人事ソフトのRipplingとGustoが広告看板をめぐり「どちらもどっち」な言葉のバトル

企業向け人事サービスを提供するZenefits(ゼネフィッツ)が問題を起こし、CEOのParker Conrad(パーカー・コンラッド)氏が追放されたときのことを憶えておいでだろうか。そのコンラッド氏が、Rippling(リップリング)という従業員の新人研修スタートアップを立ち上げたが、「Gustoを超えた? なら今すぐ変わろう」という別の人事サービス企業Gusto(ガスト)との比較広告を出している。

問題は、Gustoがこの広告を取り下ろすよう、Ripplingと広告看板の管理会社Clear Channel Outdoor(クリア・チャンネル・アウトドア)に停止命令を出したことだ。通常、比較広告は内容が正しい限り法的に許されるため、これは異例だ。Gustoは人事、福利厚生、給与計算のソフトウェアを販売している。Ripplingも同様のソフトウェアを販売しているが、それにIT管理を加えて従業員識別プラットフォームと統合している。

Ripplingが私に伝えたところによれば、同社に乗り換える顧客がその最大の理由に挙げているのが、企業の成長にGustoが追いつかなくなったことだという。Gustoの顧客事例には、61人以上の顧客は記されていない。Enlyftの調査では、同社の顧客は社員数10人から50人の企業が中心となっている。「2019年、Gustoのプラットフォームを去ったとき、我々がGustoにとって最大の顧客でした。彼らの製品は我々の事業規模には適していないと、正直に事実を話してくれました。昨年の秋にRipplingに乗り換えて、大変に満足しています」と、Compass Coffeeの共同創設者Michael Haft(マイケル・ハフト)氏は語っている。

それらの話を総合すると、広告におけるRipplingの主張は妥当に思える。しかし、停止命令では「Gustoの顧客には従業員数が100名を超える企業が複数あり、特定規模の事業がそのプラットフォームの許容度を超えるとは言っていない」と述べられている。

TechCrunchに提供された社員向けの電子メールに、RipplingのCMO、Matt Epstein(マット・エプスタイン)氏は「法的要求は真摯に受け止めますが、失笑を禁じ得ません。Gustoはそのウェブサイト全体で、スモールビジネスにフォーカスすると言っているのです」と書いていた。

そこで、Gustoを法廷に引っ張り出したり、Clear Channel Outdoorに広告看板を取り下げるようつげる代わりに、コンラッド氏とRipplingは小洒落た手に出た。停止命令にシェークスピア張りの弱強五歩格の韻文で返答したのだ。

Our billboard struck a nerve, it seems. And so you phoned your legal teams,
(我らが広告が気に触り、あなたは弁護士に電話した)
who started shouting, “Cease!” “Desist!” and other threats too long to list.
(彼らは叫んだ。停止だ! 差し止めだ! その他おびただしい脅しの言葉を)

Your brand is known for being chill. So this just seems like overkill.
(あなたのブランドは穏やかさが定評。なればこれは少しやりすぎ)
But since you think we’ve been unfair, we’d really like to clear the air.
(だが我らを不当とお考えのようなので、誤解を解きたく存じます)

Ripplingの顧問弁護士Vanessa Wo(バネッサ・ウー)氏は書簡をしたため、「Gustoが規模の拡大を目指していたとき、私たちはあなたがたが既製品に頼るのを見ていました。あなたがたのソフトウェアは力不足だった。そこでWorkdayに助けを求めざるを得なかった」と、Gustoの人事ツールでは100人を超える従業員には対応できず、大きな業務用ソフトウェア企業に頼ることになったことを示唆した。この書簡は、Gustoに停止命令を取り下げ、意味のある競争をしようと暗に提案して締めくくっている。

So Gusto, do not fear our sign. Our mission and our goals align.
(さすればGustoよ、我らが広告に恐れることなかれ。我らが使命と目標は同じ)
Let’s keep this conflict dignified—and let the customers decide.
(不毛な争いは止めて、消費者の選択に任せよう)

RipplingのCMOマット・エプスタイン氏は「あちら側の人たちは競争を不快なものと考えているようですが、企業が切磋琢磨すれば消費者が得をするのです。この愉快な詩が、言い争いを土に戻し、市場に競争が起きることを期待しています」と私に話している。

