インタビュー:ジェイソン・カラカニスがエンジェル投資を勧める理由

 Uberの投資家として大成功を収めたジェイソン・カラカニスが著書『エンジェル投資家』の邦訳出版を機に来日している。カラカニスにインタビューする機会があったので紹介してみたい(写真はジェイソン・カラカニスと企画から編集まで出版を担当した日経BPの中川ヒロミ部長)

カラカニスは無名のスタートアップだったUberにシード資金を投資した。その後Uberは世界的大企業に成長した。カラカニスは他にもいくつかのホームランを打ちポートフォリオの価値は数億ドルとなり、アメリカでもトップ5に入るエンジェル投資家となった。その経験をベースにエンジェル投資の秘訣を率直に書いた『エンジェル投資家』をTechCrunchの同僚、高橋氏と共訳する機会があった(7月にTechCrunchでも書評かたがた紹介している)。

ジェイソン・カラカニスは2003年というインターネット普及の最初期にWeblogs, Incを立ち上げ、AOL(TechCrunchの親会社であるOathの前身)に売却することに成功して一躍シリコンバレーの著名人になった。インターネットで記事を発表することは当時ウェブ・ログと呼ばれており、その短縮形がブログとなったという経緯がある。つまりカラカニスは現在のブログ文化のパイオニアの一人だ。また2007年にはTechCrunchのファウンダー、マイケル・アリントンと共同でDisruptの前身となるカンファレンスを立ち上げている。

『エンジェル投資家』はデイブ・ゴールドバーグに捧げられている。ゴールドバーグがSurvey MonkyのCEOとして来日したときTechCrunchでインタビューしたことがあり、急死したと聞いて残念に思っていた。カラカニスはゴールドバーグとは親しく、夜遅くまでテーブルを囲むポーカー仲間だったという。「自分を差し置いてまずみんなのこと、世の中に役立つことを考える人間だった。本当に惜しい」と語った。

カラカニスによればファウンダーに求められるもっとも重要な資質は「目的意識」だという。自分がやり遂げたい明確な目的を持っているのでなければスタートアップというつらい仕事を続けることはできない。「金儲けが目的ならもっと割のいい仕事がいくらでもある。だから金が目的のファウンダーは途中で投げ出してしまう。私はそういう相手には投資しない」という。

 

「やり遂げたい目的があるのとないのではこれほどの差が出る」

女性として初めて名門ベンチャーキャピタルのパートナーとなったサイアン・バニスターの記事を翻訳したところだったのでその話になった。「サイアンとはいつ会ったか忘れてしまった。そのぐらい昔からの知り合いだ」という。バニスターは高校中退の女性で大学に行ったことがない。「学歴はある程度重要だ。スタンフォードとかハーバードとかに入ったと聞けばそれだけの努力ができたのだとわかる。しかし学歴や職歴など経歴の重要性は薄れている。どんな経歴かより何をやったかが重要だ」という。

2010年にカラカニスが主催した小さなフォーラムでトラビス・カラニックを紹介され、カラカニスとともにトラビスのスタートアップにエンジェル投資したのがバニスターの投資家としての地位を築いたという。その後も着実に投資を続け、現在では独立のエンジェル投資家から名門ベンチャーキャピタルのパートナーに転じている。一方、カラカニスがエンジェル投資家を続けている理由は「自分で全部決められるからだ」という。

最近シリコンバレーでは「指先から取った一滴の血でたくさんの病気が検査できる」という触れ込みで大企業になったもののすべて捏造だと判明したTheranosとそのファウンダーのエリザベス・ホームズが話題になっている。カラカニスは「テクノロジーの中身を見せずに投資しろなんていう話はまっぴらだ」という。

さきほどの学歴の話と関係してくるが、同じスタートアップでもプログラミングで作れるアプリやサービスとハードウェアではだいぶ違う。ましてバイオや医療はまったく別の話だ。ビル・ゲイツもマーク・ザッカーバーグもハーバードのドロップアウトですばらしいプログラムを書き成功の一歩を踏み出した。しかしバイオ、医療となると長期にわたる専門教育と研究開発に携わる期間がどうしても必要だ。大学を1年でドロップアウトして医療機器なんか作れるものではない。投資家はファウンダーが何を作ろうとしているのか十分注意を払う必要がある。 

著名なベンチャーキャピタリストでDFJのファウンディング・パートナーのティム・ドレイパーがシード資金を提供したことでエリザベス・ホームズは信用を得て大がかりな詐欺が可能になった。その点について責任があるのではないかと尋ねると―

