書評:『エンジェル投資家 』――Uberで場外満塁ホームランのジェイソン・カラカニスが投資の極意を説く

TechCrunch翻訳チームの同僚、高橋信夫さんとジェイソン・カラカニス(Jason Calacanis)の『エンジェル投資家』を翻訳したので書評かたがたご紹介したい。

ジェイソン・マッケイブ・カラカニスはUberが誰も知らないスタートアップだったときに2万5000ドルを投資した。それが今年は3億6000万ドルの評価額となったことで、多少のことには驚かないシリコンバレーもショックを受けているらしい。

この本を読んでいると知らず知らず自分もエンジェル投資家として起業の修羅場に出ているような気分になる。この迫力、説得力はジェイソン・カラカニスというベンチャー投資家として異色の人物の経歴と分かちがたいように思う。

ジェイソンはもともとインターネットのセレブだったが、初期のTechCrunchともいろいろ縁があった。2003年というインターネットの最初期にブログの将来性をいち早く認めてWeblogs. Incというスタートアップを立ち上げ、後にAOL(現在のTechCrunchの親会社でもある)に売却することに成功した。Weblogsという社名が時代を感じさせる。当時ウェブメディアはウェブログと呼ばれており、ブログはその短縮形として生まれた。ちなみにTechCrunchの姉妹ブログ、EngadgetもWeblogs出身だ。

ジェイソンはその後TechCrunchのファウンダー、マイケル・アリントンと共同でスタートアップによるプレゼンを中心とするカンファレンスを立ち上げた。これが現在のDisrupt SFの前身となる。

最初のカンファレンスはサンフランシスコのプラザホテルのボールルームで開催された。今から考えるとずいぶんこじんまりした会場だったが、当時のTechCrunchはまだ知名度の低いブログだったので取材してその盛況に驚いた。ジェイソンと初めて会ったのはこの時で、小柄ながら全身からエネルギーを発散して会場を仕切っていた(右写真)。

その後マイクと意見の相違があったらしくTechCrunchカンファレンスからは離れ、ロサンゼルス近郊に移ってMahaloという人力検索エンジンを立ち上げた。このコンセプトは今のQuoraに近いものでこれも先見の明があったと思うが、大ブレークするというところまではいかなかった。その後、最初期のスタートアップに少額の資金を提供する投資家になったと聞いたものの、当時ははっきり言ってその意味をあまりよく理解できていなかった。

ところがUberがアラジンの壜から出た魔神のようにあっという間に世界的大企業に成長するにつれ、ジェイソンがその最初期の投資家の1人だと聞くようになった。しかし翻訳にあたってAngel: How to Invest in Technology Startups(『エンジェル投資家』の原題)を読んで決して順風満帆でそこまで来たわけではないことを知った。

アメリカで成功した起業家はシアトルの有力弁護士の息子のビル・ゲイツ、大学教授の息子のラリー・ペイジとサーゲイ・ブリンなど上層中産階級出身が多い。マーク・ザッカーバーグもニューヨーク近郊の流行っている歯科医の家庭に生まれた。それにこの全員がハーバード、スタンフォードに行っている。ところがジェイソンはほとんど無一物からの叩き上げだった。

『エンジェル投資家』でジェイソンは「大学の夜学に通うために地下鉄に乗るときポケットには2ドルしかないのが普通だった」と書いている。ギリシャ系(カラカニス)の父はブルックリンでバーを経営していたが破産して差し押さえを受け、アイルランド系(マッケイブ)の母が看護師の仕事でなんとか一家を支えたという。

貧しい家に生まれ名門大学の出身者でもないジェイソンがどうやってIT投資で1万倍ものリターンを得るような成功を収めたのかといえば、本人も書いているとおり強運という要素があるだろう。エンジェル投資はいつもそんなにうまくいくとは限らない。しかしうまくいくこともあるというのはジェイソンが実証しているし、いわゆる「確実な投資」にも投資であるかぎり必ず大きなリスクが潜んでいるのは最近のニュースでもよくわかる。ジェイソンによれば、「当たり前のナンバーズくじでは7桁の数字を当てなければならないがこの本の方式によって投資するなら2つの数字を当てるだけでいい」という。

その正しいエンジェル投資のノウハウを解説するのがこの本のメインの目的だ。執筆の動機はスタートアップ・エコシステムの発展のためにエンジェル投資が不可欠の要素であり、具体的な役割やノウハウを広く知ってもらう必要があると考えたからだという。主としてアメリカの読者を想定しているのでそのまま日本の事情に移しかえるのが難しい点もある(「最大のチャンスはシリコンバレーにある」など)が、スタートアップを成功させる秘密を投資家、起業家両方の立場から非常にわかりやすく説明している。ベンチャー投資特有の用語についてもそのつど意味を書いているのでその面の予備知識はあまり必要ないだろう。