Gustoの停止命令に返したRipplingの韻文Josh Constine提供。

Ripplingは、この顛末はすべてが滑稽な笑い種だと思っているかもしれないが、これは少々時代錯誤の受け狙いに見える。エミネムの「8マイル」での気迫に満ちたライムとはほど遠い。本当に消費者の選択に任せたいのなら、停止命令を受け入れて次に進むか、広告を一切取りやめる方法もあったはずだ。広告看板は他にもまだ4つあり、それらは競争相手を非難する内容にはなっていない。とはいえ、その広告看板を下ろさせようとするGustoも狭量だ。それに、大規模なチームに対応する準備ができていないことを隠している。

我々は、先週末と17日、停止命令を取り下げる気はないか、Ripplingによるバスの広告も停止させるのか、本当に内部でWorkdayを使っているのかについてGustoにコメントを求めた。

Gustoの広報担当Paul Loeffler(ポール・ローフラー)氏は、「これはブランドを維持するための通常の業務」だと語った。そしてGustoについては「中心はスモールビジネスですが、そこに特化しているわけではありません」と話した。そして「Gusto自身が大企業に成長するに従い、私たちの多くの顧客とは別のニーズが生まれ、Workdayに移行したのです」と認めた。

最後に彼は「私たちは、より多くの企業が新しいソリューションを生み出し、企業による従業員のケアと支援がより簡単になることをとてもうれしく思っています」と明言した。そのひとつを訴えたにも関わらずだ。もしGusto自身がGustoを超えて成長したのなら、広告が顧客に訴えている内容も、まったく事実だと言える。

Gustoは5億1600万ドル(約566億円)を調達している。Ripplingの調達額の10倍だ。ならば、Ripplingよりも多くの広告費を使えるし、どんなに顧客企業の従業員が増えても対応できる人事ツールを開発できるのではないかと思われるだろう。GustoもRipplingもYコンビネーターの出身で、クレイナー・パーキンスがメインの投資企業になっている(利益相反か?)。そのため、彼らにはまだ矛を収めるチャンスがある。

少なくともこの2つの企業は、先週末の間、人事業界を楽しませてくれた。

[原文へ]
(翻訳:金井哲夫)

「リスクを恐れてはダメ、とにかくチャレンジすべき」 Gusto共同創業者が語った事業成長の秘訣

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2016年11月17日から18日にかけて、東京・渋谷で開催されたTechCrunch Tokyo 2016。18日の午後には、給与支払い業務を始めとするクラウドベースの人事サービス「Gusto」を手がけるGusto共同創業者でCTOのEdward Kim(エドワード・キム、以下キム)氏を迎え、5000万ドル(52億円)を調達するまでの道のり、そして起業家へのアドバイスを語った。

「Why not me? (オレにだって)」という気持ちで起業の道へ

ドイツの自動車メーカー「フォルクスワーゲン」の研究所で、エレクトリカルエンジニアリングのエンジニアとしてキャリアをスタートさせたキム氏。順調にエンジニアのキャリアを積んでいた彼が、起業を志すようになったのは2007年。Y Combinatorが主催しているStartup Schoolに参加したことがきっかけだ。

同世代の起業家が事業をセルアウト(売却)して、数億円という大金を手にする。そんな姿を見て、「Why not me ? 」——自分にだってできるかもしれない——と考えるようになったという。

その1年後、2008年にキム氏はWiFiデジタルフォトフレームを製造・販売するスタートアップ「Picwing」を立ち上げる。ガレージの中で一つひとつ手作りでWiFiデジタルフォトフレームを作っていたのだが、途中でキム氏はハードウェアの難しさを痛感することになる。

「ハードウェアのスタートアップは物理的に大変。資本もないので、製造ラインをつくることもできない。この事業を続けていくことは難しいと思いました」(キム氏)

また経済環境の悪化もPicwingにとって大きな壁となった。2008年はリーマン・ブラザーズの経営破綻に端を発した“リーマンショック”が起きた年。資金繰りも上手くいかず、事業は立ち行かなくなってしまう。そんなキム氏に追い打ちをかけるかのように、トラブルが発生した。

ガレージでWiFiデジタルフォトフレームを組み立てているとき、工作機械のドリルを落とし、腕に穴が空いてしまった。すぐさま病院に運ばれ、手術を受けることができたのだが、キム氏はこの出来事を契機に、事業のピボットを決意したという。

ハードウェアの難しさを知ったキム氏は、Picwingの事業をWiFiデジタルフォトフレームから撮影した写真を紙にプリントし、毎月2回指定された宛先に写真を送ってくれるサブスクリプションサービスに転換した。