ベンチャー投資家は投資先のファウンダーを大切にしなければならない。それに家族や友達を大切にする必要がある。ドレイパーはエリザベス・ホームズの父親と友だちで娘同士も親友だった。ドレイパーは両方の理由でエリザベス・ホームズをかばおうとしたのだと思う。結果として難しい立場になったが。

と答えた。カラカニスはまだクレイモデルもろくにできてに最初のTeslaを買ってイーロン・マスクを助けたことで有名だが、最近マスクが苦境に陥っていても「必ず切り抜ける。そういう男だ」という。ドライなニューヨーカーのようにみえて日本人的な義理人情を重んじる男のようだ。最後にTechCrunchの読者に一言求めると、こう語った。

世界を良い方に変えていくのは国家でもNPOでも口先だけの評論家でもない。資本主義はとかく非難される。ゲイツ、ベゾス、マスクらが金を儲けすぎだというのだ。しかし私はそうは思わない。 彼らは病気や貧困の追放、宇宙旅行の実現など人類に役立つ目的に向けて儲けた金を賢明に使っている。資本主義は人間の創造性を最大限に発揮させる場だと思う。起業家には世界を良い方向に変えるという強い目的意識とビジネスを成功させるインセンティブがあるからだ。しかしスタートアップを立ち上げるのは簡単ではない。たいへんな仕事だ。ファウンダーは支援を必要とする。いくら良いアイディアがあっても最初のひと押しとなる資金がなければ埋もれてしまう。だからぜひともリスクを取って彼らをサポートして欲しい。

カラカニスは「エンジェル投資家」で「たとえ自分にまとまった資金がなくてもエンジェル投資家になる方法ある」としていくつもの方法を詳しく説明していた。このあたりはぜひ本で読んでいただきたい。余談だが、日本茶の喫茶店の奥にある個室という一方変わった場所がインタビュー会場だったが、カラカニスは「きみは何がいい? グリーンティーか? アイスかホットか? ではアイス・グリーンティーを3つだ」とたちまち場を仕切ってしまった。なるほど大型ベンチャーキャピタルのような整然とした組織のパートナーになって会議で同僚に投資先についてプレゼンしたりするのは向かないのかもしれないと納得した。

なお、カラカニスは今週木曜(9月20日)に渋谷ヒカリエで開催されるTech In Asiaカンファレンスに登壇する予定。

滑川海彦@Facebook Google+

書評:『エンジェル投資家 』――Uberで場外満塁ホームランのジェイソン・カラカニスが投資の極意を説く

TechCrunch翻訳チームの同僚、高橋信夫さんとジェイソン・カラカニス(Jason Calacanis)の『エンジェル投資家』を翻訳したので書評かたがたご紹介したい。

ジェイソン・マッケイブ・カラカニスはUberが誰も知らないスタートアップだったときに2万5000ドルを投資した。それが今年は3億6000万ドルの評価額となったことで、多少のことには驚かないシリコンバレーもショックを受けているらしい。

この本を読んでいると知らず知らず自分もエンジェル投資家として起業の修羅場に出ているような気分になる。この迫力、説得力はジェイソン・カラカニスというベンチャー投資家として異色の人物の経歴と分かちがたいように思う。

ジェイソンはもともとインターネットのセレブだったが、初期のTechCrunchともいろいろ縁があった。2003年というインターネットの最初期にブログの将来性をいち早く認めてWeblogs. Incというスタートアップを立ち上げ、後にAOL(現在のTechCrunchの親会社でもある)に売却することに成功した。Weblogsという社名が時代を感じさせる。当時ウェブメディアはウェブログと呼ばれており、ブログはその短縮形として生まれた。ちなみにTechCrunchの姉妹ブログ、EngadgetもWeblogs出身だ。

ジェイソンはその後TechCrunchのファウンダー、マイケル・アリントンと共同でスタートアップによるプレゼンを中心とするカンファレンスを立ち上げた。これが現在のDisrupt SFの前身となる。

最初のカンファレンスはサンフランシスコのプラザホテルのボールルームで開催された。今から考えるとずいぶんこじんまりした会場だったが、当時のTechCrunchはまだ知名度の低いブログだったので取材してその盛況に驚いた。ジェイソンと初めて会ったのはこの時で、小柄ながら全身からエネルギーを発散して会場を仕切っていた(右写真)。