 

ただ「スタートアップ」だけはあまりに当たり前なコンセプトだったと見えて初出で定義していない(「スケーリング」を説明するところで触れている)。TechCrunchのほとんどの読者にはこれで違和感ないと思うが、一般読者にはまだ馴染みの薄い言葉だったかもしれない。逆に本書で「スタートアップ」というコンセプトとその必要性が広く認識されるきっかけになればいいと思う。

本書は32章に分かれており、それぞれ内容を要約するタイトルが付されている。章立てはおおむね、エンジェル投資の概要とメリット、実際の業務のノウハウ、注意すべき点、エグジット(現金化)、といった順序だ。ただし章は並列的なので読者は興味がある部分から読み始めることができる。

本書には日本を代表するベンチャー投資家の1人、孫泰蔵氏が序文を寄せている。たいへん率直かつ的確な内容紹介だと思うのでぜひご一読いただきたい。

ちなみにジェイソンは何度か来日している。左の写真は宝くじ売り場の招き猫の前でおどけているところ。左手を挙げている招き猫は「人を招く」縁起物だそうだ。ジェイソンはこの本で「私はどんなプロダクトが成功しそうかなどまったくわからないのだと気づいた。私は成功しそうだと思う人間に投資することにした」と書いているが、Uberを引き寄せたのは日本の招き猫の力もあったかもしれない。

エンジェル投資家 リスクを大胆に取り巨額のリターンを得る人は何を見抜くのか』(日経BP刊)は通常版に加えてKindle版も提供される。

画像:Umihiko Namekawa

インドア農業にデータ分析と営農アドバイスを提供するAgrilystがシードで$1Mを調達

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Disrupt SF 2015のBattlefieldで優勝したAgrilystが今日(米国時間5/11)、インドア農業に同社が提供する分析サービスの育成のために100万ドルのシード資金を獲得したことを発表した。

ラウンドをリードしたのはBrooklyn Bridge Venturesで、これにMetamorphic Venturesやそのほかのエンジェル投資家とシードファンドが参加した。その中には、同じくBattlefieldでデビューし、のちにFacebookが買収したQuickFireの創業者たちもいる。

Agrilystの協同ファウンダーAllison Kopfによると、この投資ラウンドは投資希望者の数が予定より多すぎた。それだけの関心が集まった原因は、彼女によると、関心はあるけど彼らがよく知らない農業という分野と、従来からあるSaaSのビジネスモデルおよびデータ分析の両者が、組み合わさっているからだ。

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創業からほぼ1年になる同社は、現在の社員数が6名だ。昨年のDisrupt SFでデビューしたときには、やっとプロダクトのベータバージョンが完成した段階だった。

しかし今の同社はサービスの新しいバージョンを立ち上げるまでに成長し、その新サービスはとくに、野菜の生産向けに最適化されている。

またこのサービスには今ではワークフロー管理ツールや、在庫管理、作物の栄養管理と病疫や害虫管理の機能もある。今度のニューバージョンには、農業経営者が新規採用者を教育訓練するための機能もある。

ベータのときも今も、Agrilystはデータを利用してインドア農業の経営者に、営農管理の最適手法を勧奨する。今後は、作物をよりおいしくするための推奨事項も提供していきたい、という。

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Kopfによると、インドア農家の多くがまだセンサーを使っていない。使っている農家でも、そのデータは彼らのデスクトップにローカルにたまっていくだけで、オンラインへ行かない。でもAgrilystに任せれば、スプレッドシートのデータでも十分利用価値があるのだ。

しかし状況は徐々に変わりつつあり、Agrilystは今ではインドア農業でよく使われているセンサーシステムからのデータも利用している(CO2や土壌水分など)。でもまだ、データ入力の多くは手作業で行われている。しかしAgrilyst自身は、ハードウェア企業になるつもりはなく、むしろできるだけ多くのサードパーティ製センサーをサポートしていきたい、という。

Kopfによると、同社がローンチしたときは、マリファナ関連の企業だと思われたくなかったが、しかし蓋を開けてみると、今インドア農業で急速に成長しているのが、マリファナの栽培なのだ。そこで7月以降は、Agrilystはマリファナの栽培農家もサポートしていく。

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[原文へ]
(翻訳:iwatani(a.k.a. hiwa))

創業期のスタートアップとエンジェル投資家を結ぶ「Tokyo Angel Network」、ANRIが立ち上げ

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独立系ベンチャーキャピタルのANRIが、創業前後のスタートアップとエンジェル投資家のマッチング支援に乗り出した。2月3日より「Tokyo Angel Network」を立ち上げる。まずはGoogle Docs上で、スタートアップがエンジェルに対して事業や資本政策のメンタリングを希望するスタートアップを募る。

