楽天は7月2日、CtoC型のアクティビティー(旅行体験)予約サイト「Voyagin(ボヤジン)」を運営するVoyagin Pte. Ltd.の株式の過半数を取得したと発表した。株式取得の価格は非公開。買収に関してはすでに翻訳記事も出ているが、Voyaginのリリースから間もない頃から話を聞いている高橋氏に、今の心境を語ってもらった。
「インバウンド対応を強化」を狙う楽天
Voyaginは現地の魅力を紹介したい個人(ホスト)がアクティビティーを
企画してサイトに登録。それを旅行者(ゲスト)に販売できるCtoC型のアクティビティー予約サービスだ。
サービスは現在、日本語のほか、英語、中国語(簡体字・繁体字)で展開。日本のほか、インドネシアやインド、ベトナムなどアジアを中心に50以上の国と地域で約1700のアクティビティーを提供している。現地の個人ならではの文化体験や隠れスポットへのツアーなど、多種多少なアクティビティが並ぶ。
楽天では今回の買収の理由について、旅行予約サービス「楽天トラベル」との連携、LCCを中心にした国際線の増便や東南アジアから日本へのビザ要件の緩和、2020年の東京オリンピック・パラリンピックなどでの訪日旅行者の増加を期待。訪日外国人向け事業(インバウンド)を強化する狙いがあると説明する。
Voyagin(当時の社名はエンターテイメント・キック)では、2011年8月にVoyaginの前身となるインバウンド特化のアクティビティー予約サイト「Find JPN(ファインドジャパン)」をスタート。2012年12月からはVoyaginとしてサービスを展開している。
デジタルガレージグループのOpen Network Labが展開する起業家育成プログラムの「Seed Accelerator Program」の3期生(Find JPNとして)、6期生(Voyaginとして)にも選ばれている。
4000万円を溶かして得た気付き
「今だから語れるが、全然運営がうまくいかなかった。調達した4000万円を溶かしても成果が出なかった」——Voyagin代表取締役CEOの高橋理志氏は、こう過去を振り返る。同社は2012年3月にデジタルガレージから資金を調達。Voyaginのサービスを開発してきたが、サービスは鳴かず飛ばずという状況だった。
「失敗は一気にアジア8カ国に展開したこと。自分たちでは『こうやればうまくいく』という思い込みだけがあって焦りがなかった。自分だけじゃなくてみんな苦しいから創業期より『地獄』だった」(高橋氏)——3人いる役員の報酬は10カ月ストップした。さらに資金が尽きる前にブリッジの調達(次の調達ラウンドの手前に「つなぎ」の資金を調達すること)を行おうとするも、そんな状況の同社に出資するベンチャーキャピタルはいなかった。
そんなとき、シンガポール政府が関わるベンチャー支援プログラムが発表される。高橋氏は英語が話せることから、資金を調達してサービスを継続できるならと、支援の条件に合わせて法人をシンガポールに移した(これが現在のVoyagin Pte. Ltd.)。
全部自前の商品でなくていい
無事シンガポールで資金を調達したVoyagin。「最初はCtoCをやりたかった」と語る高橋氏だが、その方向を転換。「売れるものを売る」と考え、BtoCでさまざまなアクティビティを仕入れはじめる。例えば東京・新宿にあるアミューズメント施設「ロボットレストラン」もその1つだ。実は現在、オンライン予約の10%はVoyagin経由なのだという。
「言ってみれば個人の購入代行だが、『外国人が来るときに必要なモノを全部提供する』という方向に転換すると、サービスが当たりだした」——高橋氏は振り返る。「訪日旅行者ならロボットレストランくらいは知っているもの。VoyaginはSEO強いので、旅行者が検索してサイトにやってくる。そのページにランディングさせれば、他のアクティビティも買ってくれる」(高橋氏)。Voyaginの売上は非公開だが、予約は月間数千件程度だという。
高橋氏はVoyaginを「セブン-イレブンでいい」と例えて語る。サプライヤーの商品もあればプライベートブランドの商品もある。どちらがいいかではなく、その2つでユーザーのニーズをすべてかなえるのが大事だと。
「BtoCをやらなかったのはくだらないプライドだった。もともとやりたかったのは『Airbnb』だから、法人のセールスを手伝う必要はないと思っていた。でも会社がバリューを出すことで、旅行者に貢献しているのであればそんなプライドは必要なかった。当たり前の話だけど、自分が作りたいモノだではなくて、お客が欲しいモノを提供しないといけない。美しいだけじゃ食えません(笑)」(高橋氏)
実はこのあたり、いろいろ考えることがある。僕は「CtoCでアクティビティを提供する」とうたうサービスをこれまでいくつか見てきたが、なかなか苦戦しているように見えるところが多いからだ。
中にはサービスを売却した事例もあるが、それは金額や条件面でハッピーだったというよりは「手放さざるをえなかった」というような起業家もいる。また一方では競合サービスとしてVoyaginを名指しして、「彼らはBtoCに走ったが我々は違う」と語る起業家もいる。前者は現在新しい環境で活躍していると聞くし、後者は自分たちで魅力ある商品を提供して欲しいと思って応援しているが、アクティビティ予約は送客して1割2割の金額を手数料として得るビジネスだ。いかに成約件数を増やすかというのが大事なので、高橋氏の言う「美しいだけじゃ食えない」という言葉は重い。
東京オリンピックに向けてサービスを拡充
同社が勝負をかけるのはもちろん東京オリンピックの開催される2020年だ。「今後は楽天グループとして、そこに向けて最速でいいプロダクトを作るのが重要。すでに楽天トラベルは多言語対応もやっており、連携はいろいろと考えられる」(高橋氏)。インバウンド対応に関しては、アクティビティにかかわらず、交通やホテル、スキー場の予約など幅広くサービス展開したいと語る。
今後も高橋氏はVoyaginのメンバーを牽引していくという。「プライドを捨ててまで伸ばしてここまで来た。乗りかかった船なので最後までやりたい」(高橋氏)