【FounderStory #4】SmartHR宮田氏が「労務管理」領域からスタートした“社会の非合理を、ハックする”

Founder Story #4
SmartHR
代表取締役
宮田昇始
Shoji Miyata

TechCrunch Japanでは起業家の「原体験」に焦点を当てた、「Founder Story」シリーズを展開している。スタートアップ起業家はどのような社会課題を解決していくため、または世の中をどのように変えていくため、「起業」という選択肢を選んだのだろうか。普段のニュース記事とは異なるカタチで、起業家たちの物語を「図鑑」のように記録として残していきたいと思っている。今回の主人公はSmartHRで代表取締役を務める宮田昇始氏だ。

宮田昇始
SmartHR 代表取締役
熊本県で生まれ育ち、大学進学を機に上京。ITベンチャー、フリーランスなどを経て、医療系Webサイト開発会社でWebディレクターを務める。2013年にSmartHRの前身となるKUFUを設立。2015年にはTechCrunch Tokyoのスタートアップバトルで最優秀賞を受賞。今なお事業を急成長させ続けている。
Interviewer:Daisuke Kikuchi
TechCrunch Japan 編集記者
東京生まれで米国カリフォルニア州サンディエゴ育ち。英字新聞を発行する新聞社で政治・社会を担当の記者として活動後、2018年よりTechCrunch Japanに加入。

中高生時代から強かった「古い慣習」への反骨心

「起業当初は、プロダクトの作り方というものをまったくわかっていなかった」

――株式会社SmartHR代表取締役、宮田昇始氏は創業からの迷走期をそう振り返る。

「自分たちに何ができるか」を起点として2つのサービスを作り、いずれも失敗。次に「ユーザーのニーズ」に目を向け、いくつものアイデアを出したが、「自分たちがやる意味」を打ち出せるものが見つからない。しかし、自身の生活での実体験から社会課題を発見したとき、ようやくヒットプロダクト「SmartHR」が生まれたのだという。

SmartHRとは「クラウド人事労務ソフト」。雇用契約や入社手続きをペーパーレスで行い、従業員情報を自動で蓄積して一元管理する。年末調整の手続きやWeb給与明細の発行機能も備える。つまりは、「面倒な労務関連業務を楽にする」サービスだ。

利用企業は中小から大手まで2万社を超え、労務管理クラウドとしてシェアNo.1を誇る。

熊本県で生まれ育った宮田氏。中学・高校時代は私立の進学校に通い、寮生活を送っていた。寮の規則は厳しく、夜は早い時間に電源が落とされ、外出も当然禁止。そこで仲間たちと画策し、トイレの換気扇から電源を引っ張ってきてTVを観たり、カーテンをつなぎ合わせて雨どいをつたって抜け出したりしていたという。


宮田氏その頃から、古い規則や慣習に縛られるのがすごく嫌だったんですよね。そこを皆で工夫してハックするのが楽しかった。今も当社で掲げるキャッチフレーズは『社会の非合理を、ハックする』です

難病に苦しんで決意した「好きなことをして生きていく」

大学進学を機に上京。ITベンチャー、フリーランスなどを経て、医療系Webサイト開発会社でWebディレクターを務めていた27歳のとき、のちの起業につながる転機が訪れた。
「10万人に1人」と言われる難病「ハント症候群」を発症。三半規管に水ぼうそうができ、顔面まひ、聴覚障害、味覚障害などを引き起こす病だ。医師からは「完治の見込みは20%」と宣告された。


宮田氏自分の将来どうなっていくのか……って真剣に考えたとき、今の会社で働くよりも好きなことをやりたいと思った。この頃には、ずっとインターネット業界で食っていくという意志を固めていたので、『自分たちのWebサービスをつくろう』と。現・副社長兼CIOの内藤研介を誘って、2013年に立ち上げたのが株式会社KUFUです


社名の由来は、ジャパニーズヒップホップの先駆者Rhymesterの楽曲「K.U.F.U.」。メンバーから提案されたときはピンと来なかったが、歌詞の意味を知って納得した。


宮田氏K.U.F.U.とはそのまま『工夫』。持ってない奴が持っている奴に勝つための武器は工夫だ、という意味の歌詞なんです。下剋上感、スタートアップ感があっていいな、と思って。メルカリさんの社名が最初はコウゾウだったように、一見意味のなさそうな社名でも、サービスをヒットさせて社名を変えるのがかっこいいと思ってたんですよね(笑)


しかし、創業からしばらくは苦戦が続く。

まずは自分たちが得意とする領域から着手し、Webクリエイターと企業のマッチングサイトを立ち上げた。採用成立時の仲介手数料で稼ぐことを目論んだが、双方のニーズが合わずマッチングが成立しない。1年ほどで閉鎖を決めた

次に生み出したのは、法人向けクラウドサービスを比較できるクチコミサイト。滑り出しは順調に見えたが、3ヵ月ほどで成長が止まってしまう。何がだめなのか、わからなかった。

このタイミングで、スタートアップ育成を目的としたアクセラレータープログラム「Open Network Lab」に応募した。そこで受けた指摘により、宮田氏は自らの課題に気付く。


宮田氏『ユーザーのニーズに刺さっていないのではないか。ユーザーヒアリングから始めなさい』と言われて。そこで初めてユーザーの声を探り始めたら、ニーズがない、というか『あれば使ってみるけど、これで意思決定はしない』というものだったことがわかったんです。これまで自分たちは机上の空論だけでサービスをつくってたんだな、と思い知らされました

自分たちがやるからこそ意味があることって、何だ?