Tokyo Angel Networkに参加するエンジェル投資家は川田尚吾氏(ディー・エヌ・エー共同創業者)、木村新司氏(グノシー・アトランティス創業者)、山田進太郎氏(メルカリ・ウノウ創業者)、笹森良氏(フンザ創業者)、赤坂優氏(エウレカ創業者)、佐藤裕介氏(フリークアウト・イグニス創業者)、中川綾太郎氏(ペロリ創業者)の7人。応募するスタートアップの事業プラン対してANRIがスクリーニングを実施。一定基準(具体的には公開していないが、市場性や実現性、起業家の熱意といった話だろう)を満たしたスタートアップをエンジェルに紹介するという。ただしANRIはあくまでプラットフォームを運営するという位置付けになっており、応募するスタートアップへの投資の権利や義務を持たない。

このネットワーク、あくまでメンタリングのためのマッチングであり、それ以上の内容はうたっていない。だが、ここでエンジェルと話す機会を得てコミュニケーションをとることがきっかけとなって、将来的に投資や支援に繋がる可能性は決して低くないだろう。

VCとエンジェルで担えることは違う

ANRI代表パートナーの佐俣アンリ氏いわく、エンジェル投資をめぐる課題として、「スタートアップは良いエンジェルへのアクセス方法がない、一方でエンジェルはスタートアップからたくさんの連絡が来てしまうのが困る」ということがあるのだという。エンジェルへのアクセスがないゆえにシードVCからの調達を受けたあとにエンジェル投資を受ける、なんていうケースも少なくないそうだ。

日本でエンジェル投資家による出資といえば、数百万円程度というケースが少なくないので、シードファイナンスでバリュエーションが上がった後になると、エンジェルの持てる株式は非常に少なくなる。以前にも触れたが、そもそもエンジェル投資というのは「リターンありき」という話ではなく「スタートアップへの還元」という意味合いがある。なので持てる株式の割合がすべてではないのだが、それでもエンジェルこそが最初にスタートアップを支援すべき、というのがTokyo Angel Networkの考えだ。

「VCが担えることと、エンジェルが担えることは違う」と佐俣氏は語る。もちろんVCにはいろいろなバックグラウンドの人物がいるが、同氏は「僕は起業家出身ではないので、メンタルやチームの雰囲気について言ってあげるようなことしかできない」と自らについて語った上で、「例えばSEOの話なんかは3カ月でトレンドが変わる話。であれば現役でその領域を見ているエンジェルに力を貸してもらうのが一番いい。またイグジットして少し経った起業家したエンジェルなら、現役とは違う、達観したアドバイスもできる。何より尊敬している人のお金を預かることにこそ責任感と自信になるのではないか」とした。

米国ではAngel Listのようなエンジェル投資家のマッチングプラットフォームがある。もちろん日本では法律やエンジェルの数も違うので(そもそもこの数年で自らのスタートアップをイグジットさせた起業家が増えたことで、やっとエンジェルに関する話題も出てきたのではないか)そのまま持ってくるというわけにもいかないのだろうが、Tokyo Angel Networkも将来的にはそういったプラットフォームを目指すとしている。

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Josh McGinn

結果がすべてを癒やす——イグジットした起業家がエンジェル投資をする意義とは

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昨日僕は、イグジットした起業家の投資に関わる記事を書いた。そして記事の公開後、あらためて起業家兼エンジェルを中心に、多くのスタートアップ業界関係者とその内容の是非について話をすることになり、起業家の本業とエンジェル投資のあり方についてもさまざま意見を聞くことができた。元記事で説明しきれなかった話ともあわせて、ここで整理して紹介したい。

やはり「本業ありき」ではないか

特定の企業を指しての話ではないという前提で、あらためて言うと、一度イグジットした起業家が(代表を続ける、M&Aであればロックアップが外れるまで事業を担当するという意味で)責任を持つ限りは、まず本業に注力することが重要だと思っている。M&AであろうがIPOであろうがKPIや業績を伸ばさないといけないし、IPOしたなら株価の維持・向上を目指さないといけない。

もちろん例外的な話を挙げればキリはないだろう。例えばM&Aの場合、売却先と求めているゴールが——内的要因であれ、自分たちでコントロールできないような外的要因であれ——ズレてしまうというケースもあると聞く。そういった話はあっても、基本的には本業ありきだ。買収先も、市場の投資家も、スタートアップの現状だけでなく未来を期待して彼らを買うのが市場の原理ではないだろうか。

