Slackが2013年に公開した統合しやすくGIFにも対応したチャットプラットフォームは職場のコミュニケーション風景を瞬く間に一変させた。それから10年と経たずに、最初は大きな成長と利用増、次いで大規模なVCラウンドとバリュエーション、既存プラットフォームとの物議を醸した競争、その後の上場とSalesforceによる277億ドル(約3兆20億円)の買収で、同社はビッグテックの仲間入りを果たした。こうしたサイクルが一巡した現在、Slackを震撼させているQuillの視界は良好だ。
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米国時間2月23日、どこからともなくQuillという新しいアプリが静かに公開された。ウェブの他、MacOS、Windows、Linux、Android、iOSで利用できる。
QuillはSlackのようなメッセージングアプリで、職場の同僚の間で業務の状況を連絡しあったり、プロジェクトについて話し合ったりできる。そして(またもやSlackと同じように)料金プランにはフリーミアムサービスと、1ユーザーあたり月額15ドル(約1626円)でより多くのメッセージ履歴とストレージを利用できる有料プランがある。企業向けのプランも用意されるようだ。
Slackとは違って(という意味が暗に込められているように思えるが)、Quillは気を散らさずに済む方法でメッセージを伝達する。そのため相手に時間をかけさせず、集中力やエネルギーを奪うこともない。Quillは自らを「集中している人たちのためのメッセージングサービスと謳っている。
Quillには同僚とのチャット、チャンネルの作成、他のアプリとの統合、ビデオや音声による会話など、Slackと同じ機能がたくさんあるが、私の同僚が冗談でいうには「Slackに似ているけど、こっちのほうがカラフル!」だそうである。他にも、文字通り気を散らさないことに焦点を合わせるような機能を備えている。
「毎日何千件ものメッセージをチェックしないと遅れをとってしまうような状況にほとほと嫌気がさしていて、それまでの対面のコミュニケーション方法のさらに上を行いくチャットの手段を構築したのです」。とQuillnoはそのウェブサイトに記載している。「より良く考えられたチャット手段。それがQuillです」。
例えば「構造化チャンネル」では、チャットをウォーターフォール式のスレッドで表示せずに、さまざまな会話を1つのチャンネルの中にスレッドとして表示する。アプリの自動ソート機能は、今参加しているアクティブな会話をそうでない会話よりも上に表示してくれる。通知の制限があるため、集中しなければならないものを差異化することができる。例えば送信者は設定を変更して(!!を使って)、これは重大なメッセージなので相手に応答してもらいたい、と知らせることができる。ビデオチャットではテキストメッセージのまま継続できるサイドバーも自動的に有効になる。
業務外のソーシャルなチャット用に別のチャンネルを作ることもできる。またすでに開始した会話を操作できる機能もある。開始済みの会話をスレッドに再キャストして、すばやくメッセンジャーに返信できる。簡単でわかりやすいやり方で重要事項をチャンネルの一番上にピン止めできるし、会話が開始された後で新しいスレッドを作れるのに加えて、チャンネルやスレッド間でメッセージを移動することも可能だ。
また、SMSや電子メールを使ってQuillのチャットを操作することもでき、Slackのように、他のアプリの通知機能をプロセスに統合する機能も提供されている。
まだ、音声チャンネル用のClubhouse風の機能や、エンド・ツー・エンドの暗号化、コンテキストベースの検索(キーワード検索はすでに利用可能になっている)、ユーザープロファイルといった機能の追加も準備中だ。
「高負荷」を管理する
このアプリは3年近くの間秘密裏に開発されていた。プロジェクトには日の目を見ないものもあるだろうが、このアプリは成り立ちとコンテクストがひと味違っていたのだ。
まず初めに、QuillはStripeの元クリエイティブディレクターであるLudwig Pettersson(ルートヴィヒ・ペッターソン)氏が創設した。同氏が手がけた決済会社の主力製品とプラットフォームが持つシンプルさは高く評価されていた(このシンプルさは後にサービスの代名詞になり、商業的な拡大にひと役買った)。
同氏が関わっていたことで、Quill開発の取り組みは多少なりとも注目を集めたかもしれない。Slackといくつかの巨大な、Microsoft(マイクロソフト)やFacebook(フェイスブック)など資金力のあるライバルたちに完全に占拠されていたかのように見えた状況にあって、Quillはまだほんの構想に過ぎなかった時期に、すでにシードラウンドで200万ドル(約2億1680万円)をSam Altman(サム・アルトマン)氏(当時Y Combinatorの責任者だった)とGeneral Catalystから調達していた。
次いで、同社はIndex VenturesのSarah Cannon(サラ・キャノン)氏が主導したシリーズAで1250万ドル(約13億5480万円)を調達し、合計の調達額は1450万ドル(約15億7150万円)となった。TechCrunchが当時報じたように、同社のシリーズAの時価総額は6250万ドル(約67憶7400万円)に上った。
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これに加えて、Quillの誕生とペッターソン氏とチームのメンバーがアイデアを思いついた背景にはこんな話がある。聞いた話によると、アイデアのそもそもの発端はメッセージングアプリが持つ、特にSlackのような職場のコミュニケーションツールが与えてくれるコミュニケーションのマジックをかたちにすること、ただしよくありがちな気が散るようなやり方やフラストレーションの溜まるやり方はしない、ということだった。
2018年の時点ですでにSlackはビッグな製品であり、時価総額は70億ドル(約7623億円)を超え、数百万人ものユーザーがいた。しかしながら、生産性とは真逆であると評する人も徐々に増えつつあった。「起きているすべてのことをSlackで追跡するのは大変な作業で、注意が散漫になってしまいます。ネットワーク効果があるためSlackはパワフルになったけれども、そもそも高負荷システムとしてデザインされたわけではありませんでした」。Quillの噂を初めて聞いた2018年に、何か知っているかアルトマン氏に尋ねたとき、同氏はそのように答えた。同氏は当時、Y CombinatorとOpenAIの両方で責任者を務めていた。
Stripe、後にOpenAI(Stripe退職後の1年間を過ごした)でのペッターソン氏の仕事ぶりに「衝撃」を受けたとアルトマン氏はいう。ペッターソン氏が「Slackのより優れたバージョン」を作ろうと提案すれば、もうそれは「信頼できるアイデア」なのであって、たとえ製品の影もかたちもなくても十分に支援するに足るものだったからだ。
気を散らさないことに力を入れているアプリが今日、ファンファーレを奏でることなく粛々と公開されるのは何とも似つかわしい。これで十分用が足りるのだから、もう宣伝に注意を奪われることはないでしょう?とでもいうようだ。
いずれにせよ、これから同社がどのように勢いを増していくのかに注目したい。すでにTechCrunchは今回の投資に関するサラ・キャノン氏へのインタビューをIndexに打診し、回答を待っているところだ。ペッターソン氏へのインタビューも試みているが、2018年の8月にアプリの噂を聞きつけて以来ずっと同氏への取材を試みてきたことから、(今回の話も)期待薄であるとお知らせしなければならない。
画像クレジット:Quill
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(文:Ingrid Lunden、翻訳:Dragonfly)