこには、イノベーションの欠如によるマーケットシェアの縮小という、買収や合併のきっかけと同じ問題が残り続けることになるのだ。株主価値の創造における重要な違いは、削減できるコストには(当然)限りがあるが、イノベーションには制限がない。

消費財・小売業界の大企業がイノベーションを生み出せていない状況は、Walmart対Amazonの戦いにハッキリと見てとれる。

Amazonは、今日の消費者のニーズをうまく満たすイノベーションで急成長を遂げている。洗濯用洗剤やコーヒーなどの商品を、文字通りボタンを押すだけで購入することができるDashがその好例だ。

一方Walmartは、低価格量販店のリーダーとしての歴史的な地位を保持するのに苦しんでおり、品質を落としたり、統合プロセスを省略したりと、既に削減されたコストをさらに削減しようとしている。例えば、最近Walmartはコストを減らすために、バタークリームアイシングの廃棄量を削減した

巨額買収:生み出せない企業が買いに走る

コスト削減の主な代替手段としての人気が増しているのが、イノベーションでの不利を埋め合わせるため、ダイナミックな新製品を持つ、設立間もない企業を買収するという戦略だ。この戦略は、実質的にR&D機能やイノベーションの創造を、リスクのとれる小さな企業へアウトソースしていることと同じだ。ここでのリスクとは、新製品を市場でテストすることや、ディストリビューション、パッケージを含めたブランドエクスペリエンス全体に関する面白いアイディアを考えだすことなどを指す。

短期間で株主利益を生み出さなければならないと企業にプレッシャーをかけている短期主義のせいで、単純に大企業にはリスクをとって失敗する余裕がないのだ。

現在いくつかの大企業は、アーリーステージでの投資を行うことでより良い道を模索している。

昨年6月末にKellogg Companyが、ベンチャーファンドを利用した大戦略の流行にのって、自社のベンチャー部門となるeighteen94を設立し、革新的な製品の取り込みのため、スタートアップへの投資活動を行っているのにもそのような背景がある。

他社もバランスのよい製品ラインナップのための買収を行っているが、往々にして買収額は高くついてしまう。最近の例としては、Coca-Colaによる持続可能な乳製品を製造するFair Oaks Farmsへの投資CampbellによるPlum Organicsの買収、Post Holdings Inc.による高タンパク飲料・食品の製造を行うPremier Nutrition Corp.の買収、そしてSteve MaddenによるDolce Vita Holdings Inc.の買収などがあげられる。

大企業:時間を稼いでいるだけ

イノベーションを生み出せずにいる消費財・小売大手企業のマーケットシェアは年々下がってきている。投資銀行Jefferiesの発表した調査レポート「Food: The Curse of the Large Brand」によると、過去5年間で54種類の主要食品カテゴリーのうち、42種類で大企業が小企業にマーケットシェアを奪われていた。同時に、Boston Consulting Groupは、2009年から2013年の間に消費財を扱う大企業のマーケットシェアが2.3%低下したとの推計を発表している。

巨大消費財企業は、日々変化する消費者の趣向に沿って市場の求める製品を生み出している革新的なスタートアップによってマーケットシェアを奪われていっているのだ。

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この背景には、人間が食べられるレベルのペットフードや、オーガニック製品、手軽で健康的なお菓子など、消費者がもっと自分にあった製品を求める中、新しい企業によって次々と製品カテゴリーが変化しているということがある。ヨーグルトを例にあげると、2008年から2013年の間に、Chobaniなどの新興企業が大企業からマーケットシェアの19%を奪いとっていた。

同様に、大手コーヒーブランドが7%ものマーケットシェアを失う一方、Blue BottleやArtisといった新しいコーヒーブランドが11%に及ぶマーケットシェアを獲得した。おふろ用品を見ると、大手企業のシェア低下幅と、The Seaweed Bath Co.やRock Your Hairなどの新興企業のシェア増加幅はそれぞれ3%だった。別の例が、Meridian Capitalの最近のレポートに掲載されていたScrub Daddyだ。Scrub Daddyは新しい種類のキッチン用スポンジを製造しており、人気番組Shark Tankへの出演の影響もあって、設立直後の状態から売上3500万ドルに到達するまで1年しかかからなかった。

大手消費財企業の経営数字を見ると、その真実が見えてくる。消費財業界における小企業にイノベーションの追い風が吹く中、Pepsicoは24億ドルをマーケティングに投入したものの、R&Dへの投資額はたった7億5400万ドルだった(2015年の数値)。Dollar Shave Clubのニュースを覚えているだろうか?2015年にUnileverは、80億ドルをマーケティングに投じた一方、R&Dへの投資額は10億ドルだったのだ。新鮮味に欠ける旧来の製品のマーケティングに、新しい製品の開発にかける金額の8倍ものお金を使っていることの意味を考えてみてほしい。新しくて快適な製品を生み出すということの優先順位が、単純に彼らの中で低かったのだ。

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そのため、マーケットシェアが減り、短期的な結果を求められ、イノベーションの創出に苦しんでいる消費財・小売大企業は、度重なるコスト削減やイノベーションの代替としての買収という危険な習慣に陥ってしまったのだ。

しかし、消費財業界でのディスラプションはまだはじまったばかりだ。コスト削減や巨額買収で時間を稼ぐことができたとしても、消費財・小売大企業は、本当の意味での成功を勝ち取るためには、イノベーションこそが前に進むための道だと気付かなければならない。

次回は、買収した企業のブランド価値を損なわずに統合していく方法について考えてみたい。ブランド価値の保護は、多くの上場企業において決定的な資産となるだろう。つまり、ブランド価値を上手く保てた企業が、市場全体のトップとしての地位も保つことができるのだ。詳しくは新しい記事に記していきたい。

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(翻訳:Atsushi Yukutake/ Twitter