本業で最終的な結果を出してから投資をしないと…なんて厳密なことを言うつもりはない。でも本業が厳しい状況で起業家がエンジェル投資に注力しているなんて話を聞けば、買い手がどう見るか、どう考えるかを意識する必要があるのは当然ではないか、ということだ(あとは、取締役会などを通じた社内との合意形成なんかも大事かもしれない)。

成功者がリスクマネーを出す意味は大きい

その話とは別に、成功者が挑戦者に対してリスクマネーや知恵を提供することは本当に価値があると思っている。いくらVCや投資を受けた事業会社の担当者が相談に乗ったところで、起業家同士でないと共有できない悩みやトラブルだってある。エンジェル投資をする側の起業家は「投資することが自分の知見になる」と語っていた。投資する側にとっても情報収集や思考の整理、業界のリサーチなど、自身の学びになるということは大きい。

また成功者、すなわちイグジットした起業家というのは、自分たちがリスクマネーを得て成功しているわけだ。ある起業家は「そんな(リスクマネーを得て成功した)人間が自分の興味がある分野にリスクマネーを提供しないでどうするのか」と語った。玉石混交のエンジェル投資は、リターンを求めると決して効率がいい投資とは言えない。だけれども成功者は、若きスタートアップのチャレンジに興味があるから、エコシステムを回そうとするから、率先してリスクマネーを出すのだという。「もちろん本業もあるが、投資にはタイミングがある。エコシステムのことを考えれば、投資によってノウハウが回るだけでも価値になる」(ある起業家)

余談めいた話になるのだが、本業の状況に関わらずスタートアップに出資するべきという話をする中で、「キャバクラや旅行で100万円払うなら、若いスタートアップに100万円出資した方が、世の中はよくなる」と語る起業家がいた。その例え話に笑ってしまったが、内容としてはごもっともな話だ。本業ありきとは書いたが、その話とは別で、豪遊するくらいならば、是非とも若い起業家の成長を応援してほしい。ただ勘違いしないで欲しいのだけれど、別に起業家に極度の禁欲を求めている訳でもない。

シリコンバレーのスタートアップを支えるエンジェル

それこそシリコンバレーのスタートアップなら、同じようなステージのスタートアップや界隈の「ちょっとしたお金持ち」が出資することだって日本よりもはるかに多いと指摘する起業家がいた。日本のエンジェルは100〜200人、対してシリコンバレーのエンジェルは20万人とも言われている。彼らを源泉としたリスクマネー、そしてその知恵の積み重ねは、シリコンバレーのスタートアップの土台を支える1つの要素になっている。

シリコンバレーつながりで話をすれば、PayPalの成功後にTesla MotorsやSpaceXを立ち上げ、さらに投資を行うElon Musk氏、TwitterとSquareの代表を兼ねたこともあり、また投資家としても活躍するJack Dorsey氏なんていうずば抜けた存在がある。イグジット経験があるが今は本業のグロース中。そんな希代の起業家も、本業を複数持ちつつ、シリコンバレーのスタートアップエコシステムを回す存在になっている。こういった背景を踏まえれば、本業の結果というのはあくまでも原則論で、リスクマネーが流れること自体が重要だという考え方もできるだろう。

スタートアップが「内輪ごと」で終わらないために

起業家によるエンジェル投資について、数人の関係者から「(投資の事実を公開せず、)黙ってやるのが一番いい」というコメントも得た。買収先や株主の目線を意識すれば、僕はそれに堂々と賛成だとは言えない。だが、本業の苦しさで対外的に指摘を受けるくらいなら、黙ってこっそりエンジェル投資をしたほうがいいという意見には反論しにくい。

ちなみに元記事で名前を挙げた起業家兼エンジェルは、あくまで個人投資をしていることを公言している人物というだけだ。各社の本業の状況をひとくくりにして是非を問うような意図はない。名前こそ出していないが、彼らよりも積極的に投資を行っている起業家は数多くいる。

そんなことを言いながら、なぜ「本業ありき、市場の目線を意識するべき」と書いたのか。それは、この数年で成熟してきたスタートアップのエコシステムが、「ムラ」とでも呼ぶような、内輪ごとになりがちなことに、危機感とまで言わないが不安を持っているからだ。

上場企業を取材対象にする全国紙やビジネス誌の記者や証券会社をはじめとした金融業界関係者、そのほか「市場」に近い人たちと話したとき、スタートアップ界隈の「未成熟さ」についてツッコミが入ることは少なくない。元記事にもあるが、例えばIPOまわりの話で言うと、去年一昨年で上場直後の下方修正が何度あったのか? 上場承認後の取り消しがなぜ続いたのか? となる。

日本でスタートアップが時価総額数千億円、数兆円規模の会社を作るとなれば、株式市場を無視することなんてできないはずだ。なのに彼らのロジックにスタートアップの状況を当てはめると、たとえスタートアップコミュニティで評価されている会社ですら、ツッコミに反論ができないことがある。

