Microsoft(マイクロソフト)が米国時間4月12日朝、Nuance Communications(ニュアンス・コミュニケーションズ)を197億ドル(約2兆1600億円)で買収したとの知らせを受け、朝っぱらからこんな数字を見せられて思わず二度見してしまったとしても無理なからぬことだ。
ランレート140億ドル(約1500億円)の企業にしては、たしかに巨額ではあるが、すでにここ数年間、いくつもの製品で音声文字起こし市場のリーダーである同社と提携関係にあったMicrosoftは、Nuanceが医療分野にしっかり根を張っていることを見極め、大きく出ることを決意した。
たしかに、Microsoftほどの大企業であっても、200億ドル(約2兆1950億円)は大きい数字だ。しかし2020年、レストランから小売店から病院に至るまで、ビジネスのやり方を真剣に考え直すことが強いられた。中でも実際、パンデミックによって我々の医療機関の利用方法は大きく変わった。早々に気づいたのは、わざわざ病院までクルマを走らせ、待合室で待って、診察室に呼ばれ、結局数分間の診察で終わり、なんていう行動は不要だったということだ。
オンラインで接続して、ささっとチャットをすればすべて済む。もちろん、それでは済まない症状もある。医師の診断を直接受けなければならない状況は常に存在するわけだが、検査結果や会話療法などは遠隔で十分だ。
MicrosoftのCEOであるSatya Nadella(サティア・ナデラ)氏は、Nuanceはこの変化の、特にクラウドと人工知能の活用法の中心にあり、だからこそ、大枚を叩いてこの企業を買収したのだと話している。
「AIは、非常に重要な最優先技術であり、その活用を最も緊急に必要としているのが医療です。私たちは力を合わせ、このパートナーエコシステムを活かし、Microsoft Cloud in Healthcare(医療用クラウド)とNuanceの成長を加速させつつ、あらゆる場所の医療専門家が、よりよい意志決定ができるよう、またより有意義なつながりが構築されるよう、高度なAIソリューションを提供していきます」とナディア氏は、今回の契約発表の記事の中で述べている。
Constellation Research(コンステレーション・リサーチ)のアナリストHolger Mueller(ホルガー・ミュラー)氏は、そうかもしれないが、Cortana(コルタナ)のチャンスを逸してしまったMicrosoftは、その極めて重要なテクノロジーに追いつくための一助にこれを利用しようと考えていると話す。「NuanceはMicrosoftに、ニューラルネットワークによる音声認識のための技術的なテコ入れを行うだけでなく、垂直機能、コールセンター機能、音声に関するMSFTのIPポジションを大幅に改善させます」と彼はいう。
Microsoftは今回の提携により、すでに5000億ドル(約54兆7800億円)に達しようという途方もないTAM(獲得可能な最大市場規模)が確実になると見ている。TAMは大きめに出る傾向があるとは言え、それでも相当な数字だ。
これはGartner(ガートナー)のデータとも一致する。同社は2022年までに、医療機関の75パーセントが公式なクラウド戦略を持つようになると予測している。AIが加わればその数字はさらに増えることになり、Nuanceは現在の1万件の顧客をMicrosoftにもたらす。その中には世界最大級の医療機関も含まれている。
CRM Essentials(CRMエッセンシャルズ)の創設者で主任アナリストのBrent Leary(ブレント・リアリー)氏は、この提携により、Microsoftには大量の医療データが提供され、それが同社の根底をなす機械学習モデルにフィードされ、やがてその精度を高めていく可能性があると語っている。
「遠隔医療のやりとりで、大量の医療データが収集可能となり、それがまったく新しいレベルの医療情報を生み出すことになります」とリアリー氏は私に話した。
医療データが関係するところでは、当然、プライバシーの問題が多発するだろう。極めてプライベートな医療データをしっかり守ると世間に確約するのは、2021年3月、Exchange(エクスチェンジ)メールサーバーでの大量のデータ流出を起こしたMicrosoftの責任にかかってくる。
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今回の提携の成功を決める鍵は、データのプライバシー保護が握っているとリアリー氏はいう。「この動きのポテンシャルは極めて高いのですが、そこからもたらされるデータや知見が安全に保護されて初めて成功します。ハッカーだけではなく、非倫理的な利用からも守らなければなりません。そのどちらにも、ゲームチェンジにつながる可能性のあるこの動きを脱線させてしまう恐れがあります」と彼は話す。
Microsoftも「NuanceとMicrosoftは、パートナーエコシステムを拡大させるという両社の以前からの約束とデータのプライバシー、セキュリティ、コンプライアンスに関する最高水準の基準をさらに深めます」と書いている時点で、それは認識しているようだ。
Forrester Research(フォレスター・リサーチ)のKate Leggett(ケイト・レゲット)氏は、医療は第一歩に過ぎず、Nuanceがひとたびそこに足場を作れば、さらに奥深くに進んで行く可能性があると考えている。
「しかし、今回の買収による恩恵は医療にとどまりません。Nuanceも、深い専門性に支えられ、金融サービスなどの垂直部門にフォーカスした、市場をリードする顧客エンゲージメント技術を提供します。MSFTが業務用から他の垂直市場に移行するにつれ、他の業界に恩恵をもたらすようになります。MSFTが業務用はまた、Dynamics(ダイナミクス)ソリューションとNuanceの顧客エンゲージメント技術との隙間を埋める方向に進むでしょう」とレゲット氏はいう。
今後の医療機関の診療のかたちがどう変化するか、私たちはまさにその潮の変わり目に立ち会っている。2020年、新型コロナウイルスによって医療はデジタル世界に大きく踏み込むこととなった。それは、1つの簡単な理由から起きた。本当に必要でない限り、病院へ行くのは危ないという考えだ。
Nuanceの買収は、2021年後半に完了するものと見られるが、これによりMicrosoftの医療市場への参入が大きく進むことになる。Teams(ティームズ)も面接ツールとして導入される可能性があるが、それはこのアプローチを人々がどれほど信頼するかにかかっている。そしてそれは、Microsoftが医療提供者とその利用者の両方からの信頼をいかに獲得するかにかかっている。
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画像クレジット:nadia_bormotova / Getty Images
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(文:Ron Miller、翻訳:金井哲夫)