その後マイクと意見の相違があったらしくTechCrunchカンファレンスからは離れ、ロサンゼルス近郊に移ってMahaloという人力検索エンジンを立ち上げた。このコンセプトは今のQuoraに近いものでこれも先見の明があったと思うが、大ブレークするというところまではいかなかった。その後、最初期のスタートアップに少額の資金を提供する投資家になったと聞いたものの、当時ははっきり言ってその意味をあまりよく理解できていなかった。

ところがUberがアラジンの壜から出た魔神のようにあっという間に世界的大企業に成長するにつれ、ジェイソンがその最初期の投資家の1人だと聞くようになった。しかし翻訳にあたってAngel: How to Invest in Technology Startups(『エンジェル投資家』の原題)を読んで決して順風満帆でそこまで来たわけではないことを知った。

アメリカで成功した起業家はシアトルの有力弁護士の息子のビル・ゲイツ、大学教授の息子のラリー・ペイジとサーゲイ・ブリンなど上層中産階級出身が多い。マーク・ザッカーバーグもニューヨーク近郊の流行っている歯科医の家庭に生まれた。それにこの全員がハーバード、スタンフォードに行っている。ところがジェイソンはほとんど無一物からの叩き上げだった。

『エンジェル投資家』でジェイソンは「大学の夜学に通うために地下鉄に乗るときポケットには2ドルしかないのが普通だった」と書いている。ギリシャ系(カラカニス)の父はブルックリンでバーを経営していたが破産して差し押さえを受け、アイルランド系(マッケイブ)の母が看護師の仕事でなんとか一家を支えたという。

貧しい家に生まれ名門大学の出身者でもないジェイソンがどうやってIT投資で1万倍ものリターンを得るような成功を収めたのかといえば、本人も書いているとおり強運という要素があるだろう。エンジェル投資はいつもそんなにうまくいくとは限らない。しかしうまくいくこともあるというのはジェイソンが実証しているし、いわゆる「確実な投資」にも投資であるかぎり必ず大きなリスクが潜んでいるのは最近のニュースでもよくわかる。ジェイソンによれば、「当たり前のナンバーズくじでは7桁の数字を当てなければならないがこの本の方式によって投資するなら2つの数字を当てるだけでいい」という。

その正しいエンジェル投資のノウハウを解説するのがこの本のメインの目的だ。執筆の動機はスタートアップ・エコシステムの発展のためにエンジェル投資が不可欠の要素であり、具体的な役割やノウハウを広く知ってもらう必要があると考えたからだという。主としてアメリカの読者を想定しているのでそのまま日本の事情に移しかえるのが難しい点もある(「最大のチャンスはシリコンバレーにある」など)が、スタートアップを成功させる秘密を投資家、起業家両方の立場から非常にわかりやすく説明している。ベンチャー投資特有の用語についてもそのつど意味を書いているのでその面の予備知識はあまり必要ないだろう。

 

ただ「スタートアップ」だけはあまりに当たり前なコンセプトだったと見えて初出で定義していない(「スケーリング」を説明するところで触れている)。TechCrunchのほとんどの読者にはこれで違和感ないと思うが、一般読者にはまだ馴染みの薄い言葉だったかもしれない。逆に本書で「スタートアップ」というコンセプトとその必要性が広く認識されるきっかけになればいいと思う。

本書は32章に分かれており、それぞれ内容を要約するタイトルが付されている。章立てはおおむね、エンジェル投資の概要とメリット、実際の業務のノウハウ、注意すべき点、エグジット(現金化)、といった順序だ。ただし章は並列的なので読者は興味がある部分から読み始めることができる。

本書には日本を代表するベンチャー投資家の1人、孫泰蔵氏が序文を寄せている。たいへん率直かつ的確な内容紹介だと思うのでぜひご一読いただきたい。

ちなみにジェイソンは何度か来日している。左の写真は宝くじ売り場の招き猫の前でおどけているところ。左手を挙げている招き猫は「人を招く」縁起物だそうだ。ジェイソンはこの本で「私はどんなプロダクトが成功しそうかなどまったくわからないのだと気づいた。私は成功しそうだと思う人間に投資することにした」と書いているが、Uberを引き寄せたのは日本の招き猫の力もあったかもしれない。

エンジェル投資家 リスクを大胆に取り巨額のリターンを得る人は何を見抜くのか』(日経BP刊)は通常版に加えてKindle版も提供される。

画像:Umihiko Namekawa