本当に世界を変える挑戦をしている起業家がそんなことで批判されるのは、僕はもうなんというか、ものすごく悔しい。僕がスタートアップ(当時はそんな言葉はなかったけど)に初めて関わったのはちょうど10年前。10年前の1月といえばライブドアショックが起こったタイミングだ。そこからやっとここまでスタートアップのエコシステムもコミュニティもできてきたのだ。だからこそ、スタートアップ関係者には市場や世の中と、きっちり対話できるようになって欲しいと思っている。

成長が、結果がすべてを癒やす

こんな話をずっと続けていたのだけれど、最後にある起業家が語った言葉を紹介したい。たまたまなのかこの話こそが起業家の本質だからか、このあと数人の業界関係者から同じようなメッセージをもらうことになった。

「GoogleがYouTubeを買収したときも、FacebookがInstagramを買収したときも非難ごうごうだった。どこか一点(のタイミング)で切って(本業の是非について)判断をするのも難しい。ならば結局は、結果を出すしかない」

成長が、結果が、スタートアップのすべてを癒やすのだという。事業を続けていれば時には苦しい時期だってある。いや、苦しい時期ばかりかもしれない。起業家についてまわるのは、つまるところ結果に対する責任だ。苦しい時期があっても、最後にどうなったか、その結果がすべてなのだという。それならば苦しい局面において外から何を言われようが、結果に突き進むしかない。

ではそんな起業家を追いかける僕らはどうするべきか? 挑戦し続ける彼らについて、苦しいときも、結果を出したときも、そしてその先のさらなる挑戦についても、ずっと取材し、紹介していくだけだ。これからも起業家と対話し、その成長を公平な目線で追いかけて行きたい。

gumi、LINE LIVEなどの動画制作スタートアップCandeeに出資か? 国光氏が回答

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東京証券取引所一部市場への直接上場、そしてその2カ月半後の下方修正、30億円の銀行借入の“後出し”、韓国子会社での横領事件——昨年1年の動きを「gumiショック」と揶揄されたゲーム開発会社gumiだが、その周囲がまた騒がしいようだ。

1月16日号の週刊ダイヤモンドが報じたところによると、2015年2月設立のスタートアップCandeeとその子会社であるMacaron、Biscotti、コンペイトウ(いずれもお菓子から名前を取った動画制作関連のスタートアップだ)がgumiとが深く関わっているというのだ。同誌によると、gumi代表取締役社長の国光宏尚氏は、自身の父親を代表に据えてCandeeを設立。1億円超の資金調達を実施した後に父親は不可解な理由で辞任しているという。

インタビューやイベント登壇時など、ことあるごとに「時価総額8兆円企業を目指す」と語っていた国光氏だが、gumiの現状はそこから遠い状況(現在の時価総額は約210億円)。そんな中で新事業にリソースを割いているとなれば、市場の投資家は「本業がままならないままに新会社を設立して出資、新事業に挑戦するのはどういうことだ」とでも言いたくなる話だ。記事はgumiの例をもとに、ここ最近のIPO企業は玉石混交だと論じている。

gumiに限らず、株価が上場時の公開価格や初値を大きく下回る、いわゆる「上場ゴール」と批判を受けるIPO、数度に渡る下方修正の発表、果ては個人資金を用いて売上を作るようなケースもあり、玉石混交という表現はまさにその通りだ。だがここで気になったのは、やり玉に挙げられたgumiとCandeeの関係だ。その詳細についてgumi代表の国光氏に聞いた。

CandeeはLINE LIVEの番組制作などを担当

実はこのCandeeという会社、スタートアップ起業家などの間で昨年秋頃に「gumiと関係性があるのではないか」と話題になったことがある。ダイヤモンドが報じたとおりだが、当時同社について調べたところ、会社は東京・青山にあるが、代表者の名字は「国光」、住所も国光氏の出身である「兵庫県」となっていた。そこから同氏の親類であろう人物が代表を務めている可能性が高いと考えられたが、当時は事業の実態がなかったこともあり、それ以上の話題にならなかったのだ。

同社の名前を再び聞いたのは2015年12月、LINEがライブ配信サービス「LINE LIVE」をローンチしたタイミングだった。LINE LIVEでは、スタート当初から芸能人や著名人によるオリジナル番組を配信しているが、その制作パートナーとしてLINE主催の発表会で同社の名前が挙がったのだ。Candeeは現在、芸能人を起用したLINE LIVEの番組を複数制作している。

gumi国光氏「あくまで個人としての投資」

ではこのCandeeとgumi、実際にはどういった関係なのか? 国光氏は「gumiとは関係のない会社だ」と説明する。

gumi設立前は映像制作にも携わっていた国光氏、個人として動画事業には興味があるものの、まずは本業に集中しなければならない状況。そのため、もともと現在のCandee経営陣らとビジネスアイデアなどを話し合ってはいたが、自身が関わる予定はないと語る。

