本稿の著者Mohak Shroff(モハック・シュロフ)氏はLinkedIn(リンクトイン)のエンジニアリング責任者。LinkedInの構築、規模拡大、保護を行うエンジニアリングチームを指揮している。
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1998年、Sun Microsystems(サン・マイクロシステムズ)は「オープンワーク」プログラムを試験導入した。従業員のおよそ半数を、どこでも好きな場所で勤務できるようにするものだ。このプロジェクトには、新しいハードウェア、ソフトウェア、通信ソリューションが必要であり、準備に約24カ月間を費やした。
結果は大変に良好で、経費も企業としての炭素排出量も減らすことができた。だがこうした結果とは裏腹に、長期的なリモートワークがこれ以上広がることは決してなかった。それどころか、2010年代には人と人の対面によるコミュニティがイノベーションには欠かせないという理念のもと、オープンオフィス、出勤手当て、協業スペースなどの考え方が登場し、別の方向性が注目されるようになっていった。
2020年、規模の大小に関わらず、世界中のあらゆる企業は、新型コロナウイルスの蔓延にともないリモートワークへの転換を余儀なくされた。中にはすでに従業員を分散していたり、クラウドアプリやサービスを軸にすえていたり、以前から就業方針として柔軟な働き方を採り入れるなどして他社よりもうまくやれた企業もあるが、完全にリモートに移行するための調整は、誰にとっても大変に厄介な問題だ。最大手企業であっても、この時期を耐え抜くためには、自らを犠牲にして数々の難題に挑む、社員の英雄的な行動に依存しなければならないのが現実だ。
高画質のビデオ会議やクラウドなどのテクノロジーは、リモートワークの実現には欠かせない。しかし私たちはまだ、人が現場で行う仕事を完全に置き換えられる代替手段を手に入れていない。なぜなら、極めて重要なある分野に対処できるツールがないからだ。その分野とは、パッシブコラボ(受動的協業)だ。これに対して、仕事の大部分を占めるアクティブコラボ(積極的協業)は、バーチャル会議や電子メールでも行えるが、しばしば最大のイノベーションを生み出す原動力となり、パッシブコラボの基礎となる、思いがけない閃きを呼び起こす会話や偶然の出会いなどを可能にする手段は、まだ完全にはでき上がっていない。
コラボのアクティブとパッシブ
テック産業を知らない人たちは、ソフトウェア開発者はコンピューターと安全なインターネット接続環境さえあれば仕事ができると考えるだろう。しかし、1人で黙々とコーディングを行うエンジニアというステレオタイプは、とっくの昔に崩壊している。理想の開発作業は、1人ではできない。チームで話し合い、議論を戦わせ、ブレインストーミングを重ねるコラボレーションで可能になるものだ。ビデオ会議プラットフォームやチャットアプリは、アクティブコラボを可能にしてくれる。MicrosoftのVisual Studio CodeやGoogle Docsなどのツールは、専門的な非同期のコラボを可能にしてくれる。
しかし、現在の私たちに欠けているものは、何の気なしに出会って交わされるおしゃべりだ。それは私たちに活力を与え、そうした会話でなければ生まれ得ない新しいアイデアを思いつかせてくれる。パッシブコラボは創造性の醸成には不可欠であるため、このような人と人の関わりを長期間欠いた場合、イノベーションが被る負利益は計り知れない。
ホワイトボード
パッシブコラボとアクティブコラボの違いは、ホワイトボードを見ればよくわかる。私は先日、ある人から「テック業界の人とホワイトボードとの関係とは?なぜ、そんなに重要なのか?」と聞かれた。ホワイトボードはシンプルで「ローテク」な道具だが、私たちの業界の真髄とも呼べるものだ。だからこそ、それがエンジニアリングのためのマルチモーダルなコラボの源になっている。新型コロナ以前のことを思い返してみよう。エンジニアたちがホワイトボードを囲んでスクラムミーティングを行う様子をどれだけ見たり、または参加したことだろうか。
たまたま聞こえてきた話の断片が気になって、深く知りたくなったり意見を言いたくなったりして、ミーティングの場で足を止めたことがおありだろうか?または、ホワイトボードに書かれていた内容が目に留まり、それについて別の同僚と語り合い、それが問題解決につながっがりしたことはないだろうか?これはみな、パッシブコラボの瞬間だ。これはリアルタイムのアクティブコラボ用ツールでもあるホワイトボードによって、見事に導き出されたものだ。ホワイトボードは、新しいアイデアや観点を、抵抗なく会話に招き入れる手段となっている。これ以外の方法では、そうはいかない。
ホワイトボードは、パッシブコラボを促進する手段の1つだが、他にもある。休憩室で偶然に始まるおしゃべり、パーテション越しに聞こえてくる隣の会話、部屋の向こうで暇そうにしている人間に意見を聞くことなども、パッシブコラボの実例だ。こうしたやりとりが、みんなで一緒に働く場において極めて重要でありながら、リモートワーク環境での再現が最も難しいものでもある。自己中心的なソフトウェア開発工程がソフトウェアの品質に害を及ぼすように、パッシブコラボの欠如もまた有害だ。
そのためには、他の人たちが何をしているのかを、公式な会議や社内報のような肩ひじ張ったかたちではなく、ちょっと覗き見できるツールが必要だ。自由にオープンに交わされるアイデアからイノベーションは生まれる。しかし私たちはまだ、そのための最適なバーチャル空間を作る方法を知らない。
今後を見据えて
未来の仕事は、これまでになくチームが分散されたかたちで行われるようになる。つまり、2021年だけでなく、この先もパッシブコラボのための新しいツールが必要とされる。私たちが行った内部調査では、パンデミックが迫ってきたときは完全にリモートで仕事したいと望む社員もいたが、大半は、将来的にもっと柔軟なソリューションが欲しいと考えていることがわかった。
その答えは、会議やメールのスレッドをもっと増やすことでは決してない。昔ながらのホワイトボードのように機能し、協業による偶発的な閃きが起こり得るバーチャル空間を再考することだ。私たちはまだ、この課題を解決する鍵を探っている最中だが、LinkedInでは、手始めにチームの垣根を越えた会話やオープンなQ&Aで資源を共有する方法を模索している。
この数十年間、テック業界は、協業と生産性の摩擦をなくすための空間やメリットを創造し、従業員がイノベーションを生み出しやすくなる道を踏み固めてきた。今、私たちは、将来のハイブリッドな仕事環境を見据え、従業員の生産性と創造性のサポートを維持するための新しい方法を見つけ出さなければならない。パッシブ・コラボがバーチャルで完全に実現して初めて、リモートとハイブリッドの仕事環境の可能性がフルに引き出されるようになるのだ。
カテゴリー:その他
タグ:リモートワーク、コラボレーションツール、コラム
画像クレジット:Alistair Berg / Getty Images
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(文:Mohak Shroff、翻訳:金井哲夫)