編集部注: 本稿筆者のAaron Levieはクラウド・コンテンツ共有サービス、Boxの共同ファウンダー、CEO。Twitterは @levie
週明けに開催されるAppleのWWDCカンファレンスには何千ものデベロッパーが参加する。だが、彼らの会社のほとんどはAppleがiPhoneとAppStoreをオープンするまで存在していなかった。
ところがエンタープライズ向けアプリの市場はほぼ手付かずのままだ。なぜエンタープライズ版のAngry Birds〔に相当するキラー・〕アプリが出現しないのだろうか?
ポストPC時代のエンタープライズはPC時代から激変
70年代後半に始まったPC革命によって幕が開いたPC時代は2007年頃にポストPC時代に転換し始めた。しかし当面、エンタープライズのITは大きく変化しなかった。PC時代にはMicrosoftと大手ハードウェア・メーカーとOracle Siebel、PeopleSoft、Lotusなど少数の巨大ソフトウェア企業を頂点とする寡占的エコシステムが長い時間をかけて確立した。企業IT部門は混乱を嫌い、群小ソフト企業はこのエコシステムに居場所を見つけることができなかった。
他の大規模な変換と同様、PC時代からポストPC時代への変化も一直線に進むものではない。IT部門などバックオフィス業務の大部分は伝統的オフィス環境 で実行される。ところがフロントオフィスの業務が実行される場所はもはやオフィスではない。顧客先、実店舗、空港、飛行機、地下鉄、ホテルなどだ。
医師は診療に必要な画像をiPadのVueMeで確認する。営業担当者は出先から契約書や報告書を送信する。航空会社のパイロットもペーパーレス化する。セールス担当は出先でWebexを使う。 連邦裁判所の判事も訴訟文書をiPadで読む。分散チームはLuaで共同作業する。
エンタープライズ・アプリはiPadsに登場し始めてはいるが、レガシーベンダーの地位を脅かすところまで行っていない
Chris Dixonは「歴史が繰り返すものなら、タブレットにネーティブな生産性アプリがやがて開発されるはずだ」と主張する。しかし、この分野ではMicrosoft、Oracle、SAP、IBMその他のPC時代の主役たちの影は薄い。タブレット・アプリは検索してタップするだけでインストールされてしまう。PC時代のようなベンダーによる囲い込みは効果がなくなった。エンドユーザーはウェブ会議だろうとCADソフトだろうとCRMシステムだろうと、即座に手にすることができる。アプリはあくまでその価値、つまり機能、デザイン、使い勝手、価格などで判断されるようになった。企業向けライセンスで縛り付けておくパラダイムは過去のものだ。
昔だったらインフラの入れ替え、ソフトウェアのライセンス、メンテナンス契約、後方互換性などさまざまなハードルのために変化がエンタープライズ社会に及ぶ速度は遅かった。しかし今日では事情は違う。新プロダクトの採用のカーブは急速だ。Steven SinofskyがD11カンファレンスで述べたように、エンタープライズが求めるものは様変わりしている。
エンタープライズ・アプリ・エコシステムへようこそ
毎年エンタープライズ市場に投じられる金額は膨大だ。正確にいえば2970億ドルにもなる。しかしモバイル・アプリはその中でごくわずかなシェアしか占めていない。BYOD(個人のデバイス持込可)のポリシーが広まり、アメリカの企業社会では多様なデバイスが使われるようになった。しかしソフトウェアの購買パターンはまだ大きく変化していない。モバイル・アプリの市場は何百億ドルにもなっているが、そのほとんどは消費者向けであり、エンタープライズ向けではない。
ここではAngry BirdsやSupercellが年間何億ドルもの金を稼いでいる。コミュニケーションの分野ではWhatsApp、Lineといったスタートアップが破壊的イノベーションをもたらし、キャリヤから何十億ドルもの売上を奪い、自らも相当の売上を達成している。
ところがエンタープライズ・アプリはiPadsに登場し始めてはいるが、レガシーベンダーの地位を脅かすところまで行っていない。なぜだろうか?
エンタープライズの場合、消費者向けアプリとは異なるメカニズムが働く。IT部門以外の社員は有料アプリを利用する権限がない。ポストPC時代に入って、スピード、効率、使い勝手の向上が劇的に進んでいるというのに、エンタープライズ・ソフトウェア調達の現場は何一つ変わっていない。
こうした状況を打破するには、デベロッパーがプロダクトを企業に採用させ、料金を得るプロセスを改善する必要がある。つまり現在エンタープライズ・ソフトウェアの導入にあたって必要とされているような煩雑な手続きを大幅に簡素化しなければならない。
消費者、一般ユーザー向け市場ではクチコミの効果が大きい。ユーザーは友だちの使っているアプリに興味を持つ。しかしエンタープライズ市場ではユーザーにアプリを発見してもらうために別のアプローチを取る必要がある。このためにはAndroidやiOSプラットフォームなどのプラットフォーム側がエンタープライズ向けに最適化したセクションを設けてくれることが望まれる。アプリ・デベロッパー側では高いレベルの保証やサポート、SLA(サービス・レベル契約)、堅牢なセキュリティーの提供によってエンタープライズの信頼を得るよう務めなければならない。
こうした条件が揃ったときには、エンタープライズ向けモバイル・アプリに真のポストPC時代にふさわしいイノベーションと市場拡大が爆発的に起こるだろう。.
幸いなことに、ポストPCの各種デバイスの普及は一段と加速している。タブレットが登場したのはわずか3年前だが、今や年間2億台も販売されている。それだけの数が売れるようになるまでパソコンは27年もかかった。モバイル・ソフトウェアの市場も同様のスピードで拡大している。2015年には仕事でモバイル・デバイスを利用する人口は13億人になると予想されている。エンタープライズ・モバイル・アプリのデベロッパーにとっては過去の例を見ない巨大市場が一挙に現れることになる。われわれの挑戦は今始まったばかりだ。
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(翻訳:滑川海彦 Facebook Google+)