ではなぜ父親名義でCandeeを設立したのか? これについては「(自身の名前を出さないためではなく)とりあえず『ハコ』を作る、という目的だった」と語る。この説明には正直少し苦しいものも感じたのだが、経営チームがまとまった時点で代表を交代したのだという。なお現経営陣はエイベックス・エンタテインメントやよしもと、電通出身のエンタメに強いメンバーだという。

ちなみにCandeeの資本金は現在1億5100万円(設立時は100万円)。国光氏が個人で出資している金額については「非公開」としている。またCandeeに対してgumiや同社グループのVCであるgumi venturesは出資していないという。

「あくまでCandeeには投資家として関わっており、個人として起業家を応援している。また投資についてはgumiの役員にも合意を得た上で行っている。何よりgumiについては株価の(現状について)責任は感じているので、1日でも早く業績を回復させたいと考えている」(国光氏)

イグジット後にこそ本業に注力を

国光氏に限らず、上場やM&Aでキャッシュを得た起業家が、自分たちより若いスタートアップにエンジェルとして投資することはよくある話だ。僕たちのイベント「TechCrunch Tokyo 2015」でもコーチ・ユナイテッド代表取締役社長の有安伸宏氏、スマートフォン向けゲームなどを手がけるコロプラ取締役 Co-Founderの千葉功太郎氏がそれぞれのエンジェル投資の姿勢について語ってくれた

その他にも2015年にマザーズに上場したピクスタ代表取締役社長の古俣大介氏が縫製特化のクラウドソーシングサービス「nutte」を運営するステート・オブ・マインドに出資していたり、KDDIに買収されたnanapi代表取締役の古川健介氏(nanapiは同じくKDDI傘下のスケールアウト、ビットセラーと合併してSupershipとなり、古川氏は同社の取締役となっている)もAndroidアプリ解析などを手がけるFULLERに出資していたりする。これはあくまでプレスリリースやイベントなどを通じて正式に発表されている話の一部に過ぎず、実際は非常に多くの起業家がスタートアップへの出資を行っている。本業が赤字であっても上場益をもとに個人投資を行っている起業家だっている。

もちろん若い起業家からすれば、イグジット経験があり、(イグジットして間もないため)現場の空気を知る起業家から支援を受けられることが、資金以上の価値になることは多いだろう。スタートアップのエコシステムという観点で考えても、成功者のお金と知識が次の挑戦者に流れるという意味は非常に大きい。

だからこそ、本業に注力し、同時に市場の投資家からどう見られているかも忘れないで欲しい。冒頭の記事にあるように、スタートアップへの風当たりはまだまだ厳しい。業績のもそうだし、施策に対する不備、脇の甘さなど、外部から指摘される可能性のあることは少なくないはずだ。一度イグジットした起業家ならば、若い挑戦者への支援だけでなく、市場に、世の中に認められるような成長を続けてもらいたい。その成長の軌跡は、必ずや後に続く人たちの道になると思うからだ。

創業期の起業家が組むべきは、「高み」を知るエンジェル投資家——コロプラ千葉氏、コーチ・ユナイテッド有安氏

11月17日から18日にかけて東京・渋谷ヒカリエで開催された「TechCrunch Tokyo 2015」。初日の午後には「エンジェル投資家と日本のスタートアップエコシステム」と題したセッションが繰り広げられた。プライベートコーチサービス「cyta.jp」を運営するコーチ・ユナイテッド代表取締役社長の有安伸宏氏、スマートフォン向けゲームなどを手がけるコロプラ取締役副社長の千葉功太郎氏が、それぞれのエンジェル投資家としての活動を語った。モデレーターはTechCrunch編集部の岩本有平が務めた。

あまり語られないエンジェル投資家の実態

エンジェル投資家とは、創業まもないスタートアップへ出資を行う個人投資家のことで、近年のスタートアップの盛り上がりとともに増えている。「ベンチャーキャピタルは黒子であるべき」と言われるが、それに比べてもエンジェル投資家はさらに表舞台から見えにくいことが多い。その実態を少しでもお伝えできればと思う。