PCやモバイル向けのアプリから写真をドラッグ&ドロップするか、特定のメールアドレスへ写真を添付して送るだけという簡単な設計が、「孫の写真を祖父母に送りたい」という30〜40代の男女に大ヒット。ハードウェアを諦め、ソフトウェアの開発に注力していった結果、成功を手にすることができたのだ。会社が急成長していく中、経営者としてキム氏は様々な悩みに直面したが、そんなときに役立ったのがY Combinatorのメンターの教えだった。

「定期的にパートナーと会えるのが、Y Combinatorの良さだと思います。会社が大きくなっていくと、様々な問題が発生するのですが、メンタリング中にメンターの人から『いい問題があることを有り難いと思え』と言ってもらえたんです。成長する中で発生する悩みは、いい悩みだから、悩まなくていいと。これはすごく自分の助けになりました」(キム氏)

そして2011年、キム氏は100万ドル弱でPicwingの事業を売却した。

TechCrunch Japan編集長の西村賢(左)とGusto共同創業者でCTOのEdward Kim氏(右)

モデレーターを務めたTechCrunch Japan編集長の西村賢(左)とGusto共同創業者でCTOのEdward Kim氏(右)

お金はたくさん入ってきたけど、退屈になってしまった

起業から3年後、キム氏は経営者として初めてエグジットを経験したわけだが、彼の挑戦は止まらない。Androidアプリの開発に興味を持ったキム氏は、2度目の起業に挑戦することを決めた。立ち上げた事業は、クラウド上で複数のAndroid実機を使ったテストができるサービス「HandsetCloud.com」だ。

当時、iOSに遅れをとっていたAndroid。ディベロッパーを対象とした、Androidアプリのテストサービスは市場的にも求められているものということはキム氏自身も感じとっていた。開発者だったこともあり、サービスの立ち上げにそれほど時間はかからなかった。

ユーザーの反応を確かめるべく、早速HandsetCloud.comを公開してみると、多くのディベロッパーをサービスを使ってくれて、見る見るうちに事業は成長。あっという間に年間100万ドル(1.1億円)の売上を上げるほどの規模になった。

しかし、キム氏は自分のやっていることに違和感を覚え始める。

「多くの人たちにHandsetCloud.comを使ってもらえて、お金はたくさん入ってきたんですけど、退屈だなと思いました。これをずっと続けても、先が見えているなと」(キム氏)

そう思ったキム氏は、事業の売却を決意。具体的な金額は明示されなかったが、200〜300万ドル程度で事業を売却。2度目のエグジットを経験することになった。

旧来の給与支払いサービスは高くて、使いづらい

2社の売却を経験したキム氏が、次に目をつけたのが給与支払い業務だった。アメリカに個人経営の中小企業がたくさんあるのだが、その多くが給与の支払いに関して問題を抱えていた。そこを解決すべく、キム氏が2011年に立ち上げたのがGusto(当時はZenPayroll)だ。

もちろん、Gustoが登場するまでにも給与支払いの業務をウェブで一元管理できるようにするサービスはいくつかあったが、そのどれもが利用料金が高く、中小企業にとっては使いづらいものだった。そんな状況を踏まえ、Gustoは中小企業が気軽に使えるよう、利用料金を低く設定。

「アメリカのは50もの州があるので、それだけ多くのビジネスチャンスがある。ただ、いきなり全ての州に対応するのではなく、カリフォルニアからサービスを開始し、少しずつ利用可能な州を増やしていきました」(キム氏)

Gustoは利用企業数の増加に合わせるかのように、サービスも拡大。最初は給与支払いのみだったが、休暇申請や401K、保険業務にも対応するようになっていった。こうしてGustoの創業から4年後、5000万ドル(52億円)を調達するユニコーン企業となった。

2度のエグジットを経験し、3社目はユニコーン企業となったキム氏から、イベントの最後、起業を志す人たちに向けてメッセージが送られた。

「何かアイデアがある、夢がある、世の中にないものを提供していきたいと思っているなら、リスクをとることを恐れずにチャレンジしてほしい。もし失敗したら、どこかの社員になればいいだけ。やってみなければ分からないことは世の中にたくさんある」(キム氏)

そして、スタートアップを成功させるための秘訣も語ってくれた。

「スタートアップの成功指標は、強い決意をもった創業者がいるか否か。事業を創っていく過程で、もちろんツラいこともあるし、もうダメだと思うこともある。ただ、創業者が強い決意を持っていれば、周りの環境がどうであれ必ず前に進んでいってくれるはずです」(キム氏)