それからは「ユーザーニーズ」に目を向け、世の中の課題を探った。しかし、課題とソリューションを思いついても、仮説を立てて検証してみると「やはりだめだ」という結論に至るケースが続く。つくってみたものの、世に出すことなく終わったサービスは10個に及ぶ。


宮田氏中には『まぁまぁいけそう』というものもあったんです。でも、結果的にやらなかった。
当時、アイデアを思いつくと、メンターのような存在の方々に壁打ちをさせてもらっていたんですが『それ、あなたたちがやる意味は何?』と問われて答えられなかったからです


それでも、試行錯誤を繰り返すうちに、社会課題への嗅覚は鋭くなっていった。「誰か、何か困っていることはないか」――。そしてある日、宮田氏は一つの「可能性」を嗅ぎ付ける。

それは自宅でのこと。当時、妊娠9ヵ月だった妻が産休・育休の申請手続きをしていた。テーブルに広げられたたくさんの書類をのぞき込むと、いかにも複雑そうな内容。妻はそれらを一つひとつ手書きで記入している。

「社会保険の手続きって、どんな企業もやっている。かなり面倒な作業なのに、これを便利にするソリューションって聞いたことないな」。これは普遍的な課題だ、と感じた。

そして、宮田氏はこのジャンルに「自分がやる意味」を見出す。


宮田氏難病を患って2ヵ月間働けなかったとき、社会保険制度の一つである傷病手当金を受給した。このおかけで生活費を確保でき、リハビリに専念して完治できたんです。社会保険制度のありがたみを知っている自分が、このジャンルの課題を解決する――そんなストーリーは、今後の資金調達、広報、採用などにも活かせるのではないかと考えました


しかし、当時は収益源となる製品がなく、会社の残高も個人残高も10万円を切る寸前。開発を始めていいものか悩んだ。

そんな折、Open Network Labの「DemoDay」で優勝。開発資金を獲得する。

こうして、2015年11月、クラウド人事労務ソフトSmartHRの提供開始にこぎ着けた。その後、数々のスタートアップイベントで優勝を勝ち取ることになる。
こうしたイベントは、現・CTOである芹澤雅人氏との縁ももたらした。「TechCrunch Tokyo 2015」の会場を訪れ、「今日出ている会社で、一番ビビッときた会社に転職する」と決めていた芹澤氏が、「エンジニア募集中」という宮田氏の呼びかけに応えたのだ。

HRテックを盛り上げた後、HR以外への領域に挑戦したい

ローンチから3年にして、導入企業は2万社を超えた。この成長の裏側には、ローンチ後の「2つの決断」があったという。


宮田氏実はサービス出して半年後くらいに、ターゲットユーザーをがらっと変えたんです。当初は10人未満の企業を想定していたんですが、数十~数百名規模の企業からの引き合いが多かった。それに対応するため、根幹の仕組みをリプレイスしたんです。組織体制が固まっていない時期だったので大変でしたが、初期に対応しておけたのはよかったと思います。そして1年半くらい経つと
『1000名以上規模の顧客を狙っていくべきかどうか』という議論が持ち上がった。その規模になると全国に拠点があり、拠点ごとに社会保険制度の『事業者番号』が割り当てられている。これに対応するには大きなシステム改修が必要になるので迷いはあったんですが、メンバーの『攻めましょう』の声に後押しされ、決断しました。その2つの転機が、今につながっています


現在は、アップセルプロダクトの開発にも注力。『SmartHR Plus』としてプラットホーム化を目指す。


宮田氏昨年夏には雇用契約書締結のアプリを出しましたが、本体の初期の伸びよりも2倍ぐらい速いスピードで成長しています。ゆくゆくは当社の仕組みを外部に開放し、HR系のSaaSの会社さんがSmartHRに乗っかれるようにしていきたい。そうすれば、彼らは製品づくりに集中できて、SmartHRを利用している会社さんは製品を簡単に導入できる。そんなプラットホームを提供し、HRテック分野を活性化させたいですね。そしていずれはHR領域にとどまらず、テクノロジーを使って社会全体の非合理をハックしていきたいと思います

( 取材・構成:Daisuke Kikuchi / 執筆:青木典子 / 撮影:田中振一 / ディレクション:平泉佑真)

投稿者:

TechCrunch Japan

TechCrunchは2005年にシリコンバレーでスタートし、スタートアップ企業の紹介やインターネットの新しいプロダクトのレビュー、そして業界の重要なニュースを扱うテクノロジーメディアとして成長してきました。現在、米国を始め、欧州、アジア地域のテクノロジー業界の話題をカバーしています。そして、米国では2010年9月に世界的なオンラインメディア企業のAOLの傘下となりその運営が続けられています。 日本では2006年6月から翻訳版となるTechCrunch Japanが産声を上げてスタートしています。その後、日本でのオリジナル記事の投稿やイベントなどを開催しています。なお、TechCrunch Japanも2011年4月1日より米国と同様に米AOLの日本法人AOLオンライン・ジャパンにより運営されています。