有安氏は2013年にコーチ・ユナイテッドをクックパッドに売却したが、それ以前からマネーフォワードなどに投資を実施。現在では同社のほか複数の会社に投資している。投資のスタンスとしては、自分の知見が生かせるものにのみ投資検討をする程度で、自身の本質については「投資家」である以上に「起業家」だと語る。有安氏は、株式公開や売却などで利益を得た(イグジットした)若い起業家が集まって結成したファンドとして注目を集める「TOKYO FOUNDERS FUND(TFF)」の1人。TFFは「事業、経営をしたことがある人が投資の意思決定をするという面白い取り組み」(有安氏)だと語る。ちなみにTFFは現在9社に投資実行しており、そのすべてが海外のスタートアップだ。

千葉氏は「先に経験した人が次の世代に投資をする」という信念のもと投資を行っており、現在個人で17社に、また国内外で13のベンチャーキャピタルにLP(有限責任組合員)として出資。以下のスライドは、文字通り初公開となる千葉氏のポートフォリオだ。

千葉氏が投資する企業(左)とLP出資するVC(右)のポートフォリオ

千葉氏が投資する企業(左)とLP出資するVC(右)のポートフォリオ

中にはインターネットサービスのスタートアップだけでなく、リアルビジネスを行う会社もある。今回のTechCrunch Tokyo 2015のプレゼンコンテストである「スタートアップバトル」の本戦出場者やブース出展者の中にも同氏の出資先企業は何社か存在する。

また経営者が集まるとあるイベントにおいては、千葉氏がLP(有限責任組合員、つまりファンドの出資者)出資しているファンドの名前を挙げて、「これのファンドから投資を受けている人は?」と尋ねたところ、9割が手を挙げたという。また有安氏も4〜5のVCにLP出資を行っているが、「自分が出資しようとするVCに必ず千葉氏の名前がある」(有安氏)のだそうだ。

経営と投資、どう両立させるのか

日本では1つのことに集中することが美学とされがちだ。それは会社経営者も同じこと。では2人は経営者という本業と、エンジェル投資家としての活動をどのように両立させているのか。

有安氏は、「(役員など)周りの多くの人から反対される」とする一方、周囲でも投資をしている人もおり、そういった人々の理解で自身も投資できると語る。コーチ・ユナイテッドを買収したクックパッドの代表執行役兼取締役である穐田誉輝氏などもエンジェル投資家として有名な人物の1人だ。

また実際に投資してみると「トラブルや人事などの相談はよくあるが、(投資家として直接手を動かさないといけないようなことは)ほとんどない」という。加えて「投資をすると、会社の経営の中身を見られるので、自分の会社の経営の精度もあがって、自分の社にとっても良い経験となる」と有安氏は言う。また2人とも、個人での投資を実行する際、両社の経営会議で議論と承認を必ず行うという。

コロプラ取締役副社長の千葉功太郎氏

コロプラ取締役副社長の千葉功太郎氏

モデレーターの岩本からは、投資家に対する質問の代表格である「投資判断」についての問いかけもあった。挑戦するマーケットや起業家個人の魅力など投資家はさまざまな要素を分析して投資するわけだが、千葉氏は「完全に『人』だ」と答える。「能力を持った、面白い人は人生のどこかできっと面白いことをしてくれると信じており、人に投資している。仮に、いま投資している会社がだめだったとしても、2回目もその人に投資をするというつもりで10年、20年という単位で人を追いかけている」(千葉氏)

有安氏の投資判断は前述のとおりだが、「そもそも(積極的には)投資しないが、自分の知見が生かせそうなもので、どうしても(投資して欲しい)ということであれば」という条件で投資をしているという。

そうして投資した場合にも、もちろん上手くいかないケースはあるだろう。個人でやっている場合、投資のスタンスは様々だが、投資の失敗について、2人とも「投資したお金が返ってこないことがダウンサイドリスク」と定義しつつ、「投資した経営者との人間関係はしっかりできているので、リスクとは感じていない」(千葉氏)という。

エンジェル投資家の役割について、千葉氏は「経営者の悩みを解決し、サポートしなくてはならない」と語る。個人投資とはいえ、千葉氏はチームでスタートアップ経営者の支援を行っているという。千葉氏のほかに、Fringe81執行役員で元楽天執行役員の尾原和啓氏やPrivateBANK代表取締役社長の佐藤貴之氏らがメンタリングや資本政策のアドバイスなどを行っている。スタートアップの悩みはたいてい共通するので、投資先同士が助け合えるコミュニティーを作ろうと、Facebookグループで情報共有をするほか、半年に1回、週末を活用してリアルな合宿も行っているという。この合宿は秘密厳守で行われる。参加者は深く、具体的な悩みについて全員で議論するそうだ。

組むべきは「高み」に到達した投資家

近年イグジットを実現したIT系の起業家らが、次の世代に投資をするという動きは積極的になっており、新たなエンジェル投資家も生まれているようだ。では会社の礎をつくる創業期に、実際のところ、どのような人を株主に入れるべきなのか。未公開株マーケットでは様々なトラブルがある中、起業家は何を軸に判断すべきか。

これについて有安氏は「自分が到達したい『高み』に到達したことがない人から出資を受けるべきでない。使えそうな株主かどうかで判断すべきだ」と断言した。千葉氏もこれに同意し、さらに株式のシェアを過半数近く取得するというような提案をしたエンジェルの事例を紹介。たとえ創業者が過半数の株式を持っていたとしても、通常シード期に特定の株主が大きくシェアを取ってしまうと次の資金調達ができないケースが多い。そのため、「エンジェル投資家はなるべくシェアをとらないことが大切で、次につなげなければならない」と話した。

エンジェル投資家の役割ってどんなこと? TechCrunch Tokyoでコロプラ千葉氏とコーチ・ユナイテッド有安氏に聞く

スタートアップのエコシステムには、起業家だけでなく、彼らに資金や知見を提供する支援者がいるのは周知の通り。起業家が外部から資金を調達して事業のアクセルを踏む際に投資をするのは、ベンチャーキャピタルだったり事業会社だったりさまざまだ。

コロプラ取締役副社長 次世代部長の千葉功太郎

コロプラ取締役副社長 次世代部長の千葉功太郎

そんな支援者の中には「エンジェル投資家」と呼ばれる人たちがいる。TechCrunchの読者ならご存じかも知れないが、彼らは創業期のスタートアップに対しての投資を行う個人投資家たちだ。

一度自ら立ち上げた会社を上場させるなり売却するなりして利益を得た元起業家・元経営メンバーなどが、次の世代の起業家に対して資金を提供し、アドバイスを行い、人脈を紹介するというケースが多い。スタートアップ企業に投資をするだけでなく、ベンチャーキャピタルの手がけるファンドに対してLP出資するなどして、間接的に投資するケースも少なくない。ちなみにエンジェルという呼び名は、演劇業界における出資者からついているのだとか。

日本のネット領域では、ディー・エヌ・エー共同創業者の川田尚吾氏、ネットエイジ創業者の西川潔氏、現在クックパッド代表執行役兼取締役を務める穐田誉輝氏なんかの名前が挙がることが多い。ほかにも上場・事業売却した経営者らが若き起業家に支援をしているなんて話はちらほら聞くが、ここ数年のIPOやバイアウトによるイグジットで比較的若いエンジェル投資家が増えているのは確実な流れだ。

しかし、国内のエンジェル投資家がメディアなどに出て自分たちの存在をアピールすることは少ない。例えば僕たちがスタートアップの資金調達のニュースを書くときにも、「ベンチャーキャピタルの○○社および個人投資家などから資金を調達した」といった表現をすることがあるが、この「個人投資家など」は名前を非公開にしているエンジェル投資家であるケースも多い。クローズドな場を除いて大々的に自身の投資について語ることは少ない。

開催まで1週間弱となったスタートアップの祭典「TechCrunch Tokyo 2015」では、そんなエンジェル投資家をテーマにしたセッションを開催する予定だ。

コーチ・ユナイテッド代表取締役社長の有安伸宏氏の

コーチ・ユナイテッド代表取締役社長の有安伸宏氏の

このセッションにはコロプラ取締役副社長 次世代部長の千葉功太郎氏と、コーチ・ユナイテッド代表取締役社長の有安伸宏氏の2人が登壇する。いずれも本業では経営陣としての手腕を振るう一方、エンジェル投資家として積極的に若い起業家を支援している人物だ。

千葉氏は新卒でリクルートに入社したのち、ネット黎明期の2000年にサイバードに入社。様々なモバイルビジネスに関わったのち、2009年にコロプラ立ち上げに参画。同社を上場まで導いたのち、新卒採用や人材育成といった面で同社の成長を支えてきた。最近では子会社のコロプラネクストを通じて学生起業家への支援も積極的に行っているほか、個人でも多くのスタートアップに投資をしている。

一方の有安氏は新卒でユニリーバ・ジャパンへ入社したのち、2007年にコーチ・ユナイテッドを設立。語学や楽器レッスンのマーケットプレイス「サイタ」を運営してきた。2013年には同社をクックパッドへ売却。継続して事業を行いつつ、個人や「Tokyo Founders Fund(ノボット創業者の小林清剛氏や元ミクシィ代表取締役の朝倉祐介氏ら経営者8人によるファンド)」での投資活動を行っている。

セッションではエンジェル投資家として活躍する2人に、その実態を語ってもらえればと思っている。投資を始めた理由やそのスタンス、支援したい起業家の人物像、支援の手段や本業との兼ね合いまで、いろいろ話を聞ければと思っている。興味がある人は、是非ともイベントに遊びに来て欲しい。

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